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第六六話 空虚なる赤い瞳

「ねー? パフっちにあげたシリンダーに何入ってたん? ペルっちは聞いてるぅ?」


「その呼び方好きじゃないわ……それとリンスはちゃんとしなさいな」

 都内にある高層マンションの一室で妖艶な美女であるペルペートゥオは目の前で椅子に座っているファータの髪の毛をそっとブラシで梳かす手を休めると、軽くため息をつく。

 このマンションの部屋はベンチャー企業経営の片手間に取得したペルペートゥオのセーフハウスであり、二階層分が彼女の持ち物である故に、改造に次ぐ改造を施された特殊な構造となっている。

 防音や防弾、さらには膨張設備なども有していることで、彼女自身がくつろぐための場所ではあるのだが、現在では同居人としてヴィラン「ファータ」そして「フォスキーア」が共に生活を送っている。

「えー……だってリンスしなくてもそこまで影響ないよ?」


「何年も使っていると変わるのよ……髪の毛だってこんなに傷んでるじゃない」


「まーねぇ……一時期は逃亡生活だったし」

 ペルペートゥオのように表の顔を持ち、裏社会との接点を巧妙に隠しているヴィランも少なくはないのだが、大抵は資金力や地道なヒーローの捜査により拠点を暴かれ、そして平穏な生活から追い出されてしまうケースが多い。

 彼女のようにまるでその尻尾を掴ませず、なおかつ顔を知られているのにもかかわらず、凶悪なヴィランであることを知っている人間は本当に少ない人物など世界に何人いるだろうか?

 ブラシで髪を漉き終えると、高級なヘアオイルを使って優しく髪の艶を出していく……ファータは見た目は少女にしか見えない。

 実際には妙齢の女性ではあるのだが、その外見から決して実年齢を推測することはできない。

 それはペルペートゥオですら例外ではなく、彼女の独特の口調や無邪気な笑顔は庇護欲をどうしても掻き立てられるらしい。

 せっせとファータの髪を仕上げることに専念していた彼女は、先ほどの質問に答えるように口を開いた。

「ネゲイションが言うには、あれオグルの血液を使った血清らしいわ」


「うげー……あの陰キャの血かよぉ……」


「オグルが持つ体質の研究を進めていて、その試作品だとか……」

 ヴィラン「オグル」のように姿が全く変わってしまう変態トランスフォーム型のスキル所有者はそれほど珍しいわけではない。

 だがそれは人間としての形態から別の動物の特徴を持った獣人と呼ばれる存在に限られ、有名なところだと狼獣人などがそれに該当する。

 過去にはその異様さからヴィランへと追い立てられると言う迫害の歴史などがあり、現代社会ではこういった変態トランスフォーム型スキルの研究なども進められている。

 それでもなお人が形態を変化させると言う異様な光景は恐怖を掻き立てられるものらしい……差別は目立っていないだけで、今なお病巣のように深く人類社会に浸透している。

変態トランスフォーム型スキルの研究か〜、あーしも研究進めば大人の女性になれるかな?」


「十分大人でしょう?」


「えー、プリチーなあーしだけどやっぱり大人の女性になりたいもんなのよ、乙女心ってやつ」


「ふーん……それでまあ実験してみたら簡単に凶暴化しちゃうのが続出してて、特殊な抗体を混ぜた血清をパフアダーに持たせたらしいわ」

 興味なさげな返答をしつつ、ファータの顔に化粧水を染み込ませたコットンを当てながら、ペルペートゥオはネゲイションという恐るべき男のことを考え始める。

 ネゲイションの持つコネクション、組織力はペルペートゥオにも理解が及ばない……元々海外におけるヴィラン組織をまとめ上げることに成功したのは彼のカリスマ性と独裁によるものだが、こと彼自身のことやどういった知識を持っているかなどの秘密はまるで知ることとができないでいるのだ。

 ヴィランはヴィランと組織を作れないと言われる……それは大半のヴィランがスキルの効果、特殊な能力に魅入られ、社会性を失った人間の成れの果てだからだ。

 彼らにとって他のヴィランなど競い合うための相手でしかない……にもかかわらず、ネゲイションは見事に裏社会の統一を果たしてみせた。

「……本当に何者なのかしらね……」


「んー? 王様の話?」


「まあ、そうね……」


「よくわかんないけどさー、暴れる場所を用意してくれて、衣食住も安全も確保してくれてるから……あーし王様のこと好きだよ?」

 ファータは屈託のない笑みを浮かべるとにしし、と笑う……無邪気という言葉がピッタリと当てはまるその笑顔にペルペートゥオは一瞬毒気を抜かれた気分になった。

 ファータやフォスキーアは海外で生まれ、その能力と凶暴性から居場所を失っていった存在だ。

 だが彼女たちを救い、そして居場所を与え、衣食住を確保するという一見善行にしか思えない行動もとっている。

 矛盾した思考だ……ヴィランの長たる存在は何年かに一度裏社会に生まれていたが、その全てが暴力と恐怖による支配で数年持たずに内部から瓦解していくという悲惨な結末を迎えている。

 ヴィランという存在が暴力と恐怖によって生み出された存在であるが故の妥当な結末と言っても良いが、ネゲイションは恐怖だけでなく、秩序だった組織づくりなどそれまでの長にはない社会性というものを作り上げることに成功している。

「たまーに怖いけどさー……まああーしが怒らせちゃったんだなーとかは理解できるし……昔いた場所のオヤジなんか酷かったよ、あーしに首輪とかつけてくれちゃって」


「……そう……まあ、今が幸せなのはいいことね」


「そーそー、フォスっちも結構王様のこと好きみたいよ? ほらあの子は散々な目にあってるじゃん?」

 ヴィラン「フォスキーア」はヒーロー協会にその顔を知られていないヴィランの一人であり、今現在も外で自由に行動している。

「霧の支配者」という異名をつけられておりかけられた懸賞金も高額ではあるが、彼女はその正体を巧妙にかつ大胆に隠している。

 今もなお都内の繁華街で自由に行動しているのだろう、ここ最近は昼間出歩きこの場所に帰ってくるという生活スタイルとなっている。

 自由人という言葉がピッタリ合う存在ではあるが、こと凶暴性にかけてはかなりのものがあり、直接的な戦闘能力はそれほど高くないが、隠密行動に長けたヴィランの一人だ。

 彼女自身も自らの能力と社会性の欠如からヴィランへと身を窶し……そしてネゲイションに助けられたという過去を持っている。

「んでパフっちが陰キャの血を入れたらどーなんの?」


「今までの実験だとオグルに似た外見になるらしいわ、筋力の上昇と強い殺戮衝動……あと知性が失われるって」


「あー、あいつバカっぽいもんね」

 オグルは鬼によく似た怪物へと変態トランスフォームするスキルを有しているが、決して知性が低いわけではない、むしろ普段の彼は理性が強くひどく抑圧的な存在である。

 だが血を取り入れた他者は殺戮衝動と凶暴化に歯止めが効かなくなるらしい……実験結果を見ていたネゲイションがため息をついて「使えんな……」と口を滑らせているのを見たことがある。

 それをパフアダーに持たせた、ということはネゲイションの中ではすでに彼自身が捨て駒の一つでしかない、ということに相違ない。

 優しい王様の本性……ペルペートゥオは無邪気に普段の出来事を話しているファータの話など耳に入らず、じっとネゲイションの暗い瞳のことを思い出していた。

 感情を映さないひどく空虚な赤い瞳……仮面の奥にあるのは、本当に人なのだろうか?


「……我ながら怖い人と手を結んでしまったのね……だけど……最後に笑うのは私……」

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