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第38話 サラとエリオットのあーん

 料理をする手を止めることなくサラは説明する。

 エリオットはいつも通りになったサラにホッとしながらも、聞きなれない単語に反応する。


「塩焼きと干物はわかるが、すづけってなんだ?」

「ふふふ、酢漬けっているのは、魚を揚げてからお酢につけた物よ」

「おす? なんだそれは?」

「それはね。これよ」


 そう言って、サラは瓶を取り出すと、中の液体を小皿に移した。

 エリオットはその液体を興味深そうに匂うと顔をしかめた。


「なんだこれは? 酸っぱい匂いがするぞ、腐っているじゃないか」


 そう言うエリオットに続いて、ハンナも匂いを嗅ぐと鼻をつまんだ。


「サラ、こんなの飲むとお腹を壊しちゃうよ」

「まあ、腐っているか? と言われれば困っちゃうけど、大丈夫よ。これは飲んでも大丈夫なものよ」


 そう言うとサラは小皿に入れたお酢を飲んで見せた。

 それを見たエリトットは慌てて、サラを吐かせようとし、ハンナは水を汲んできた。

 その慌てぶりにサラは嬉しくなった。二人はこんなに私のことを大事に思ってくれているのだと。


「二人ともありがとう。でも大丈夫よ。これまでも飲んだことあるから」

「そ、そうなのか? サラが言うのならまあいいけど……それで、これをどうするんだ?」「油で揚げた魚を、これに漬けるのよ。玉ねぎと一緒にね」

「美味いのか。それ?」

「さっぱりして美味しいのよ。まあ、それは出来てからのお楽しみね」


 そう言って、サラが塩焼きの焼き加減を見ながら、魚を開き、塩を振る。

 それをハンナは、ザルに乗せて風通し位の良い所に置き干物を作る。

 次に魚を三枚におろし、骨はお湯に入れ、身は一口大の大きさに切り分けて小麦粉を薄くまぶすと、温めて置いた油で揚げていく。

 ジュワッと音を立てて上がっていく魚は香ばしい香りを立たせる。

 それを見ていたエリオットは涎をたらさんばかりにサラに言った。


「なあ、そのすづけとかは止めて、このまま食べた方が美味いんじゃないか?」

「そうね、このまま食べても美味しいわよ。はい、あーん」


 そう言ってサラは、油切りをしている魚に少し塩を振り、エリオットの口元に持っていく。

 その自然な動きに不意を突かれたエリオットは、一瞬固まる。

 それを不思議そうな表情で、サラは早く食べて言わんばかり魚を近づける。

 自分のことを異性として意識していないゆえの行動だと、エリオットは思い直し、言われるままに口を開ける。

 塩気と脂の甘みと魚のうま味が口の中で広がる。


「やっぱり、このままで十分美味いじゃないか」

「別にこれが美味しくないって言っているわけじゃないのよ」

「味の問題じゃないなら、何が……」


 エリオットがそう言いかけた時、魚を干し終えたハンナが帰って来ると、二人を見て声を上げる。


「あーパパだけ、ずるい! ハンナも食べたい!」

「あらら、つまみ食いが見つかっちゃったわね。塩焼きもあるからひとつだけよ」


 そう言ってサラはかがんでハンナと同じ目線になると、エリオットにしたようにハンナの小さな可愛らしい口に魚を入れてあげる。

 少し熱かったのか、ハンナはハフハフしながら頬を両手で押さえる。

 慌てたサラはお茶を注いで、ハンナに渡すと、一生懸命ごくごくとお茶を飲んだ後、ハンナは言った。


「美味しい! アツアツのお魚おいしいよ、サラ」

「なあ、そうだろう。このままで十分おいしいよな」


 ハンナの言葉に迎合するエリオット。

 それに対して、サラは魚を揚げながら答える。


「そうよ、このままでも美味しいわ。でもね、これはそんなに持たないのよ。だからお酢につけて長持ちさせるの」

「これをあの腐った水に漬けたら長持ちするのか? 逆に腐るんじゃないのか?」

「お酢は腐った水じゃなくて、腐らない水なの。だから、お酢につけておくのよ」

「ハンナ、良く分からないけど、お魚焼すぎじゃない?」

「あ!」


 ハンナに言われて、サラは慌てて魚の焼き加減を確認する。幸い、皮が焦げただけですんでいた。


「もうすぐ終わるから、魚を全部揚げちゃうね。冷めたらおいしくなくなっちゃうから、先に食べていて」


 サラはそう言って、焼けた魚を皿に移すと、また魚を揚げ始めた。

 それを見て、エリオットとハンナは顔を見合わせると、素早く魚の身を取り分けた。

 そして、一心不乱に魚を揚げるサラの側に来ると、エリオットはサラに話しかけた。


「サラ、口を開けて」

「え、何?」

「ほら、あーんだ」

「え? どうしたの?」

「さっきのお返しだ。温かいうちに食べないともったいないぞ」


 エリオットの持つフォークには湯気の出ている魚が、『食べて』と言わんばかりの良い匂いを漂わせていた。

 エリオットの不意打ちカウンターに、サラは口をぽかんと開けて、動きが止まった。

 その瞬間、エリオットが焼き魚をサラの口に押し込む。


「せっかく温かいんだから、冷めないうちにどうぞ。あーん」

「もぐもぐ、あ、ありがとう。でも、自分で食べるから置いておいて」

「まあ、そう言わずに、ほらハンナも」

「はい、サラ。あーん」


 サラは椅子の上に立つハンナからも魚を口に入れられる。


「嬉しいけど、なんだか恥ずかしいわね」


 そう言いながらも、二人のあーんを受け入れるサラだった。

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