木々が生い茂る山。
そこは村の里山として、植物の実りを取ったり、狩場になったりする。
しかし、今は危険な獣の巣と化している。
エリオットたち三人は、グンマ爺を先頭に入山する。いや、正確に言うとグンマ爺のパートナーである猟犬アレクサンダーが先頭を先頭に三人と一匹である。アレクサンダーは賢い犬だ。その証拠に人の雰囲気を感じ取り、これはいつもの猟ではないと悟っているようにおとなしく、注意深く匂いを嗅ぎながら、けもの道を進んで行く。
別方向に入山した他の村人が見えなくなったころ、ロックがエリオットに話しかけた。
「おい、ふぅふぅ、脳筋。サラをかけて、はぁはぁ、勝負をするぞ」
「サラをかけて勝負などしない」
エリオットはロックの方を向きもせず、そっけなく速攻で答えた。
厚手の長袖、長ズボンに自分の背の高さ程度の槍を杖代わりにして、エリオットはアレクサンダーの手綱を持つグンマ爺の後ろを歩いていた。
「じゃあ、ボクの不戦勝……はぁはぁ、だな」
「馬鹿言え、そもそも俺が了承していないのだから、勝負不成立だ」
「逃げるのか、こ……の……臆病者の……卑怯……者。ふぅふぅ」
ロックは全身を包む金属製の鎧の中で、息絶え絶え毒づく。
そんなロックの言葉にエリオットが反応した。
「卑怯者だと! 俺がお前に卑怯者だと言われる筋合いはない。サラをかけての勝負はしないが、男のプライドをかけてなら受けてやる」
「いいだろう。でも、この勝負に負けたら、サラとハンナ様の前で、ロック様に負けましたと言うんだぞ」
ロックはエリオットが勝負に乗って来たことに元気が出て、一気にまくし立てた。
売り言葉に買い言葉とわかっている。わかっているが、止まらない。
エリオットはロックの提案に乗ってしまった。
「分かった。その代わり、俺が勝ったら二度と俺たちに近づくな。いいな」
「よし、約束だぞ。それで勝負の方法だが……はぁはぁ」
「なんだ、早く言え」
「ぜぇぜぇ、ちょっと待ってくれ」
ロックは息を切らして、立ち止まる。金属製の全身鎧は、安全性は高いだろうが、通気性は悪い。鍛えられた騎士でさえ、長距離移動する場合は馬に乗る。
それを体力のないロックが身に付け、山登りをしているのだから、息が上がるのは当たり前だ。
そんなロックが息を整えるために立ち止まると、グンマ爺も立ち止まった。
しばらく誰も何も言わないままの休憩の時間が過ぎ、息を整えたロックが口を開いた。
「どちらかがクマを退治するかで勝負だ!」
「馬鹿野郎、却下だ! クマはお前が思っているような簡単な存在じゃないんだぞ」
「この臆病者め!」
「現実を知る者と臆病者を一緒にするな。無知が……」
「なんだと! 天才のボクに向かって!」
「坊ちゃん、そいつの言う通りです」
エリオットの言葉に憤るロックをグンマ爺が止めた。
村長に雇われたであろうグンマ爺も危険を冒してまで、ロックの意見に従う気は無いようだ。
グンマ爺には歴戦の猟師としてのプライドと、村長から任せられたロックを守る義務を持ってロックを諫める。
「クマを舐めちゃいけねえ。奴が本気になれば、坊ちゃんの鎧なんて簡単に引き裂いてしまいますよ」
強面のグンマ爺にギロリとそう言われると、ロックは震えあがった。
ロックの自信のひとつに、その鎧への絶対の信頼感がるのだが、それを猟師であるグンマ爺に否定されると、たじろいでしまう。
「じゃ、じゃあ、クマ狩りで活躍した方の勝ちだ!」
「活躍した方って、誰が判断するんだ?」
「グンマ爺に決まっている! クマのことを知り尽くしているグンマ爺が、俺たちのどちらがクマ退治に活躍したか判定してもらう」
「それは良い。しかしベルは俺が持っているが、それで良いのか? 今回はこのベルを鳴らしてクマを追い払うのが目的だろう」
「貴様、卑怯だぞ!」
「何が卑怯だ、荷物が多いお前の代わりに俺が持っているんだろう」
ロックは金属製の全身鎧だけでなく、何が入っているのか分からない大きなリュックを背負っている。そのため、片手鍋ほどの大きさのクマよけのベルを、エリオットが持っているのだ。
「貴様! そのベルをボクによこせ!」
「渡してもいいが、いざと言うときに鳴らせるのか?」
「ボクを馬鹿にするな!」
ロックがベルを奪い取った時、猟犬アレクサンダーが吠えた。