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第44話 貴族の義務

 エリオットの必殺の一撃。

 大イノシシの首を落とす業物に、大木を一撃で切り落とすエリオットの膂力。その二つが合わさった一撃。

 それがまっすぐファバスの首に向かった振り下ろされ、血が飛び散った。


「グアァァァ!」


 ファバスはエリオットの一撃を前足で受け、致命傷を逃れた。しかし、前足の痛みで吠えた。

 エリオットの剣は前足に深く切り込み、骨で止まった。そしてそのまま、エリオットに向かって腕を振り払った。

 その勢いで剣はブファスの腕から抜け、剣を持ったままのエリオットも吹き飛ばされた。


「うっ!」


 背中を地面に打ち付けたエリオットが、苦悶の声を上げる。

 息ができない。しかし、そんなことお構いなしに体勢を整えて、奴を見る。

 血まみれのブファスは、当たりかまわず暴れ始めた。

 猟犬アレクサンダーも遠巻きに吠えるしかなかった。

 グンマ爺はベルを鳴らして村人を呼ぶ。しかし、それは集まった村人を危険にさらす行為になるかもしれない。


「マズイ!」


 息を吸うことができるようになったエリオットが叫ぶ。

 我を忘れたブファスは子グマいる山ではなく、村へ駆け出した。

(止めなければ! あそこにはハンナとサラがいる……刺し違えても止めないと)


 エリオットは走った。

(血が付いたとはいえまだ、剣の切れ味は落ちていない。やれる!)

 下り道を飛ぶように走るエリオットに比べ、クマは基本下り坂が苦手である。

 追い付いた! 追い付いたが、エリオットも体力の限界が近い。

 ブファスもエリオットに気が付き、振り向きざまに立ち上がり、迎撃しようとする。

 ブファスを止める最後のチャンスだ!


「うぉおおお!!!」


 エリオットは走る速度を落とさず、そのままブファスの毛深い胸に飛び込んだ。その心臓に剣を突き立てるために。

 エリオットの勢いを受け止めるブファスも、エリオットに槍で傷つけれた足では受け止めきらず、一匹と一人は転がる。

 動きが止まった時、エリオットはブファスに捕まっていた。俗にベアハッグ。

 ブファスはエリオットを胸に抱えたまま、その太い腕で圧死させようとしているのだ。

 それでもエリオットは、ブファスの心臓に刺さっている剣を手放していなかった。

(このまま力尽きても、こいつだけは……)

 そう考えるエリオットを、ブファスは最後の力を振り絞って締め上げる。

 エリオットは、自分の身体がきしむ音を聞いた。

(俺の旅も終わりか……)

 力が抜けていくのを感じる。

(ハンナは泣くかな……短い間だったが、良い父親が出来てたか?)

 エリオットの脳裏には太陽のような可愛い笑顔が浮かんだ。

(サラ、ハンナのことを任せたぞ)

エリオットは、いつもは大人しそうなのに、料理のことになると途端に人が変わったように元気になる、不思議な女性の顔を思い浮かべた。彼女なら、ハンナを正しく育ててくれるだろう。

 そして、サラと最後に交わした会話を思い出した。


『無事に戻って来てね』


 それはサラとの約束だった。

(帰るのだ。二人の元に。こんなところで終わるわけにはいかない!)

 エリオットは最後の力を振り絞った。


「負けるわけにはいかないんだよ!」


 エリオットは剣を握り直し、一気に切り上げた。

 ブファスの唸り声とともに血が噴き出す。

 血が噴き出るとブファスの力も緩んだ。

 血まみれのエリオットは転がるように、ブファスから逃れることができた。


「はぁはぁはぁ」


 エリオットは四つん這いで息を整えていると、いつの間にかロックがやって来ていた。


「だ、大丈夫か?」

「あ、ああ、なんとかな……」

「お前、すごいな。怖くなかったのか」

「怖いに決まってるだろう」

「じゃあなんで、あんな化け物に向かって行けるんだ?」

「それが、お前がなりたがっている貴族の義務だからだよ。力を持っている者が、持たざる者を助けるのは当たり前のことなんだよ」

「貴族の義務?」


 ロックがエリオットに肩を貸しながら、その言葉の意味をかみしめていた。

 すると、アレクサンダーの吠える声が聞こえてきた。

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