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第六一話 見ーつけた!

「うーん……いないなあ……目立つんだけどなあ……」


 私はそう独り言をつぶやきつつ、じっと目を凝らすが……通行人を含めてそれっぽい人物はまるで見当たらない。

 今私はイチローさんと別行動をとりつつ戸塚組のシマである商店街の中で通行人の顔を監視しつつ、ヴィランらしき男性を探し出そうと監視を続けている。

 こういうの慣れてないんだよなあ……と内心ぼやきつつ、商店街の中に建てられた看板設置用の柱に設置された大きな梁の上に腰を下ろしながら私は行き交う人の波をじっとみるが、今までのところそれっぽい人物は見つけられていない。

 ちなみに監視を始めてすでに数時間……夜も遅くなり、通行人の中には酔客なども混じっており正直いえばそろそろお腹が空いてくる時間なので私は軽くため息をつく。

 まあヴィランがほいほいそこら辺を歩いていたとしたら、ヒーローの苦労もかなり軽減されるのだけど、実際にはかなり探し回ってもその日は結局見つけられないなんてケースのほうが多いのが世の常である。

 戸塚組の人から聞いた話……ヴィラン「パフアダー」の異常さ、そして警察も彼を捕らえられないどころか及び腰になっているという現実を聞いて、イチローさんと私は何とかパフアダーを補足しようと活動している……まあ見つかっていないんだけど。

 やっぱり戦闘系スキルに特化している私やイチローさんが捜索をすると言うのは結構無理があるなあ……と思っている次第だ。

「……いましたー?」


『いないねえ……というかこう言う時はクレアボヤンスの力を借りたいのだけど……』

 ヒーロー「クレアボヤンス」……千里眼という意味を持つ女性ヒーローにしてクラブ・エスパーダの事務を取り仕切る女性岩瀬さん。

 彼女の実務能力は非常に高く信頼できる人物ではあるのだが、その真の能力はスキル「クレアボヤンス」の名にふさわしい監視能力にある。

 認識できる範囲のすべての人物の顔、声、特徴を記憶することのできるヒーローなどそう多くはない……エスパーダ所長も彼女の能力に非常に助けられたと話しているくらい、岩瀬さんの能力は飛び抜けている。

 ただ残念ながらすでに現役引退を表明している以上、そのスキルすべてを行使するわけにはいかず、私たちは地道な捜査を行う必要性に駆られている。

「でもパフアダーの外見って結構目立つと思うんですよ」


『写真はもらっているしねえ……』


「ひどい火傷ですよね……」

 事前に共有されているパフアダーの写真を見るために手元のスマートフォンを起動して、写真アプリを使って画面に表示するが……そこには以前私と出会ったときの彼と比べても非常に痛々しい姿が記録されている。

 顔の半分がひどく焼け焦げ、ケロイド状に皮膚が引き攣った外見……以前のパフアダーは蛇をイメージした服装はしていたものの、ここまでひどい外見ではなかったはずなのに。

 私が取り逃がした後、ヒーロー協会から直接指名を受けたスパークが彼を追跡し、攻撃を行ったことでついた傷であるという。

 スパークの炎を操る能力は強力すぎてヴィランの生命すら脅かす可能性がある、というのをイチローさんから聞いて、彼女が規格外の存在であるというのを改めて認識させられるわけだが。

『目立つ外見とはいえこれだけ人が多いとね……』


「そーですねえ……」

 じっと見つめた先にいた一般人……フードを深くかぶっていた彼は、私に見つめられたことで驚いたのかギョッとした表情を浮かべた後、バツが悪そうに目を伏せるとそそくさとその場を去っていく。

 違う人をじっと見てしまった……脅かす気は無かったんだけど、パトロールしている状況だとどうしてもきつい目つきになってしまう。

 スマホを少しだけ開けていたスーツを片手で開き、胸の谷間に放り込んでから再びじっと行き交う人の波を凝視する。

 このスーツ着ている時は収納場所がないからこういう行動をしなきゃいけないんだけど……ウェストポーチとか支給してもらうかなと考えていると、その行動に気がついたのか明らかに後ろ暗いことの意識を持つ人が私の姿を見て慌てて進路を変えていくのが見えた。

 まあ、そういう行動を取った人間の顔はちゃんと覚えているので、後日何らかの形で私が会いにいくわけだが……私がやれやれという感じで首をゴキ、と鳴らすのと同時に視界の端に明らかに奇妙なフード姿の男性が入った気がして目を見開く。

「……今の……」


『どうした?』


「いや……それっぽいのが今見えた気がして……」

 私はイチローさんに応えつつ、音もなく梁の上から地上へと降り立つと、先ほど視界の端に見えた男性が消えていった方向へと視線を向けた。

 間違いない、あの姿は……とスーツをほんの少しだけ引っ張ると、胸の谷間に挟んであったスマートフォンを取り出して画像を確認するが、明らかに先ほど見かけた男性の着ていた服装に酷似している。

 再びスマートフォンを谷間に挟み込むと、ヒーロースーツを軽く締め直し私は彼を追いかけるように小走りで歩き出す。

 パフアダー……何らかの形で収容所から抜け出したヴィランだが、その手引きをした人間は問い詰めなきゃいけないし、彼のスキルは明らかに危険なので放置するわけにもいかないんだよね。

 できれば話し合いで穏便に済ませたいところだが……私が小走りで商店街から少し外れた場所にある路地裏へと入ると、そこは建物の間に存在する小さな広場だった。

「……しまった……」


「ハハ……追跡能力が高くなってるなぁ?」


「パフアダー……」

 広場の中央で私を見つめてニヤニヤとした笑みを浮かべているのは、顔の半分がひどく引き攣るような火傷の跡を残した男性……以前にも私と会った事のあるヴィラン「パフアダー」その人だった。

 蛇の鱗を模したようなフード付きの上着に、少し薄汚れたデニムのジーンズを着用した彼は、その手に注射器が据え付けられたグローブを手に嵌めており、それを軽くカシャン! と鳴らす。

 あんなグローブどこで手に入れるんだ……? と私は軽く眉を顰めるが、そんなことはお構いなしにパフアダーは顔の半分を覆うケロイド状に引き攣ったその肌をゆっくりと撫でると、私に向かって話しかけてきた。

「……お前の活躍を見たよポンコツ」


「……そりゃどうも」


「俺が最初に会った時よりも随分と出世したみたいだな」


「お陰様で……ある意味あなたのおかげかもしれないけど……とりあえず大人しくしてくれる気はある?」

 私の言葉にクハハッ! と引き攣るような笑い声をあげたパフアダー……以前よりも自信に満ちたその声の調子に、奇妙な違和感を感じるものの、私は彼へと尋ねる。

 しかしパフアダーは両肩をすくめるような仕草をしたあと、捕まえるものなら捕まえてみろとばかりに中指を立てて私へと向ける。

 ……宣戦布告というわけか、私は黙ってほんの少しだけ腰を落とす姿勢をとると、それに呼応するかのように体の表面に銀色に光る電流が迸っていく。

 前はスキルをちゃんと使いこなせなくてゴミの山に突っ込んだけど、今回は違う……その意思を感じ取ったのかパフアダーは口元を歪めて笑うと、同じようにほんの少しだけ腰を落とした姿勢をとってから口の端から少しだけ長い舌をべろりと口元を舐め回すように突き出すと私へと叫んだ。


「さあこいや……ッ! シルバーライトニング……お前をボコってあのむかつくスパークを引き摺り出してやるぜ!!!」

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