「クハハハッ!」
「うわああっ!」
ヴィランが拳を打ち出すように前へと突き出すとまるで衝撃波のように渦巻く暴風が吹き荒れる……暴風のウラカーンとはよく言ったもので、その凄まじい風は周囲にあるものを打ち砕きながらまっすぐ私達の方向へと迫ってきた。
私とスパークは顔を軽く見合わせた後左右に跳ぶ……いくら強いヴィランとはいえヒーロー二人を同時に相手にするとか正気とは思えない。
小刻みな超加速を使って距離を詰めた私は瞬時に彼との距離を詰めると拳を全力で振り抜く……それまでの相手であれば反応すらできずに撃ち抜かれるはずの拳。
だが、それを見たウラカーンは凶暴な笑みを絶やさないまま、スキルを瞬時に解除すると共にズドン! という重い音を立てて跳躍した。
「な……!」
「クハッ! いいなあ、お前が
まるで重力を感じさせないようにふわりと浮かび上がったウラカーンの赤い瞳が輝く……拳が何もない空間を撃ち抜いてしまい、思い切り体勢を崩した私に向かってヴィランは体を空中で鞠のように回転させると、その勢いのまま凄まじい回し蹴りを私に叩き込んできた。
ズドオオンッ! という鈍い音を立てて私の腹部に突き刺さった蹴りが、防御姿勢を取れずにまともに喰らってしまった私の体を大きく跳ね飛ばす。
凄まじい一撃、そして激しい激痛に肺のなかにある空気が全て絞り出されたような気分となり、私は地面を転がりながら激しく咳き込む。
「戦いとは二手三手先を考えるって教わらなかったか?」
「……アンタもね」
勝ち誇るように空中で姿勢を整えたウラカーンだったが、彼の体を巻き込むように空間が爆発と共に燃え上がる……痛みで霞む視界のなかで、先ほど別の方向へと跳躍したスパークが手を突き出しているのが見えた。
彼女のスキルである「スパーク」による
スパークは炎を体から発するだけでなく、視界に入る場所を強制的に燃焼させられる……
あまりに殺傷能力が高すぎるためにおいそれと使えないと彼女はこぼしていたが、ウラカーンはそれを考慮することも難しいという判断だったのかもしれない。
私が腹部を押さえながら立ち上がると、スパークは少しだけホッとした表情を浮かべるが……そこへ聞き覚えのある声が響いた。
「クハハ……こりゃすごい、お前ヒーローなんかやめてヴィランになったほうがいいぞ」
「な……空間ごと焼却したのよ……?!」
「空間に満ちているのはなんだ? 風や空気だろう……ッ!」
燃え上がる炎がいきなり巻き起こった強い暴風により膨張し、次第にかき消されていく……そしてその中心から筋骨隆々の男、赤い目を輝かせるウラカーンが笑みを浮かべたまま姿を現した。
化け物かよ……ゾッとする気分で地上へと降り立ったウラカーンを見るが、当の本人は首をゴキゴキと鳴らしながらあくまでも余裕の表情を浮かべている。
暴風のウラカーン……ヴィラン図鑑にはここ数年行方不明という記述しかなかったのだが、その記録は凄まじい。
とある紛争地域で傭兵として武装ゲリラに与して戦った時には、フル装備の正規軍相手に一人で戦いを挑み、全滅させてのけたのだ。
正規軍は戦車だけでなく航空機なども動員してこの最悪のヴィランを殺そうとしたが、結果的には凄まじい死傷者を出して撤退する羽目になっている。
恐ろしいのはその身体能力がヘラクレス……イチローさん並みに凄まじいという点にあり、破壊された戦車の装甲には拳のあとがくっきりと残されていたという伝説があるくらいだ。
「だがいい攻撃だ、相手の強さを見極め殺す気ではなった……良い女だ、お前はヴィランの方が活躍できるな、スパーク」
「……うれしくない賛辞ね……私はヒーロー、そうある自分を信じているわ」
「クハハッ! なら殺し合うしかないなあ」
「ッ!!」
ウラカーンは軽く地面を蹴ると瞬間移動のようにスパークとの距離をつめる……まるで私のシルバーライトニングかと思わせるような動きだが、原理がまるで違う。
彼は地面を蹴った瞬間に自らの身体を風によって加速させているのだ……その証拠に移動が止まった瞬間に、まるで竜巻のように空間を吹き荒れる風が頬へと叩きつけられるのだ。
スパークは急いでその場から離れようと後方へと跳躍する……だが、咄嗟の行動で逃げる方向が直線すぎたのだろう。
ウラカーンは掌底を突き出すように前へと腕を振り抜くと、その手のひらから再び衝撃波のように渦巻く風がまっすぐに打ち出された。
「ウハハハッ!」
「きゃああッ!」
衝撃波はまっすぐスパークの体へと叩きつけられると、彼女は近くの壁へと思い切り叩きつけられる……凄まじい音と共に壁へと叩きつけられたスパークは悶絶し、そのまま地面へと崩れ落ちた。
私は慌てて彼女の元へと駆け寄るが、スパークは痛みで顔を顰めながらも気丈に立ち上がる……ホッとした気分で私はウラカーンへと向かって身構える。
身構えたは良いものの……この恐ろしい化け物をどうやって倒せば良いんだ……? イチローさん並みの身体能力、だがその動きは正規の訓練などで培われたものではなく、純粋な暴力として機能している。
「……く……」
「さっきの一撃、割と本気で蹴ったんだがな……お前頑丈だな」
「おかげで身体中が悲鳴あげてるわよ」
「結構……ならもっと殴れるな」
拳をバキッ! と鳴らしたウラカーンは一気に前に出る……だが、先ほど少し離れた場所で見ていた私は彼の動きをある程度予想できていた。
超加速のように距離を詰めたウラカーンは、まるで身体を捻るような変則的な動きを見せながらくるりと身体を回転させるとともに裏拳を放つ。
先ほどの幻惑するような動きに気を取られすぎると、死角から迫るこの裏拳で頭を叩き潰される……恐ろしい一撃だ、これを本能だけでやっているというのだから恐れ入る。
だが、私はじっと相手の動きを見つつも、その動きをある程度予測しつつ裏拳を腕で受け、そして滑らせるように受け流すと、返す刀で私はほぼゼロ距離から左拳をヴィランの腹部に叩き込む。
ズトンッ! という重い音を立ててまるで鉄板を殴りつけたような感触に思わず顔を顰めるが、そのカウンターの一撃はウラカーンにもある程度効果があったのだろう。
「ぬ……うごっ……」
「ウラカーンに一撃を当てた?!」
それを見ていたスパークが驚きの声を上げるが、私の目の前でそれまでの余裕のある表情から打って変わって、痛みに顔を顰めたウラカーンは距離を取るために数歩後退りする。
そりゃそうだろう、これはイチローさん仕込みの防御テクニック……まあ単純にいえばカウンターなんだけど、ウラカーンは圧倒的な身体能力を持っているため、戦闘技術などの類を磨いてはいなかったのだろう。
ひたすらに世界最強のヒーローと切磋琢磨して身につけた技術は、単純な暴力のみで生きているヴィランの拙い技術を上回っているのだ。
腹部を押さえて憎々しげな表情を浮かべるウラカーンに向かって、身構えながら私は彼へと話しかけた。
「ちゃんと見ているわかるけど、ひどくわかりやすい攻撃……最初に押し切られたらまずかったけどね」