「男女の粘液を接触させると、赤ちゃんが生まれるのよね」
「なんだ。本当は知っていたのか?」
「当たり前じゃない。ちゃんと本で読んで知っているわよ」
「じゃあ、キスで子供は生まれないよな」
エリオットはホッとして、サラを見ると、『なんでこの人はここまで言っても分からないのだろう?』と顔に書いてあった。
そして、サラはため息交じりでエリオットに説明した。
「男女の粘液。つまり唾液を接触させると赤ちゃんの素がお腹にできるのよね」
自信満々にサラは言い放った。
直接的な表現を避けた本を読んだ結果、サラは乏しい性知識を総動員した結果、その行為はキスだと結論付けたのだった。
サラの勘違いの元を理解したエリオットは、その考えを改めることを諦めた。
「わかった、サラに赤ちゃんが出来たら結婚しよう」
「良かった……でも、ごめんなさい。私を助けるためだったとはいえ、こんなことになっちゃって……でも、私一人では赤ちゃんを育てる自信が無いから……」
「それは大丈夫だ……」
『どちらにしろ、キスで子供は出来ないから』と言う言葉をエリオットは飲み込んだ。
しかし、サラが勘違いをしていることを良いことに、エリオットは聞いてみた。
「ところでサラは俺が父親で良いのか?」
「ええ、ハンナちゃんに対するエリオットの姿は好ましいわよ」
「そうか、じゃあ俺がサラの夫で良いのか? 恋人をすっ飛ばして」
「エリオットが夫……恋人」
すでに家族のような生活をしているエリオットは、赤ちゃんの父親として、生活のパートナーとしては何の問題もなかった。
ただ恋人と言われると、困る。
エリオットをそんな目で見た事は無かったと言えば嘘になる。これだけのイケメンで、色気のあるエリオットを一人の男性として見てしまう。しかしハンナの存在が、サラを正気に戻していた。
どんなにステキでも、エリオットはハンナのパパなのだ。
「恋人ではないわね」
「おいおい、はっきり言うな。ちょっとへこむぞ」
「ごめん、決してエリオットに魅力が無いわけじゃないのよ。エリオットは素敵だし、良い人だと思うわよ。でも、エリオットはなんていうか……家族なのよ」
「家族か……ハンナ以外でそう言ってくれる人がいるのか……」
エリオットは自分に言い聞かせるように、小さな声で呟いた。
その声が聞き取れなかったサラは不思議そうに訊ねた。
「えっ、なに?」
「いや、何でもない。そうか、家族か」
それまで不機嫌そうだったエリオットは、機嫌が直ったように笑みを浮かべた。
そんなエリオットを見てサラは頭を下げた。
「改めてお礼を言わせて、助けてくれてありがとう」
「改めてお礼を言われるようなことじゃない。俺にとって人を助けることは義務のようなものだから」
「騎士のあなたにとって義務なのかもしれないけど、助けられた者からお礼を言われなくて良いと言うのは違う気がするの」
「まあ、そうだな。じゃあ、礼はありがたくいただいておこう」
「ふふふ、これでエリオットに助けられるのって三回目ね。いつもエリオットに助けられてばかりだから、なにかあれば私があなたを助けるわよ」
「俺が助けられる? サラに」
「ええ、そうよ。そりゃ、エリオットに比べて力もないし、頭も良くないかもしれないけど……」
サラはまっすぐエリオットのルビーのような瞳を見て言葉を続けた。
「私は全力であなたを助けるわよ。私はあなたの家族で、あなたの味方。だから困った時には遠慮なく言ってね」
「そうか、サラが俺を助けてくれるのか」
「ハンナも助けてあげる!」
「ありがとうな、二人とも」
エリオットはそう言って、笑顔でハンナの頭を撫でた。
話がひと段落したところで、思い出したようにエリオットはサラに言った。
「ところで、言われた通り魚を捕って来たぞ。どうするんだ?」
そこには二十匹程度の丸々と太った魚がいた。
それを見たサラは目を輝かせた。
「みんなお腹空いただろうから、まずは塩焼きにするわね」
「サラにしてはありきたりだね」
「料理の基本は素材を生かすことよ。せっかく新鮮な魚が手に入ったのですから、塩を振って焼くのが良いのよ。余った分は干物と酢漬けにするわよ」