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第七八話 最強と最恐の戦い

「うおおおおおっ!」


「ゴアアアアアアアッ!!」

 超級ヴィラン「オグル」の突き出した拳と、ヒーロー「ヘラクレス」の拳が真正面から衝突する……あまりの威力に打ち合わされた拳の衝撃が付近の地面へと伝わり亀裂が走っていく。

 ほぼ互角……先ほどから全力の拳を叩きつけあっている両者は、それ以上の深追いを避けて少しだけ距離を離すと、ビリビリと痺れる拳の感触を確かめるように握ったり開いたりを繰り返していた。

 ヘラクレスこと高津 一郎は目の前のヴィランの圧倒的な強さに内心感心してしまっていた……今までヘラクレスが発現した以降、彼はあまりに強くなりすぎて大抵のヴィランが戦うことすらできない存在へと変化してしまっていた。

 特にほぼ互角に戦い合えるヴィランは日本国内には存在せず、心のどこかで寂しさのようなものを感じていたのは事実だ。

「……ったく、海外だとこんなのがうじゃうじゃいるってのか……」


「グハハハッ! 笑うか最強!」


「……君強いね、シルバーライトニングと戦っている時も思ったけど、まだまだ隠している能力がありそうだ」


「お前も隠しているだろう? ここで全てぶつけ合い、どちらが強いのか決めようではないか!」

 その言葉と共に前に出るオグル……高津も前に出ると手四つの力比べの態勢をとると、全力でお互いを打ち負かそうと力を込めていく。

 お互いの筋肉が限界まではち切れそうに震え、じわじわとオグルが高津を押したかと思うと、負けじと高津は相手を押し返していく。

 体格ではオグルが圧倒的な大きさを誇っているにもかかわらず、高津はそれをものともせずに互角の力を発揮していく。

 スキル「ヘラクレス」……古代ギリシャ神話の英雄に準えて命名されたまさに英雄と呼ぶに相応しいスキルである。

 過去に数人このスキルを発現したヒーローが存在したが、その何も最強に相応しい能力を発揮してきたスーパーレアに等しいスキルとされている。

 能力は単純明快……人間の限界を超えた圧倒的なパワーとスピード、そして不滅の肉体を手に入れられるが、反面他のスキルのように炎を発したり、超加速するなどの特殊な能力は持っていない。

「うおおおおっ!」


「ゴオオオオオアアアアッ!!」

 英雄と悪鬼……双方の力比べは互角に近く、永遠に続くかと思われたが……徐々に高津の力が勝り始めると、オグルはその表情を白黒させる。

 体格では明らかに優っている……だが、目の前の若者は今まで彼と力比べをして潰されていったヒーローたちと違い、彼の腕力を押し返し始めているのだ。

 絶対的な力の信奉者であるオグルにとって、自分の力が押し負かされるという経験は人生でも初めてであり、変身前の弱体化した姿であればいざ知らず、今の状況がまるで理解できない。

 オグルにとって圧倒的なパワーとスピード、そしてまさに鬼とも呼べる脅威的な耐久力こそが己を強者として成り立たせているものであり、それが叶わないなどと今まで夢にすら思ったことはないからだ。

 信じられないものを見るかのような目で高津を見つめたオグルだが、そんな彼の表情に気が付かないのか高津は全力でオグルの腕を押し返していく。

「ば、バカな……ッ!」


「僕のスキルはヘラクレス……ッ! 神話にもある最強の英雄の名前だッ!」

 高津は一瞬だけ脱力したように押すのをやめると、その緩急に対応しきれずガクリとバランスを崩したオグルをそのまま投げ飛ばす。

 巨体が宙を舞い、近くにあった美術建造物を薙ぎ倒していくのを見ながら、高津は一息つくように何度か呼吸を繰り返した。

 ほぼ無酸素運動に近い全力行動を認め、肺が軋むような痛みを発している……最強とはいえ、その身体構造は人間であるため、彼も呼吸によって酸素を取り入れられなければ窒息してしまうのだ。

 何度か短い呼吸を繰り返すと跳ね回っていた心臓の音が次第に収まっていく、これもヘラクレスというスキルの力であり、回復力においても彼は圧倒的な能力を有していた。

「グオ……ッ……この俺が投げ飛ばされるとは……」


「いいね、君強いじゃないか」


「当たり前だ、我はオグル……最強にして最も力強い悪鬼であるぞ」

 オグルはゆらりと立ち上がると投げ飛ばされた時に痛めたのか左腕を軽く摩るような仕草を見せるが、軽く手をほぐすような動きを見せた後、再び身構える。

 威圧感のあるその姿に普通のヒーローや一般人は怯むだろうが……高津は逆に高鳴る胸を軽く叩くと、一気に前に出た。

 ヘラクレスというスキルにおける唯一の欠点、それは所持者の好戦性を高め、行き着く先で持ち主をいわゆる「戦闘狂バトルジャンキー」と化してしまうことにあるだろう。

 引退後にすらその精神性に耐えきれず自ら命を絶ったヒーローもいるほどであるが、高津は強靭な精神力によりその衝動を抑えつけることに成功しているとされていた。

 だが……高津の口元には笑みが浮かび、それを見たオグルは同じように口元を歪めると、大きく咆哮した。

「グハハハッ! 貴様笑うかッ!」


「楽しいだろう?! こんな本気で殴り合える相手がいるなんて……初めてだッ!」

 高津の右拳がオグルの顔面を捉える……バゴオッ! という激しい音を立てながら炸裂したその一撃にオグルの巨体が大きく揺らぐ。

 だがそこへと追い打ちをかけようとした高津の腹部に、オグルの強力な前蹴りが叩き込まれる……凄まじい衝撃に彼の体が数メートル押し戻されていく。

 だがその一撃を耐え切った高津は、一気に前に出て距離を潰すとようやく体勢を立て直したオグルの腹部に右拳を叩き込む……激しい反撃に悶絶しかけたオグルだが、その右拳を高津の顔面へと撃ち下ろしてのけた。

 ドゴオオッ! という音を立てて高津の体が揺らぐ……しかし彼も負けじとオグルの足へと下段蹴りを叩き込む。

「グオ……ッ!」


「つぁああっ!!」

 お互いがその衝撃で一瞬だけ動きを止める……だが双方の瞳は相手を見つめており、無言のまま次の攻撃を同時に繰り出していく。

 激しい打撃音が鳴り響くとともに汗と血液が周りへと飛び散っていく……先ほどまでの様子を窺うような戦いから一変して、彼らの戦いは泥沼の消耗線へと突入し始めている。

 何より双方がそうしなければ相手を倒せないと判断したためで、無傷のまま敵を倒せるほど甘くない、と本能的に感じ取ったためだろう。

 お互いの繰り出した拳の威力で、視界がチカチカと歪むのを感じながらも雄叫びと共に次の拳を繰り出すオグルと高津。

「負けるかああッ!」


「グオオオオオオッ!」

 お互いの肉体は傷つき、消耗は加速していく……ヒーロー協会が用意した最強の手札「ヘラクレス」、そしてヴィラン側の用意したであろう最強の手札「オグル」はその全能力をかけて相手を打ち負かしてやろうと、拳を叩き付け合う。

 衝撃で意識が一瞬だけ飛ぶ……それがほんのコンマ何秒かの出来事だと自覚せずに、反撃を繰り出す……その一撃を相手に叩き込むたびに手に凄まじい手応えが伝わってくるのがわかる。

 高津はそれまでに感じたこともないような強い充実感を覚え、口元に笑みを浮かべていた……なんという至福の時間であろうか?

 最強であるが故に比類するものがいない彼にとって、この時間こそ人生を満たす最良の瞬間なのだ……彼は本気の拳をオグルへと叩き込むと叫んだ。


「見せてみろオグル……ッ! どちらが最強なのかここで決めようッ!」


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