「ぶち殺すううううッ! 俺が最強ヒーローをぶち殺して最強になってやるッ!」
パフアダー……すでに普段の姿からはかけ離れた巨人とも言える怪物が吠える。
三メートル近い身長まで大きく膨れ上がった彼の姿は、先日戦ったオグルのように赤褐色の肌となり異形へと変化している。
肩から拳にかけた腕が恐ろしく大きく不恰好な姿であり、あまりに腕が重いのかまるで類人猿を思わせるような立ち姿でいるのが少々不恰好さを感じてならない。
拳を地面へと打ち付けるとゴオンッ! ゴオンッ! と辺りを揺るがす大きな音を立てるが、あれを叩きつけられたらいくらヒーローといえども無事ではいられないだろう。
私の隣に立っているイチローさん……いやところどころ皮膚が剥がれ、ちょっとグロめの外見をしていてあまり直視したくない怪物なんだけど、ともかく彼が私へと話しかけてきた。
「……大丈夫かい? 視界はちゃんと見えてるよな?」
「え、ええ……普段とは違ったものが見えてますけど……」
「戦えるならそれでいい、パフアダー……いやもう怪物にしか見えないけど、あれを倒さないと商店街ごと破壊されてしまいそうだ、一気に……ッ!」
次の瞬間パフアダーの姿がいきなり目の前に出現し、拳を振り上げた。
よく考えればオグルもかなりの速度で走り回っていたわけだし、それを失念していたのは悪手としかいえない。
私が身構えるのと同時に拳が隣に立っていたイチローさんを直撃する……ズドオオンッ! という凄まじい音と衝撃を残して彼の体が大きく跳ね飛ばされた。
今の一撃全く見えなかったぞ……!? 背中がゾッとするような思いを抱きつつ、その場にいるのは危ないと判断して一気に超加速してほんの少しだけヴィランと距離を取る。
イチローさんはまるで人形が投げ飛ばされたような格好で宙を舞い、立ち並ぶ家屋へと激突して轟音と共に土煙が舞い上がった。
パフアダーを止めなければ……私は一気に駆け出すと同時に、付近の壁や柱を蹴って一気に銀色の電流と共に超加速してヴィランへと迫った。
「パフアダアアアアアアッ!」
「こいよヒーローッ!」
直線的にフル加速した私に向かってパフアダーは拳を振り抜くが、ほんの一瞬私の速度には追いつかず、数ミリずれた何もない空間を打ち抜いていく。
大きすぎる拳や腕は腰を入れても微妙にブレを生じさせており、彼の攻撃はほんの少しだけずれている……正確に命中させるのは難しいだろう。
『当たらなければどうということはない』……昔の赤い人はそう言ったのだ! 私はそのまま拳をパフアダーに向かって全力で振り抜いた。
拳がパフアダーの顔面を捉える……ゴギャアッ! という鈍い音と共に巨体が揺らぐ……手応えは今までもないくらいに凄まじい。
そのまま着地すると同時に私は体を回転させて相手の脚へと連続で蹴りを叩き込む……ダンダンダンッ! という小気味よい音と共に数発の蹴りがパフアダーを捉えていく。
だが、それまでぐらりと揺らいでいた彼の体がぴたりとその場に静止すると、憎悪に近い色を浮かべたパフアダーの瞳がぎろりと私を睨みつける。
まるで肉食獣が草食動物を獲物ととして捉えたかのような殺気を帯びたもので、本能的に私の体が一瞬竦んだ。
「シルバーライトニングッ!」
「……う……かはぁッ!」
その一瞬の隙を見逃さなかったパフアダーの恐るべき拳が私の腹部に突き刺さる……とてつもない衝撃、そしてほんの少し遅れてやってくる激痛。
いやまるで腹部そのものが吹き飛ばされたかのような痛みと何かがへし折れたようなメキッ! という音が体へと伝わるとともに、体がまるで鞠のように跳ね飛ばされる。
そして耐えきれずに私は宙を舞うまま、胃の中に残っていたものを吐き出してしまった……その中には血液も混じっており、内臓のどこかに深刻なダメージが入ったことを示していた。
自分がヒプノダンサーに叩き込んだものよりも何倍も強い一撃……こんなものもう一発くらったら死ぬんじゃないか?
ゴロゴロと地面を転がりながらも、それでも意識を保っていた私は必死に受け身を取って立ち上がる。
だが、立とうとして力を込めた瞬間、ミシミシッ! という音を立てて腹部に強い痛みを感じて思わず脇腹を片手で押さえてあえぐ。
「う……ぐああ……ッ!」
「ハッハッハーッ! いい手応えだったぜぇ……ヒーローは頑丈だなぁ?」
確かに先ほどの一撃で肋骨が折れたかヒビが入ったか……足が震える、自分の体が自分のものではなくなったかのようにいうことを聞かない。
意識はまだはっきりしている……腹部は一応残ってるな、触っても感覚がないのは痛みを脳が遮断しているからだろう。
まだ戦える……私はぎりりと奥歯を噛み締めると、全身に電流を迸らせていく。
美しく輝く銀色の稲妻が、まだ私の心は折れていないとヴィランへと伝えている。
パフアダーはそれを見るとニヤリと笑ってからゆっくりと両拳を打ち付ける……ドゴンッ! という重い音を立てると叫びながら突進を開始する。
「なら殺してやるよッ! 死体に拳突っ込んでやらあっ!」
「誰が死ぬかあああッ!」
こんなところで死ぬわけには、絶対に死ねない……私はまだ他のヒーローが見ている風景を見れていない。
スパーク……若手最強の名高い彼女との戦いも約束しているのに果たせていない、エスパーダ所長や岩瀬さんに優しくしてもらった恩返しもできていない。
友達にも活躍した自分を見てもらっていない……何よりイチローさんに「教えてくれてありがとう」って伝えていないのだ。
何もできていない自分がここで倒れてしまったら、私はひどく後悔するだろう……だから負けられないッ!
その想いと同時に私の体を包む電流が一際大きく輝いた、と思った次の瞬間……全ての時が遅くなっていったかのようにゆっくりとした動きへと変わっていった。
「え? は……?」
私に迫るパフアダーの動きはひどくゆっくりとしたものへと変化し、まるで映像をスロー再生しているかのように思えた。
周りを見渡す……近くにあった水道の蛇口から水滴が滴るが、その動きはひどく遅く地面に落ちるまで永遠とも思えるほどゆっくりしたものだった。
ぼおっとしていれば私は確実にパフアダーに撲殺されるだろうが……この速度でならば、と私は痛む体を引きずりながらその場を離れると、ヴィランの背後へと回り込んだ。
次の瞬間全ての時間が正常に戻っていく……何もない空間へとパフアダーは飛び込み、勢いのままに近くの壁へと飛び込んで轟音を上げて悲鳴をあげた。
何だ今の体験は? 時間が止まったかのような感覚だったが……と考えた私のこめかみに凄まじい激痛が走る。
まるで強い電気ショックを流されたような、神経そのものが悲鳴をあげるような痛みに私は思わず目をつぶる。
今の能力は私も知らない「
私が目を開けると、何が起こったのかわからないと言った顔でパフアダーは瓦礫の山から立ち上がり私へと叫んだ。
「なんだ今の……お前何をしたッ! なぜ