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第41話 クマ狩り

 まだ、日が上り切らないうちから村の広場に男衆は集められ、村の集落ごとに集まり、用意された食事をとっていた。

 すると村長がやって来て、クマ狩りの説明を始めたのだった。

 数名一組になり、各方面から山に登る。

 クマを発見した場合、クマよけのベルを鳴らし、他の組の者に知らせる。

 むやみにクマに攻撃はせず、大きな音を立てて、山に追いやる。

 これで逃げない場合は、距離を取りながら、仲間が来るのを待ち、一時村に撤退すると言うものだった。

 そして、後日、クマの目撃場所近くに罠を仕掛けるらしい。

 それはクマ狩りと言うよりも、クマを追い立て村に来させないようにするのだ。


 それを聞いたエリオットは感心した。

 クマは戦えば恐ろしい敵になる。分厚い肉、鋭い牙と爪。そしてその巨大な身体で、イノシシよりも早く走る。正面からぶつかれば、いくらエリオットといえども、吹き飛ばされてしまうだろう。

 まず、一対一で勝てる相手ではない。

 本気でクマを倒そうとすると、先を尖らせた木を相手に向けた柵で四方から囲み、その後ろから槍部隊、その後ろに弓部隊を配置し、遠くからクマを攻撃し、弱らせていく。

 しかし、それには十分な人と訓練が必要である。

 そのため、村に被害が出なければ、クマが生きようが死のうが関係ないと言う、今回のやり方は非常に理にかなっている。

 この辺境の村ではこれまでも、クマの被害に何度もあっているからこその知恵なのだろう。


 しかし、ここで一つ問題が生じた。

 近隣同士で組を作るのだが、当然ながら村はずれの一軒家に住むエリオットには組む相手がいない。

 さすがに一人でクマのいる山に入るのは危険極まりない。

 仕方なくエリオットは村長に相談することにした。


「ああ、そうでしたね。あなた方は村と積極的に交流しようとしていなかったので、すっっっかり、忘れてました。しかし、困りましたね。こればかりは私が強制するわけにはいかないので……」


 そう言いながら村長はニヤニヤと笑うばかりだった。

 明らかに、こうなることを見越している態度に、エリオットは苛つきを覚えたが、このままクマ狩りに参加しなければ、それはそれで、あとから『村の一員として、大事な行事に参加しなかった』と陰口をたたかれるに違いない。

 一人でも参加するか、とエリオットが考えていると、助けの声が聞こえる。


「じゃあ、私もクマ狩りに参加するわ」


 それは、食事の片づけを終えたサラだった。

 いつもの青いワンピース姿ではなく、動きやすいようにズボンを穿いて来たときから、エリオットは嫌な予感がしていた。こう言いだすのではないかと。

 だから、エリオットはきっぱりと断った。


「だめだ、サラは村に残ってくれ。これは男の仕事だ」

「男のじゃなくて、村の一員の仕事よね。エリオットが警戒して、私がベルを鳴らす役をすれば大丈夫よ」

「何を簡単に言っているんだ。君に何かあったら、ハンナが悲しむ」

「あら、あなたに何かあっても、ハンナちゃんは悲しむわよ」

「そ、そうかもしれないけど……」


 サラの言葉に、たじろぐエリオットはどうにかサラを止めようと思案を巡らせていると、聞き覚えのある男の声が飛び込んで来た。


「妻を危険にさらすなど愚の骨頂! やはり、彼女の夫にはボクがふさわしい」


 それは金属製の鎧に身を包んだロックだった。手には槍を持っており、その鎧も槍も昨日買ったかのようにぴかぴかで、あまりにもロックと不釣り合いなためエリオットは心配になるほどだった。


「だから、サラを危険にさらさないように、説得しているのだろう。邪魔をするなら、向こうに行ってくれ」

「ふん、自分の妻一人言うことを聞かせられなくて何が騎士見習いだ。この脳筋め」

「なんだと、やあ、お前だったら、どうやってサラを説得するんだ!」


 サラからもロックからも言われて、イライラを募らせたエリオットは声を荒らげた。

 しかし、ロックは涼し気な顔で答える。


「ふん! だから、脳筋は困る。別に未来の我妻を説得する必要などない!」

「どういうことだ?」

「察しが悪いな。お前はボクたちと組めば、彼女が参加する必要はないだろう」

「何! お前と組むだと」


 正直、エリオットにとってロックもサラも危なっかしいという点ではさほど差はない。いや、まだ話が通じる分、サラの方がマシなくらいだ。

 しかし、サラを危険にさらすぐらいなら、ロックを危険にさらした方がマシだし、曲がりなりにも、全身に身に付けている金属製の鎧の出来は良さそうだ。

 エリオットは諦めて、ロックの提案を飲むことにした。


「分かった、お前と組もう。しかし、先ほどボクたちと言ったな。他のメンバーは誰なんだ?」

「ボクの正しさが分かったようだな。そして、もう一人は、この村で一番クマに詳しい、グンマ爺だ! どうだ! 恐れ入ったか!」


 そう言って、ロックは本人がクマではなかろうかと錯覚するほど、がっちりとした体つきに、毛深い男を指し示した。厚手の服の上から毛皮をまとっていた。爺と言うには年は若いが、長年猟師として暮らしていたであろう風格を身に付けていた。

 男はエリオットの前に来ると、上から下まで体をなめるように見た後、言った。


「あんたが、あのイノシシをやった男か」

「ああ、そうだ」

「騎士と言うのは本当みたいだな。それも凄腕の……」


 ロックの仲間と言うことで、何か文句を言われると身構えていたエリオットは、褒められて拍子抜けした。


「ありがとう、でも俺はまだまだ凄腕なんて言われるレベルじゃない」

「まあ、俺が言っているのは、騎士同士のお上品な剣術のレベルでって言うことだ。野生のクマ相手に通じるなんて思わないことだな」


 そう言って、グンマ爺はエリオットに背を向けて山へ行く準備を始めた。

 おそらく、クマ狩りに参加すると言うロックの護衛として組まされたのだろう。しかし、エリオットには幸いだった。

 グンマ爺が言うように、クマと戦ったことなどない。知識として知っているだけだった。だから、本当の野生のクマについて知っている人間が同行してくれるのは力強い。

 とりあえず、問題が解決したエリオットはサラに言った。


「と言うわけで、サラ。君の出番は無くなった。素直に家でハンナと待っていてくれ」

「……わかったわ。でも、無理はしないで、無事に戻って来てね」


 そう言ってサラは無事を祈る祝福の印を結んだ。

 こうして、村総出でのクマ狩りが始まったのだった。

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