——少し時間は遡り……シルバーライトニングとパフアダーが戦闘を開始する直前の出来事。
「どこ行った……? ツーマンセルで行動しろってあれだけ言ったのに……」
ヒーロー『ヘラクレス』こと
高津は日本におけるヒーローの中でも最強と謳われた戦闘能力の持ち主ではあるが、そのスキル『ヘラクレス』は身体・戦闘能力を極限にまで高めることが主な効果であり、その他感覚などを底上げする効果を持っていない。
スキル所持者の中には気がついているものも多いのだが、顕現したヒーロースキルはその効果が単純、かつシンプルなものほど潜在能力が高くなり、特に高津の持つ『ヘラクレス』は極端なまでにシンプルかつ単純明快な効果しか有していないことから、スキル保持者へと与える効果が極限まで高められている。
その反面高津の持つ視覚や嗅覚などの感覚能力は一般人のそれと対して変わらず、下手をすると素人よりも知覚能力については劣っている場合も存在している。
つまり……追跡や探索といった任務にはまるで向いていないという弱点を抱えており、今なお高津は雷華の所在を掴めずに彷徨っていた。
「う、うーん……こっちか?」
高津本人も自分の特徴や弱点はよく理解しており、ヒーロー協会から支給されるガジェットなどを活用して弱点を補うこともあるのだが、商店街という場所柄もあり様々な雑音などが多すぎる。
お互いの位置を認識するタグなども支給されることがあるが、残念ながら今回の任務ではそういったものを所持していなかったため、視覚に頼るやり方でしか解決しそうにない。
手に持ったスマートフォンの地図を頼りに、なんとか雷華の所在へと辿り着こうと焦りながらも必死に左右に視線を向けていた。
彼の姿は非常に目立つため、姿を見た一般人は驚きと歓声を上げているのが余計に探索を難しくしていた……黙っていて欲しいとは思うが、有名人である彼の姿を見てそうしないわけがない、と割り切ると高津は軽く地面を蹴って跳ぶと、タンッ! という軽い音と共に商店街の屋根の上へとふわりと降り立った。
「彼女がスキルを使う際の電流が感知できればいいのにな……ただ光が発せられるだろうからそれを見つけて……」
シルバーライトニングの名前の由来でもある白銀の電流……スキルを使う際に全身を流れ、美しく輝くのだがその光は暗い場所や夜になると特に目立つため、位置を特定できるはずだ。
じっと目をこらす……すると視界の端で一瞬だが何かが光った気がし、高津はその方向へと軽い音を立てて跳躍する……スキル「ヘラクレス」による凄まじい身体能力向上は、体重が九〇キロ近い筋肉質な高津の肉体を軽々と中へと舞わせる。
英雄譚で謳われるヘラクレスが無敵の存在であったのと同じように、ヒーロー「ヘラクレス」もまた単純な戦闘能力だけでいえば神の子と呼ばれるに相応しい能力を有していた。
その発現の一つがこの身体能力……限度はあるものの、高い場所から飛び降りたとしても猫のようにうまく受け身をとって勢いを殺し、さらに自らの身長の何倍もの高さへと音もなく飛び上がれる。
さらに肉体は恐ろしいまでに強化され、こと格闘戦能力だけでいえば、彼に匹敵する能力の持ち主はそう多くない。
エスパーダに言わせると「まだ若いねえ……」という言葉と共に簡単にあしらわれることもあり、最強格ではあるが無敵ではないということを高津自身も理解しており、研鑽を積む毎日である。
「こっちだな……」
屋根の上を重い体重とは思えないほどの軽やかな足取りで進んでいく……この商店街を覆う屋根は建築から長い時間が過ぎており、所々に錆が浮いているのが見える。
体重をかけすぎると屋根自体が崩落する可能性があり、高津は慎重に着地点を探しながらタンタンッ! という音を立てて跳ねるように進んでいく。
視線の先には銀色の光が時折軽く瞬いており、そこを目指して走れば雷華がいるのは間違いない……だが目の前に広がった広場の光景を見て高津は思わず息を呑んだ。
パフアダー……事前に見ていたはずの写真とはまるで異なる膨張した肉体を持った恐るべき怪物がそこには立っていた。
おそらく毒物を使ったドーピングであることは理解できるが、そのレベルが全く想像を超えている……本来パフアダーは身長としては一八〇センチメートル程度であり、一般人から比べれば高いもののヴィランとしては平均的な身長である。
しかし今広場に立っているパフアダーは二メートル近くまで膨張しており、上半身と下半身のバランスがおかしなほど不釣り合いと思えるくらい、巨大な逆三角形の造形になっている。
「なんだ……これが毒物の効果なのか?」
『グヒヒャハハハッ! 前にテストした時はとんでもない怪物に見えたらしいがなぁ……お前は俺がどんな姿に見えるッ?!』
『いやああっ! 誰か……助けて……ッ!』
「……雷華ちゃん……ッ!」
パフアダーの前で崩れ落ちている雷華は、辛うじて無事なものの何かに怯えるように必死にパフアダーから距離を取ろうと必死に這いずりながら後退をしている。
口元を押さえて吐き気を堪え、涙をボロボロと溢して恐怖に必死に耐えているのが見える……元々ヒーローとしては落ちこぼれ扱い、精神面も一流ヒーローとしての気概は感じられず、悩み苦しんでいる姿を高津はずっと見てきている。
だがそんな彼女であっても、自らのスキルを愛する心や単なる優しさだけではない、芯の強い一面を見てきたことで、高津自身は彼女のことを案外気に入っていた。
美しい女性だとは最初に会った時から思っていた……シルバーライトニングとして活動する時の市嶋 雷華も白銀の髪に真紅の瞳という神々しい姿から、影ではきちんと人気を博していることも知っている。
「……雷華ちゃん……いやシルバーライトニング、君はその程度じゃ終わらないはずだ」
だが……それ以上に訓練を共にしてきた彼女の笑顔や、ひたむきさなど好感のもてる一面をきちんと持っていることに徐々に惹かれていったことも自覚はしていた。
その気持ちがなんであるかはよくわからない、高津はヒーロースキルの顕現より他の一般人よりも心の振れ幅がそこまで大きくならないことに多少の疑問は感じている。
スキルの弊害かもしれない、単純に気の利かない自分の性格かもしれない……だけどメンターとしてだけではなく、一人の女性としてどこか目の離せない彼女をきちんと鍛えたいし、大事にしたい、そして自らの隣に立っていてほしいと心の奥底で思うようになっていた自分の気持ちを今でもちゃんと理解できている。
「立ち上がれ……シルバーライトニング……」
恐怖に抗い、恐怖に打ち勝つ……シルバーライトニングは今まだ諦めていない、恐怖に打ちひしがれてもスキル発動時に変化する彼女の神の色や、瞳の色がまだ戦う気があると示している。
だから今はそっと彼女の肩を押すだけでいい……自分が掛ける言葉が、勇気や強さを取り戻すきっかけになると理解している。
高津は大きく息を吸い込むと同時に、必死に恐怖へと抗うシルバーライトニングに向かって叫んだ……その言葉が彼女を確実に蘇らせると信じて。
「立ち上がれ、シルバーライトニング! 僕が鍛えた君は、そんな弱いヒーローじゃないッ!!!!」