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緊急事態宣言解除 15

 次の日、私は奥田の店に電話をした。本来は事前に電話して予約を取るのが礼儀なのだろうが、どうしても当日に電話をしてしまう。しかも以前、本来は開店前に応じてくれたことがあるため、それに甘えてしまう自分がいた。もちろん、こちらの勝手なので、無理な時には断られたこともあり、それでもなかなかこのパターンは直らない。

 今回は私の分で予約し、明日は美津子の分ということで電話をかけだが、幸い何とかなるということだったのでその枠でお願いした。予約は本来の開店時間の1時間前になるが、奥田は開店前にやっていることがある。だから事情が許せばオープン前でも応じてくれるのだろうが、私の店の様子も理解してくれているのだろう。私も商売をやっている関係上、予定している時間が変更になることの問題点は理解しているが、奥田にはついわがままを聞いてもらっている。

 電話をしている際、こういうところは癒しという仕事をしている人の気持ちなのか、と考えることもあるが、そういった思いやりのようなことを居酒屋にも取り入れられたらと思っている。

 予約時間の5分前、奥田の店に着いた。

 丁寧な挨拶はいつも通りで、無理にお願いした状態だったので私は恐縮しながら礼を言った。奥田はそんなことは意に介していな雰囲気で簡単な問診を始めた。今回、特別にどこか調子が悪いから来院した、というわけではない。緊急事態宣言後に頑張りたくて、その前に心身のメンテナンスを図りたかったので、その旨を奥田に告げた。奥田は「分かりました」と返事し、施術スペースに私を誘導した。

 いつも通り触診からスタートしたが、所々で奥田の手が止まる。

「何かありましたか?」

「メンテナンスとおっしゃっていましたが、所々に張りを感じますね。ご自分ではお気付きではないかもしれませんが、身体は正直ですから、ちゃんと出ていますね。・・・ここはどうですか?」

 奥田はそう言うと気になるという場所を少し押してみた。いつもなら何ともないところに軽い圧痛を感じ、それを告げると「やっぱり」という返事だった。

 そういった確認の後、本格的な施術に入ったが、受けている時、私は奥田に話しかけた。

「先生、いよいよ緊急事態宣言が解除になりますが、整体のお仕事のほうはいかがでした?」

「そうですね。以前にも似たようなお話でお答えしたと思いますが、その状態は変わりませんでした。私たちは昔からきちんと衛生的なところに注意していますし、そのことでクライアントの方の足が遠のくことはありませんでした。もっとも、リラクゼーション的なつもりでお越しになっている方の場合は最近いらしていませんが、体調の改善を意識している方の場合は変わりません。私たちは医者ではありませんが、整体で好転するケースはありますし、そういうことを理解されてお越しになっている方の場合、通院のリズムは変わりません。雨宮さんの場合、今日は心身のメンテナンスとおっしゃっていますが、これまでも体調の問題でもお越しになっていたでしょう。整体術は感染症を対象とするものではありませんが、体調の問題は幅広いので、私たちの施術が役立つようなトラブルを抱えていらっしゃる方はきちんとお越しになっています。ただ、こういった手技療法の店の中には今回の宣言で影響が出たところもあるようで、何とか今回は踏ん張れても、またこんな状況になれば持たないかも、と言っているところもあるようです。やっぱり、この世界は技術力がものを言いますし、施術の姿勢ということも関係するのではないでしょうか?」

 奥田は淡々と話しているが、言葉を変えれば私たちの仕事とも重なるようなことがあり、大いに参考になった。


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