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第六二話 殴り合い広場

「ヒャハハハハッ!!」


「うわ……速っ……」

 ベロリと舌を使って口元を舐めたパフアダーは、まるで私の使うスキル「シルバーライトニング」を彷彿とさせる速度で一気に距離を詰めてくる。

 彼のスキルは体液から毒物を生成する「パフアダー」であることはすでにわかっている……そして一度捕縛された時に検査されていて、そもそもの身体能力が私やイチローさんほど優れていないことも知っている。

 だが……今凄まじい加速で前に出てきた彼は、明らかになんらかのスキルによる影響を受けていることは明白だ。

 パフアダーの露出した二の腕……前はここまで太くなかったと思うが、筋肉がミシミシと音を立てて膨れ上がると凄まじい右ストレートが繰り出される。

「ウヒャハアアッ!」


「ちょ……ッ!」

 空気を打ち抜くようなボウッ!! という音を立ててギリギリで回避した私の側をパフアダーの拳が撃ち抜かれる……いや、こんな凄まじい力どうやって……。

 銀色の稲妻と共に加速して距離を離そうとした私を追いかけ、パフアダーはまるで過給機でもついているかのように加速する。

 その加速は明らかに人間の動きではなく、まるで……と、そこで私は気がついた、彼の皮膚には恐ろしく太い血管が浮き出し異常なほど膨張と収縮を繰り返していることに。

 その血管の動きに合わせて彼の筋肉はびくびくと痙攣している……それはまるで体内に流れる血液を通じ、肉体の動きを制御しているような。

「これは……ドーピング?! 肉体を無理やり強化して……ッ!!」


「ヒャハハハッ! 御名答ッ!」

 そう……パフアダーの肉体は毒物による効果を受けて恐ろしいまでの強化を果たしている……比較的非力でそこまで強固ではなかった彼の拳は一流のボクサーに匹敵するほど重く、そしてすさまじい速度のパンチを放つことができる。

 さらに彼の脚力は一般人ではとても為しえないような驚くべき加速力を実現し、一瞬にして私との距離を詰めることに成功している。

 一気に距離を詰めたパフアダーから再び繰り出された右拳を辛うじて体の前で組んだクロスアームブロックで受け止めるが、私の体がまるで鞠でも放るかのように大きく後方へと跳ね飛ばされる。

 凄まじい重さ……単純な威力だけでいえばイチローさんにも匹敵するような打撃に、ビリビリと防御したはずの腕が痺れる。

 こんなもん叩き込まれたら意識が飛びかねない……私は空中で器用に体を回転させると、体勢を整え直すように地面を蹴ってパフアダーとの距離をとる。

 確かに直線的な動きはかなり早い……私のスキルに匹敵するかもしれない、そし打撃はイチローさんに匹敵する……普通に考えれば厄介だ。

「だけど……ッ!」


「うおッ?!」

 私は一気に体の表面に迸る電流と共に一気に前に出る……ほんの一瞬加速すると、パフアダーに向かって右のミドルキックを撃ち放つ。

 ズドンッ! という鈍い音と共に私の蹴りはパフアダーが咄嗟に防御したその腕へと食い込む……反応速度は確かに早い、速度も規格外、パワーもかなりある。

 だが……私はそのまま連続で上段、中段、下段と普通の人間にはまるで見えない速度の蹴りを放つ……ダンダンダンッ! という小気味いい打撃音を放つその連続攻撃をその攻撃をギリギリで防御するパフアダー。

 やはり……防御の姿勢はまるで素人のそれに近く、パフアダーは速度と筋力でその技術を補っているに過ぎないのだ。

「……こういうのは避けられるッ!?」


「うが……クソがッ!」

 私は右拳をまっすぐに突き出すが、その軌道を見ながらパフアダーは顔を逸らして打撃を避けるが……私はその打ち出した肘をぐい、とまげて肘打ちを叩き込む。

 ドンッ! 鈍い音とともに思ったよりも体重の増加しているパフアダーの頭が反対側へと跳ねる……私の肘打ちが彼のこめかみに直撃し、大きく体勢を崩すことに成功した。

 手応えは普通かな……とはいえドーピングによる肉体強化はパフアダーの耐久力を格段に向上させているのだろう、衝撃に耐え切った彼は苦々しい表情のまま私との距離をとって大きく後ろへと下がる。

 思った通り……パフアダーの格闘戦における経験、技術、そして熟練度においてどれもが不足している、確かに身体能力は毒物によるドーピングによって飛躍的な向上を果たしているものの、根本的な戦闘技術において私の足元にも及ばない。

「ふッ!」


「こいつ……ッ!」

 私はそのまま電流を身に纏って前に出る……瞬間移動したかのように間合いを詰めた私が左右の連打をパフアダーへと見舞う。

 ドドドッ!! という重い音を立ててパフアダーのブロックの上から容赦ない連打を叩きつける……彼の肉体はその衝撃に耐えるが、ブロックの姿勢も中途半端なものだ。

 連打に織り交ぜて亀のように丸く姿勢を維持するパフアダーのブロックの隙間を縫って腹部へと拳が突き刺さる……ボゴオッ! という凄まじい音と共に彼の姿勢がくの字にへし折れる。

 ヒプノダンサーにもお見舞いしたリバーブロー……訓練でもイチローさんが「ちょっと喰らいたくない」とまで言わしめるその一撃でパフアダーの動きが完全に止まる。

「ごふう……ッ!」


「まだまだあッ!」

 そのままの姿勢で私はもう一撃リバーブローを叩き込む……予想はしていたのだろう、恐ろしく固い物を殴ったような感触を感じるものの私はお構いなしに三発目を放った。

 ズドンッ……三発目のリバーブローが突き刺さると同時にパフアダーはこの距離で戦うことの不利を感じ取ったのだろう、軽い舌打ちをしてから無理やり体を振って私へと叩きつけ、距離を放そうとする。

 強い衝撃と共に凄まじい重さ……スキルによるパンプアップが予想以上の増量になっているのか、私は大きく跳ね飛ばされる。

 リバーブローも来るとわかっていると腹筋を固めて防御できるからな……それでも耐え続けるのは難しいはずだ。

 空中でくるりと姿勢を整えると、私は着地と同時に地面を蹴って再び前へと出る。

「パフアダーッ!」


「こいよポンコツ野郎ッ!!」

 パフアダーはボゴン! という音を立ててさらに一段階大きくなった体と両腕を広げてほぼ同時に前へと出る……まだパンプアップするのか?!

 というか体液を無限に毒物へと変換するには人間の水分量は少なすぎる……恐ろしく効率が良いのか、それとも生命力を削ってでも変換を続けているかだ。

 ヒーロー協会の検査ではこのドーピングによるパンプアップなんて確認されていないからな……私のシルバーライトニング同様使い所の難しいスキルほど隠された別の使い道がいくらでもあるということなんだろう。

 お互いの間合いへと入った私たちはほぼ同時に攻撃を繰り出す……お互いの右拳が空中で炸裂すると共にドゴッ! という鈍い音を立ててその衝撃で弾け飛ぶが、威力は同じくらいか?

「こいつ……細い体のくせになんてパワーを……!」


「散々吐くまで鍛えてるのよッ!」

 がっぷり四つに相対する私とパフアダーはそのまま左右の拳を叩きつけ合う……空中で拳と拳が炸裂する度にドゴゴッ! と音を立てて威力が相殺されていく。

 正面からのド突き合いでは埒が空かないか……? パフアダーは少し焦れたのか拳を打ち出す合間を狙って、下段の蹴りを繰り出す。

 いやいや、それは見えてるんだよね……私はその蹴りを視線を向けないまま足裏を叩きつけて、止めるとそのまま宙返りと共に彼の顎へと左脚による凄まじい蹴りを叩き込んだ。

 バゴオオッ! という炸裂音と共にパフアダーの巨体が大きく揺らぐ……苦痛に歪んだ表情を浮かべて彼は少し焦点の合っていない視線を私へと向ける。


「この……クソポンコツ野郎が……! ふざけ……ふざけるんじゃねええッ!」

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