——サイレンの音が鳴り響く現場……カメラを構えた取材クルーは、色々な破壊の跡が残る現場から中継を開始する。
『えー、一夜経った商店街です……昨晩ヴィラン「パフアダー」とヒーローであるシルバーライトニングとヘラクレスが交戦した現場に私たちは来ております』
取材をしている女性アナウンサーは深刻そうな表情で背後にある瓦礫の山と化した商店街の裏路地へと視線を向ける。
規制線の先には、少し前までパフアダーとヒーローが戦った痕跡がそのまま残っており建物のいくつかが崩落し、瓦礫が散乱している凄惨な現場と化している。
この数時間前……ヒーロー「シルバーライトニング」と「ヘラクレス」は、ヒーロー協会が運営している刑務所から脱走したヴィラン「パフアダー」と交戦状態となり、見事これを無力化し捕縛した。
凄惨な現場だ……あまりに激しい戦いにより、商店街にあった建物は破壊され住人は避難を余儀なくされている。
パフアダーは捕縛の前にかなり暴れたことが確認されており、現場の監視カメラには巨人と化したパフアダーが暴れている姿が残されていることを各メディアは報じていた。
『シルバーライトニングだけでなく、ヘラクレスが立ち向かってもこれほどの被害が出るとは……と地元の住人は話していましたが、実に凄まじい破壊の跡です』
カメラは違う場所を写していくが、そこにははっきりとした拳の跡や、何らか形で人為的に引き裂かれた傷跡が残されている。
ここで映像は昨日の出来事を映し出す……付近に複数設置された防犯カメラに残された映像では、赤褐色の巨人と化したパフアダーと、銀色の稲妻を纏うシルバーライトニングが死闘を繰り広げている光景が、不鮮明な記録として残されていた。
不意に瓦礫をかき分けてヘラクレスが登場したのち、ヴィランに向かって走り出す二人のヒーローの姿は画面の右に向かって消えていくが、それは防犯カメラが角度を固定されているためである。
映像はそこで終わり、深刻そうな表情を浮かべた複数のコメンテーターとアナウンサーへと場面が移ると彼らは口を開き始める。
『いやー……これは凄まじい光景ですね……』
『シルバーライトニングだけでなくヘラクレスですら、周囲に無傷でヴィランを取り押さえられなかった……これは今までの事件とは違うように思えます』
『映像に映るパフアダーはまるで先日予選トーナメントに出現したオグルのように巨大化していましたね……これは何でしょうか?』
『なおパフアダーは現在ヒーロー協会管轄の病院へと収容されていて、懸命な治療が行われているとか……』
『自分の命を危険に晒す薬物を摂取したとか……恐ろしいことが起きている気がします』
コメンテーター達は口々に空虚な言葉を紡ぐがその全てが白々しく感じてならない……私は手にしたリモコンを操作して別のチャンネルを選択するが、そこでも昨日の出来事が語られていて思わずため息をつきたくなる。
今私は病院のベッドに寝かされているが……一応包帯とか色々巻かれているものの、体はある程度回復を始めており、ひどく痛む脇腹とかヒビの入った肋骨以外は案外健康だったりする。
昨日……パフアダーを倒した私とイチローさんはすぐに警察へと連絡をして、元通りの大きさに戻ったヴィランを捕らえすぐに病院へと送った。
というのもパフアダーは瀕死の状態であり、命の危険すらある状況で『何もここまで……』と警官から私たちが勘違いされるくらいの状態だったからだ。
まあそのあと私がぶっ倒れて現場は大騒ぎになったわけだが……一晩経ったら案外体は回復しており、パフアダーに注射された毒物の影響なんかもなく、私はテレビを見るくらいには回復している。
「……元気だねえ……もっと痛そうな顔してくれよ」
「まあそれだけが取り柄なんで……イチローさん案外サドなんすか?」
見舞いのフルーツを満載したカゴを机に置いたイチローさんが結構な呆れ顔で私を見ているが、テキトーな感じで彼に返事をすると、全く……と彼は諦めに近いため息を吐いた。
昨日結構な怪我をしていたと思ったけど、頭に包帯巻いてるくらいで普通に動けているのはさすがというべきか……元々満身創痍に近かったのは私だけだったりして、スキル格差を感じるのは気のせいだろうか?
だが……あの時時間が止まったのような経験、あれは誰にも話せていない……言語化するのがとても難しいし、話したところで絶対に信じてもらえないからだ。
一晩寝たら頭痛も無くなっていたが、念の為
あの頭痛はまるで神経が悲鳴をあげていたかのような……と自分の思考に浸っていた私をイチローさんが心配そうな視線を向けていることに気がつき、私は苦笑いに近い笑顔を浮かべる。
「何すかー? そんな顔して」
「いや……いきなり倒れたからさ……心配なんだよ」
「まあ大丈夫っすよ……頭痛かったりしたけど」
「本当に大丈夫かい? 頭痛いの?」
イチローさんはそっと私の額に手を当てる……熱測ってるんじゃないんだから、とは思うが彼の手のひらはとても暖かく心地よかったため私は口元が綻んでしまう。
急に私が笑ったのを見てイチローさんは少し表情をこわばらせていたが、特に私が嫌がるそぶりを見せないというのを見て安心したのかそのままの姿勢でじっと私を見つめていた。
視線を感じると急に恥ずかしくなる……なんだろう、こういうの慣れてないからな……私は気恥ずかしさを感じながら、その暖かさをもう少しだけでも長く感じたいと思って彼の手にそっと自ら手を添える。
びくりと彼の手が震えるが、自分の行動を嫌がっていないとわかったのか黙って私の額に手を添えたまま、沈黙の時間が流れていく。
「……暖かいっすね」
「そっか……もう少しこうしていようか……」
「……はい」
永遠に感じる時間……お互いの手に触れている間は、何となくだけど体温だけでなく気持ちまで理解できているかのように感じる。
彼の手に触れるのは嫌いじゃない……手に触れるのも嫌いじゃない、寧ろもっと触れていたいとさえ思う。
私が視線を彼へと向けると、イチローさんの視線がじっと私を見つめているのに気がつく……彼の瞳の中に何だか自分が写っているのが気恥ずかしい。
思わず目を逸らそうとした私の頬にそっとイチローさんの手のひらが添えられる……黙ったまま私は彼へと視線を再び向ける。
じっと私を見つめていた彼は何かを言おうとして、口を開くがそのまま何度か何かを言おうとしてそのまま口籠もる。
「……いや、その……」
「……何してるんですの?」
急に別の方向から声がしたためそちらへと視線を向けると、ピクピクと青筋を立て鬼のような形相で私たちを見ているスパーク……工藤さんが部屋の入り口に立っていた。
思わず私はスキルを使って超加速してベッドの上で正座をして姿勢を正すが、その早業に対応しきれなかったイチローさんはポカンとした表情のまま全く同じ姿勢で硬直してしまう。
スパークはその拳から荒れ狂うようにのた打つ炎を発しながら、凄まじい怒りの表情を浮かべて見舞い品であるはずの果物を一瞬にして炭化してみせた。
うわー……これはやばいんじゃないかな……私はベッドにかけられた布団へと潜り込むと、硬直したままのイチローさんと怒りに震えるスパークへとそっと声をかける。
「……お話は外でどうぞ、ここ病院ですし私怪我人なんで……よろしくオネシャス!」