川遊びをしてから二日後、サラは困っていた。
満を持して食卓に出した川魚の酢漬け。
エリオットには好評だったのだが、ハンナにはお酢の酸っぱさが合わなかったようで、一口食べてから、食べようとしなくなったのだ。
「これ、酸っぱいからヤダ!」
「珍しいな、ハンナが食べるのを嫌がるなんて……」
エリオットが言った通り、ハンナの好き嫌いはほとんどない。
野菜でも、魚でも、肉でもなんでも食べる。気持ちいいくらい食べる。
それが魚の酢漬けを一口食べると、それ以上食べなくなったのだ。
エリオットも初めは半信半疑で食べたのだが、すぐに普通に食べるようになっていた。
しかし、ハンナは口をきつく閉じて、ぷいっと横を向いてしまった。
慌てたのはエリオットだった。
それは食事をしなくなったハンナに対してもだが、そんなハンナを見てキッチンに行ってしまったサラに対しても焦っていた。
ファーメン家の料理長を自称するサラには、料理に対する並々ならない自信を持っている。
実際、サラの料理はどれも美味しい。ハンナもこれまでは、どの料理も『おいしい、おいしい』と言って喜んで食べていた。だからこそ、ハンナの態度にプライドを傷つけられたに違いない。
「怒ったのかな?」
エリオットは誰に言うでもなくつぶやいた。
せっかく時間をかけて作った料理を、一口食べただけでいらないと言われて怒る気持ちもわかる。
しかし、子供相手である。何よりも、初めて食べるものだ。ハンナの反応もわかる。
それに対して、何も言わすにキッチンに行って、無言の抗議をするのは違う気がする。
痺れを切らしたエリオットは、サラと話をしようと椅子から立ち上がった時、サラが戻って来た。
「お待たせ!」
そう言って帰って来たサラはサンドウィッチを持って来た。
魚の酢漬けが食べられないハンナのために作って来たのだろう。
サンドウィッチの具は、タマゴと何やら黄色っぽいソースが和えられたものだった。
そのタマゴサンドを見たハンナの機嫌は一気に直った。
サラは怒っていたわけではなく、魚の酢漬けを食べられないハンナのために別の料理を作っていたことが分かったエリオットはホッとした。
しかし、ハンナに甘い気もする。
本当にダメなものはダメかもしれないが、少し拒否しただけで、子供の言いなりになるのは、ハンナのためにもならないのではないかと、エリオットは危惧する。
そんな気持ちが表情に出ていたのだろうか、サラはエリオットを見て、まるで『少し見ていて』と言わんばかりに少し笑った。
エリオットは『どういうことだ?』と言おうとした瞬間、ハンナの歓喜の声が上がる。
「美味しい!」
それを聞いて、エリオットは当たり前だと思った。ただでさえ嫌いな人がいないであろうタマゴサンド。それを料理上手のサラが作ったのだから、美味しいに決まっている。
しかし、ハンナの次の言葉にエリオットは、サラの真の狙いを知った。
「さっきの魚も、これならハンナも食べられるよ」
「さっきの魚? それに魚の酢漬けが入っているのか?」
「ええ、あのままだとお酢がきつすぎてハンナちゃんが食べられないから、魚を小さく切って、卵と一緒にマヨネーズに混ぜたのよ」
「まよねーず?」
「なんだそれ?」
ハンナとエリオットは初めて聞く単語に、首を傾げた。
二人ともサラから知らない料理の名前を聞くのには慣れたが、それでも思わず聞いてしまう。
「マヨネーズはね、油とタマゴ、それにあなたたちの言う腐った水を混ぜ合わせた物よ。だから同じ材料のタマゴとも、この酢漬けとも相性がいいのよ。
「サラ、これって、俺の分もあるか?」
「食いしん坊のエリオットのことだからそう言うと思って、用意しているわよ」
そう言って、エリオットの前にも同じものを置いた。
美味しそうに食べているハンナを見ているエリオットは、何の躊躇もなくかぶりつた。
ふかふかのパンにタマゴとマヨネーズの甘み、その中に酢漬けの酸味がアクセントになっている。要は魚のタルタルソースだ。
酢漬けが苦手なハンナのために、酢漬けを少なめにしていたためか、エリオットには少し物足りなく感じ、タルタルソースの上に酢漬けを追加して食べ始めた。
「これは良いな。さすがはサラだ」
「さすが、ママだね」
ほっぺたにマヨネーズを付けたハンナが先ほどまでの不機嫌さが嘘のように、明るい笑顔で言った。
それに対し、エリオットは口に含んだサンドウィッチを飲み込んでハンナに注意する。
「ハンナ、まだサラと結婚するって決まったわけじゃないんだから、ママは無いだろう」
「え! だって、サラに赤ちゃんが出来たら結婚するんでしょう。ハンナ楽しみだな」
「そうだ、この前のことでサラに赤ちゃんが出来たら結婚するって約束だから、今はまだどっちか分からないだろう」
どっちか分からないだろうと言いながら、そんなことは絶対にないとエリオットは確信している。キスで妊娠するはずがないと。
しかし、サラが妊娠したと言う話が、ある事件を引き起こした。