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第八二話 爆炎の支配者

「舐めるなクソがッ!」


「かかってきなさいッ!」

 ウラカーンの放った拳と私の拳が真正面から衝突する……ドゴオッ! という凄まじい音と共に拮抗するパワーの余波で空気が震えるのがわかる。

 最悪のヴィランと呼ばれる彼のパワーは確かに凄まじい……だが私の経験した最高のパワーの持ち主であるヘラクレスことイチローさんや、あのオグルほどの力はないようで、ほんの少しだけだがウラカーンの拳が押し戻される様な格好となった。

 ぎりりと奥歯を食いしばるウラカーン……落ち着いてみて見れば、確かに圧倒的な能力を持ってはいるが接近戦の能力で言えば、オグルほどの圧力はないのだ。

「ぐ……こいつッ! うおおおおっ!」


「うわっ!」

 ウラカーンは自らの体を起点に竜巻を巻き起こす……この風は鋭い刃となって地面を切り裂いていくが、私はそれを勘で察知すると超加速を使って距離をとった。

 ビリビリと震える空気……距離を離した私に視線を向け、口元を歪めて次のスキルを使おうとしたウラカーンの周囲が再び赤熱し、爆炎に包まれる。

 この爆炎は……と私がスパークがいた方向へと視線を向けると彼女は少し苦しそうな顔ではあるが、まだ繊維を失っていないことがわかる表情で燃え上がる空間を見つめていた。

 私の視線に気がついたスパークは、口元を歪めて苦笑に近い笑みを浮かべる。

「いいとこ取りは許さないわよ」


「……そんなことしねーすよ」


「クハハハッ!」

 ウラカーンの声が響くと、再びその場に暴風が吹き荒れる……爆炎が一瞬にして掻き消えると共にウラカーンが再び姿を表す。

 炎を操るスパークの能力と風を操るウラカーンの能力は噛み合いすぎているのだろう、ほぼ無傷に近い状態で最悪のヴィランが姿を表す。

 それをみたスパークの表情が悔しさにキッと歪む、この心理を理解するのはヒーロー以外には難しいはずだ……それもそのはず、ヒーローやヴィランにとってスキルとは自らを表現する己そのもの。

 スパークはヒーローとしてその発火能力を存分に生かしてこれまで活躍してきたのだから、スキルが効果を生み出さないなど恥辱以外の何者でもないからだ。

「ぐ……こうも簡単にスキルを防がれると……!」


「グハハハッ!」

 だが、先ほどの一撃は完全に防ぎきれなかったようでウラカーンの体のあちこちに酷く焼けこげた焦げ目の様な跡がついている……完全に無効化するわけではないということか。


 それにスパークも気がついたのか、じっとその跡を見てゆっくりと立ち上がる……自分のスキルが通用していないという感覚から、何らかの手段を講じれば確実に倒せると理解したのだろう。

 だがそれはウラカーンも同じ……絶対的な防御として講じている暴風がスパークの放つスキルを完全に防ぎきれていないことに気がついている。

 それ故に彼のギラギラと輝く赤い目はスパークに向けられていた……それは好敵手が現れたのだと、理解したかのような強い敵意。

「どうやらシルバーライトニングよりも先に殺さねばいけない相手が出た様だな……」


「スパーク……」


「先に行きなさい、今ならあいつは貴女を追いかけない」

 スパークは私ではなくウラカーンをじっと睨みつけたままそう告げる……私はその言葉を聞いて少し悩む……二人でこのヴィランと戦う方が確実に有利になる。

 だがそれ以上にスパークは目の前にいるヴィランに遅れをとったままであることを許せない、とでも言わんばかりの強い意志を持った瞳で彼を見ている。

 それまで若手最強と謳われ、名実ともにランキング上位に君臨してきたスパーク本人のプライドが、ウラカーンに一撃を受けたという事実を払底させたくて仕方ないのだ。

 これはヒーローであるなら当然の感情……負けるということは、ヒーローではなくなるということなのだから当たり前の様に感じる気持ち。

「……スパーク……負けないでくださいね」


「……冗談きついわ」

 その言葉を聞いたスパークはキョトンとした表情を浮かべて私を見つめると、クスッと笑う……それは以前病室で見せたような優しい笑顔であり、それを見た私は彼女がこの最悪のヴィランには決して負けないのだという確証の様なものを感じた。

 彼女なら大丈夫、私はその場を離れるために走り出すがそれを見たウラカーンは私には用はないとでも言いたげに、興味を失った瞳で見送る。

 つまり先ほどのきっかけを作った私であっても、肉体に大きなダメージを与えたスパークの方がある意味脅威だと感じているのだろう。

 私は走りながらスパークに向かって叫んだ……それは絶対にもう一度会いたいという気持ちから出た言葉だった。

「次の試合……絶対にやりますからね!」


「誰にいっているの……私はスパーク、最強の女性ヒーローよ」

 シルバーライトニングの声を背にしながら、スパークは苦笑を浮かべて呟く……彼女のことが最初はそれほど好きではなかった。

 恋焦がれる高津 一郎……ヘラクレスにつきまとう嫌な女だと思っていたからだ。

 ヘラクレスに釣り合う女性ヒーローは自分以外にいない、当たり前だが彼の隣に立つには最強でなくてはいけない……その使命感と自らのスキルへの自負がそれまで市嶋 雷華という女性に対してあまり好意的な目で見ることができない理由にもなっていた。

 しかし……これまでの経緯から、決してシルバーライトニングという女性ヒーローがヘラクレスから守られるだけの弱いヒーローではなく、芯の強い立派な志を持った人物であることを彼女も理解し始めていた。

「……随分と余裕ね? シルバーライトニングを逃して良かったのかしら?」


「お前を殺してから追いかけても間に合う……だから今は好きにさせるさ」


「私を殺す……? やれるもんならやってみなさいよ」

 ウラカーンの言葉にスパークの中にあった熱い心が燃え上がる……本音を言うのであれば、シルバーライトニングが一撃を入れるまでほんの一瞬自分の中にあった弱気が首をもたげていたことを彼女は理解していた。

 最強と褒められ、そして称賛されることに慣れすぎて彼女自身の心が少しだけ弱くなっていたのかもしれない……だがしかし、あれほどまでに絶望的な状況下にありながら、ウラカーンに一撃を入れたシルバーライトニングの顔には、笑みが浮かんでいた。

 あれは自分なら勝てると言わんばかりの笑み……確かに格闘戦において彼女はウラカーンなどよりもはるかに高次元の戦闘能力を発揮するだろう。

 当たり前だ、最強のヒーローが師匠として教え込んでいるのだから……だが、その最強に教えられなくても、自らが最強であることを証明する。

 スパークの髪の毛がふわりと舞い上がると共に、彼女の周囲に恐ろしい数の火球が生み出されていく……炎系スキルは破壊力が高すぎると言われる。

 それ故にスパークも普段は無意識で繊細なコントロールを行なっていた……それはスキルの全てを解放して戦っているわけではないということなのだ。

 凄まじい熱量に火球に触れたコンクリートが煙を上げて溶け出していく……それは自らに課したリミッターを全て解放するスパークの真の姿とも言える能力。

 凄まじい熱量を肌で感じたのだろう、ウラカーンは口元を歪めて笑うと自らの周囲に竜巻を生み出していく……最強の炎と風を司るスキル持ち同士が本気でぶつかり合うために、全能力を解放していく。


「いくわよ……私はスパーク……爆炎を支配する最強のヒーロー、そして暴風を打ち倒すものッ!」


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