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第40話 ロック再び

 その日は雨が降りそうな曇り空だった。山の向こうで雷が鳴る音が聞こえ、雨が降るのは時間の問題のように思えた。

 サラは農具の片づけをエリオットに、牛のペコのお世話を任せて慌てて家に戻った。

 せっかく綺麗に洗った洗濯物が台無しになるのは避けたい。

 しかし、無情にも洗濯を取り込み始めたころに、ぽつぽつと雨が降り始めてきた。


「もう少し待って! 洗濯物が濡れちゃう!」


 一人で呟きながら、洗濯物を急いで取り込み終えた時、雨が本降りになった。


「なんとか間に合ったわね」


 洗濯物を取り込み終え、サラは傘を持って、エリオットたちを迎えに行こうと家を出た時、そこに雨に濡れることも気にせず立っている男がいた。

 サラはエリオットが帰って来たのかと思い近づこうとしたが、遠目から見ても鍛え上げられ、均等の取れたエリオットの身体とは程遠かった。

 その男は、雨の音に負けない声で、叫んだ。


「なぜだ、サラ! お前はボクの妻じゃなかったのか!」


 その声で男の正体が分かった。

 村長の息子のロックだった。

 サラはとっくにその話は終わったものだと思っていたため、なぜ今彼がこんなことを言うのか理解できなかった。しかし、ここで黙っているのはおかしいと思い反論する。


「私がいつ、あなたの妻になると言ったのですか? 私はあなたの妻になるつもりはありません」


 そのサラの言葉を聞いているのかいないのか分からない顔で、ロックは言った。


「やっぱり、あの男か。ハンナ様がいるから、あの男と一緒にいるのを許していたのに……それが間違いだった。誰がお前の夫か分からせる必要がある」


 そう言ってロックはゆっくりとサラの方へ歩いてきた。

 サラは慌てて家に入ると玄関のカギを閉めた。


「何を言っているの! 帰って!」

「ああ、今日は帰るが、あの男に言っておけ。近々勝負をつけに来ると」

「勝負って何よ」


 しかし、サラの問いに答えるものはいなかった。

 サラはそっとドアの隙間から外を見ると、そこには誰もいなかった。

 そして、辺りを気にしながらエリオットたちを迎えに行ったのだった。


~*~*~


「ロックがやって来て、俺に勝負を挑んで来ただって!?」


 雨に濡れたエリオットとハンナがお風呂から上がり、一息つくとサラは先ほどの出来事をエリオットに話した。

 それを聞いて、ハンナが無邪気に言った。


「え! ロックが来たの? ハンナ、遊びたかったな」

「ハンナちゃん、なんか彼の様子がおかしかったのよ」

「ふーん、そうなんだ」


 サラにふかふかのタオル髪を拭かれながら、興味なさそうに答えるハンナ。

 そして、エリオットが思い出したようにサラに話しかけた。


「そう言えば、サラが帰った後、村の若者が来たぞ」

「珍しいわね、ロック以外の村の人がこの辺りに来るのって……それで、どんな用事だったの?」


 村長と揉めて以来、サラの家の周りは村人にとって、よほど用事が無い限り訪れない場所になっていた。つまり、ここに村人がやって来たと言うことはかなり重要な話であることをサラにも分かった。

 エリオットは自分の身体を拭き終えると、サラに代わってハンナのサラサラヘアーを乾かしながら答えた。


「村の近くの山にクマが出たらしい。それもかなり大きいクマだ」

「それって、危険じゃない。ハンナちゃん、ペコと一緒だからって、しばらくは森の方に行っちゃダメよ。絶対に! パパか、ママの見えるところに絶対にいるのよ」

「……うん」


 サラの真剣な表情と声に、ハンナもただ事ではないと感じ取り、素直に返事をする。

 その反応に安心したサラは、エリオットに話しかける。


「でも、村の人が注意喚起に来てくれるなんて、よっぽどなのね」

「いや、それだけで来たんじゃないんだ」

「どういうこと?」

「村長は村に被害が出る前にクマ狩りをしてしまおうと言っているんだ。それに俺も参加して欲しいと言っているみたいなんだ。まあ、参加して欲しいと言っても、強制なんだろうがな」

「そうなの? じゃあ、私も行かないといけないわよね」

「おいおい、サラが行ってどうするんだよ。イノシシでさえ、逃げまどっていたのに、クマなんて見たら腰を抜かすぞ」


 そう言って、エリオットはクマの真似をしてサラを脅そうとする。

 するとハンナが弓を引くような構えをする。


「えい! 悪いクマはこうだ!」

「ガオ、ガオガオ……バタン」


 ハンター・ハンナの弓矢に射抜かれたクマ・エリオットは、バタンと倒れる。

 そんな親子の様子を微笑ましく見ながら、笑みを浮かべるサラ。


「あらあら、大きなクマさんが、小さなハンターさんにやられちゃったのね」

「まあ、実際こんなにうまくはいかないだろうから、大きな音や投石でクマを山奥へ追いやるだけだろうけどな」

「そうでしょうね。私はその男衆の食事でも作るわよ。みんな村のために危険を冒してるんだもの、私も力になりたいわ」

「まあ、そうしてくれると、こっちも安心だ」


 サラがクマ狩りに行くと言い出した時はどうしようかと考えたエリオットだが、サラの言葉を聞いて安心する。

この家の家主はサラであり、エリオットとハンナはあくまで同居人である。その家主が村総出のクマ狩りでないわけにはいかないと言う気持ちはわかるが、サラに参加されても正直、足でまといだろう。いくら農作業で鍛えられたとはいえ、元は貴族令嬢なのだ。本物のクマなど見たこともないだろう。

クマを見て腰を抜かすぐらいならいいが、パニックを起こして、ヘタに武器を振り回すと周りの人がケガをする恐れもある。

 だが、自分のできることをちゃんと理解しているサラを見て、理性的な女性だと改めて感心する。


 そして、空に雲一つないある日の早朝、クマ狩りが始まったのだった。

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