「……全然強いのいないわねえ……」
「ほんとエグ……引くわー」
十数人のマフィアが地面へと倒れている中心でスパークは困ったような表情を浮かべるが、それを見ながらせっせと気絶したマフィアを結束テープで縛り付けている私は正直ドン引きしている。
マフィアたちは中程度の火傷を負っているが、そのほとんどは彼女が格闘戦で叩きのめした後についでに焼かれたものだったりする。
だけど格闘戦めちゃくちゃ強いですやん……正直いえば私のような超加速や、イチローさんのようなパワーはないけど、まるでクラシックバレエやフィギュアスケートでも見せられているかのような華麗な動きでマフィアのゴロツキ達をこともなげに制圧して見せた。
なんというか……こっちの方が本来の闘い方なんだ、とでも言えるくらい彼女の動きは滑らかで、美しかった。
「……さっきみたいな動き……」
「はい?」
「対戦した時って三味線弾いてました?」
私が発した言葉の意味が最初は伝わっていなかったようで、スパークは困惑したような表情を浮かべた後内容を理解したのか、急に眉を顰めるとはぁっ……と大きくため息をついた。
対戦時……彼女は結構正面から向かってきており、炎と格闘戦の二段構えの作戦で私と対峙していた気がする。
先ほどマフィア達に見せたような華麗な動きはなく、直線的だったような……と私が最後のマフィアの腕を結束テープを使って縛り上げ終えるのを見計らったのか、彼女がカツカツと高めのヒールの音を立てながら近づいてきた。
そして彼女は私を一度じっと見た後、少し恥ずかしそうな表情でほんの少しだけ視線をずらすとポツリと呟く。
「……正面から戦わないとどちらが強いか理解してもらえないじゃない、トーナメント向けのやり方よ」
「あ、そういうことか……」
「……ヒーローは強いだけだと人気出ないのよ」
スパークは少し寂しそうな表情を浮かべると、その場を離れてマフィア達が持っていた武器の集めて回る……先ほどの彼女の言葉にはいくつかの意味が込められている。
過去単純に強いだけのヒーローというのは多く存在していた、当たり前だがスキルの強さだけでなくその個性、使用方法なども含めて効果的に使いこなすことで強さの基準は大きく変わるだろうが。
イチローさんの人気があるのは単純に強いだけじゃない……性格も優しく、そもそもイケメンで、それなりに喋れて映えるという理由からだ。
スパークは炎を操るというスキルの特性と、モデル業などもこなすマルチタレント性が強みだ……当然怪我なども負うことは許されないし、私みたいに相打ち覚悟の戦い方なんかやったことはないだろう。
また女性ヒーロー最強と
「……ファイアフライ所長はさっきみたいなのでもいいっていうけど……派手さ好みの観客はどちらかというと正面から圧倒するのを求めるから」
「ふーん……でも私さっきみたいな方が好きっすよ?」
「は? 好き?!」
「だって私そういうのできねーす」
私の言葉に突然顔色を信号機みたいに真っ赤に染めたスパークだが、私は今までの自分の戦い方を思い返してみて、やはりあの動きはできないなあと思い返す。
元々私はそれほど器用なタイプではない……小さな頃から運動はそれなりに得意だったが、バレエのような繊細な体の使い方は苦手で、再現できなかったからだ。
一秒だけ超加速する「シルバーライトニング」というスキルに自分の性格はかなり合っているような気がするし、それでも十分戦えているという事実が今の私を支えている。
私はスパークににっこりと微笑むと、まだ唖然とした顔の彼女へと言葉を投げかけた。
「スパークの戦い方、真似できたらいいなって思いますけど、私は私なりにしかできねーので、これでいいんですけどね」
「……ったく……今度一緒にトレーニングでも……」
頭を軽く掻いて仕方ねーなとでもいいたげな、それでいて少し恥ずかしそうな顔でスパークが途中まで言葉を発した次の瞬間、何かに気がついたのか彼女は咄嗟に大きく跳躍する。
なんだ……?! と私がすぐに立ち上がるとともに、それまでスパークがいた場所にまるで脈絡もなく凄まじい勢いの竜巻が発生する。
ゴオオオオッ! という轟音を上げて竜巻が砂埃を巻き上げ、そこにあったマフィアの持っていた武器が宙に舞うと、まるでそれまでの暴風が嘘だったかのようにぴたりと止み、宙に巻き上げられた武器が音を立てて地面へと衝突していった。
小型の竜巻……スキルか?! 私が左右を見渡すように警戒を始めるのと同時に、上空から声が聞こえた。
「なんだ勘がいいじゃねえか……若手最強ってのも嘘じゃねえな」
「な……空を飛んでいる?!」
「……誰よアンタ」
私たちが空を見上げると、そこには一人の男性がまるで重力を無視したかのようにふわふわと浮かんでいた……目立つくらいに白く乱雑にカットされたざんばら髪、そして筋肉質な肉体を誇示するかのような衣服に、不気味な程に赤く輝く両目には殺意と憎しみの色が見える。
肉体のあちこちにはまるで彫り物のように幾つもの傷跡が見えているが、不気味なのはその傷跡が赤く輝いていることだろうか?
謎の男はふわりと地面へと降り立つと、私たちを見て凶暴な笑みを浮かべる……雰囲気があまりに異様かつ恐ろしいものであり、男がヴィランであることをその存在感だけで示しているのがわかる。
彼は両手を軽く広げてから堪えきれないと言わんばかりに低い笑い声を漏らすと、ゆっくりと顔を上げてから話しかけてきた。
「退屈しないで済みそうな食い出のあるヒーロー二人……いいねえ、殺し合いにはちょうどいい」
「……だ、誰よあんた……」
「白髪に赤く光る傷跡……ウラカーン?! 最強最悪のテロリストかつ大量殺人鬼……暴風のウラカーン……ッ!?」
「暴風のウラカーン……ね、そんなセンスの感じられない二つ名をつけるのは協会の悪いところだな」
ウラカーンと呼ばれたヴィランは低く笑うと、再び私たちを見てニヤリと笑う。
彼の名前は超級ヴィランとして知られている……風を操る能力を持ち、紛争地帯に姿を現すと老若男女問わず、戦闘員から非戦闘員などお構いなしに殺戮を繰り返す
彼が厄介なところは報酬次第で反国家運動に加担しテロを実行するその残虐性にある……非人道的な行動も好んで行い、世界中の紛争地域で混乱を巻き起こす
だがここ数年は名前をまるで聞かなかった……ついにどこかの戦場でのたれ死んだのか、とさえ噂されていた伝説的なヴィランが、なぜか私たちの前に立っている。
「……くらえっ!」
「……ほお? 俺を見て逃げ出さないヒーローは珍しい……なッ!」
スパークが放った炎……まるで火球のように不規則な軌道をとって迫るそれを見ながらウラカーンは笑みを絶やすことなく軽く右腕を振る。
その動きに合わせてまるで周りの大気が呼応したかのように火球を上空高くへと跳ね飛ばす暴風が吹き荒れる……その風が収まるのと同時に、空に跳ね飛ばされた火球が炸裂し周囲に火花を散らしていく。
ウラカーンはその火花の中、凶悪な笑みを浮かべたまま私たちを見て赤い目を光らせる。
「……さあ、殺し合おうかヒーロー共よ……俺を退屈させなければ、手足をもぎ取るくらいで勘弁してやるよッ!!」