目次
ブックマーク
応援する
10
コメント
シェア
通報

第43話 山の主ブファス

 アレクサンダーはクマに向かって吠えていた。

 山の上からこちらを見下ろすクマ。

 そのクマを見て、ロックは笑った。


「クマはクマでも子クマじゃないか。おどかして!」


 そう言うとロックはクマよけのベルを放り出し、素人でも撃ちやすい弓矢クロスボウを構えた。


「やめろ、ロック」

「やめるんだ、坊ちゃん」


 エリオットとグンマ爺の声が重なった時、ロックは引き金を引いた。

 慌てたエリオットは剣を抜き、矢を切り落とそうとしたが間に合わなかった。

 外れてくれ!

そんなエリオットの願いも空しくロックの矢は子グマの目を射抜いてしまった。

 子グマの悲痛な声が山に響く。


「やった! ボクの勝ちだ!」

「馬鹿野郎!」


 エリオットはベルを拾うと、力いっぱい鳴らした。

 アレクサンダーは最警戒の態勢で唸り声をあげる。ロックよりもよほど賢い。

 そしてグンマ爺はあたりを警戒しながら、ロックに言った。


「坊ちゃん、急いで山を下りてください。そして、残っている村の人間に子グマを傷つけたと言ってください」

「グンマ爺、何を言ってるんだ。クマを傷つけたのではなく、クマを仕留めるんだ」


 そう言って、槍を持って子グマに向かって行った。

 子グマはこちらを振り向きながらとことこと逃げ出した。

 それがロックを余計に調子づかせた。


「見ろ、クマさえ恐れるボクの力を!」

「馬鹿野郎! 引き返せ、子グマの側には親グマがいるんだぞ!」

「そんな嘘でこのボクが騙されるものか!」

「坊ちゃん、こいつの言うことは本当です。戻ってください」


 グンマ爺もエリオットに賛同してロックを止めようとするが、一歩遅かった。

 そこには四つ足ついたままでもロックの身長ほどある巨大なクマが現れた。そのクマも片方の目にキズがあった。しかし、子グマのように先ほど付いたようなものではなく、古傷だった。

 そのクマを見て一番の絶望の表情を浮かべたのはグンマ爺だった。


「こいつは去年、山向こうの村で十人以上喰ったブファスじゃないか。奴がこちら側に来てたのか!」


 人を喰ったクマは人の味を覚える。

 人の味を覚えたクマは人を恐れつつも、人を手ごわい餌と見る。

 つまり、積極的に人を襲う。

 その上、子グマを傷つけられている。ただでさえ、子グマと一緒にいる親グマは子を守るために凶暴になる。それがすでに傷つけられているのだ。母親グマは完全に頭に血が上っていた。

 巨大グマのブファスは興奮状態でこちらを睨んでいた。


「……最悪だ」


 エリオットは槍を構えながら、息をのむ。

 クマとエリオットたちの中間あたりにロックは立ち尽くしていた。

 エリオットは槍を構えたまま、ブファスを刺激しないようにゆっくりとロックの方へ歩いて行く。

 ロックを助けるには二つのステップを踏まなければならない。

 ファーストステップはブファスを刺激しないようにロックの所まで行きつく。

 そしてロックを引きずってでもブファスから遠ざける。

 それまで、ブファスが襲ってこないことが前提条件だ。

 エリオットは呼吸音でさえ、ブファスを刺激をするのではないかと恐れながら、ゆっくりとロックに近づく。


「うぁああああ!」


 緊張に耐えかねたロックが突然、叫び声をあげる。


「馬鹿野郎!」


 エリオットは思わず毒づきながら、走り出した。それと同時にブファスが唸り声をあげてロックに向かって走り始めた。

 当然だ、子グマの敵にして、立ち尽くすだけの餌を狙わないわけが無い。見慣れない服を着ていたとしても。


「間に合え!」


 エリオットは走りながら槍を投げる。

 倒さなくていい、当たらなくていい、傷つけなくていい。

 ただ、ひるんでスピードが落ちればいい。

 運よくエリオットの槍は当たり、ブファスは体勢を崩す。しかし、山の上から駆け降りるブファスの勢いは止まらない。そのまま、ロックに体当たりをする形になった。


「うぁあ!」


 何百キロあるか分からない巨体に体当たりされ、そのまま吹き飛ばされていたら良かったのだが、運悪く木にぶつかり止まる。

 ファバスは立ち上がると、槍を投げたエリオットを排除するか、横たわる餌を狙うか考えた末、子グマの仇を排除することに決めた。

 大きく振りかぶる必殺の爪。ロックの身体ほどの太さの腕から繰り出される一撃は、グンマ爺が言ったようにロックの鎧など簡単に引き裂くだろう。

 エリオットは剣を抜きながら、必死に走った。

 無情にも振り下ろされる死の爪。

 エリオットはロックにタックルをする。


「痛っ!」


 ブファスの爪は狙いから外れ、エリオットの太ももをかすっていた。

 焼けるように痛みが太ももを走る。

しかし、今はそれどころではない。死の二撃目が襲い掛かって来る。

 エリオットはロックを背中にかばい剣を構える。

 目の前には片目のクマ。

 そこにアレクサンダーが加勢にやって来て、クマの鼻先に噛みつく。さすが長年グンマ爺のパートナーを務めているだけあって、クマの急所を知っている。

 ブファスがひるんだところに、グンマ爺の弓矢が襲い掛かる。

 その分厚い肉の壁に致命傷にはならないが、弓矢を非常に嫌がっている。失った片目は弓矢によるものなのかもしれない。

 チャンスと見たエリオットは座り込んでいるロックを引き起こす。


「グンマ爺の所まで走れ!」

「え、あ、ああ、いや、腰が抜けて……助けてくれ」

「クソ! ここに隠れていろ!」


 エリオットはロックを木の陰に押し込むと、ブファスに向かい合う。


(大きい。そして、その大きさの肉の壁。大人と子供の力の差どころではない。その肉は生半可な武器を通さないだろう。

 この段階で、俺たち人間もクマも逃げることもできないだろう。

 殺るか殺られるか。

 ブファスを殺すには、あのイノシシを殺ったように首を落とすしかない。

 しかし、首の位置が高すぎる。その上、奴に油断もない。

 プロであるグンマ爺に任せて、ここから逃げたくなる。しかし、逃げるわけにはいかない。

 俺は人を守るために生まれてきたのだから)


 覚悟を決めたエリオットは、先ほど投げた槍を拾うとアレクサンダーと戦っているブファスに立ち向かう。

 狙うは奴の後ろ脚。

 致命傷にならないまでも、体勢は崩せる。

 エリオットの狙い通りブファスは四つん這いになる。

 これならば首に剣が届く。

 サラにもらった業物の剣を抜くと、エリオットはその太い首に切りかかった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?