エリオットの必殺の一撃。
大イノシシの首を落とす業物に、大木を一撃で切り落とすエリオットの膂力。その二つが合わさった一撃。
それがまっすぐファバスの首に向かった振り下ろされ、血が飛び散った。
「グアァァァ!」
ファバスはエリオットの一撃を前足で受け、致命傷を逃れた。しかし、前足の痛みで吠えた。
エリオットの剣は前足に深く切り込み、骨で止まった。そしてそのまま、エリオットに向かって腕を振り払った。
その勢いで剣はブファスの腕から抜け、剣を持ったままのエリオットも吹き飛ばされた。
「うっ!」
背中を地面に打ち付けたエリオットが、苦悶の声を上げる。
息ができない。しかし、そんなことお構いなしに体勢を整えて、奴を見る。
血まみれのブファスは、当たりかまわず暴れ始めた。
猟犬アレクサンダーも遠巻きに吠えるしかなかった。
グンマ爺はベルを鳴らして村人を呼ぶ。しかし、それは集まった村人を危険にさらす行為になるかもしれない。
「マズイ!」
息を吸うことができるようになったエリオットが叫ぶ。
我を忘れたブファスは子グマいる山ではなく、村へ駆け出した。
(止めなければ! あそこにはハンナとサラがいる……刺し違えても止めないと)
エリオットは走った。
(血が付いたとはいえまだ、剣の切れ味は落ちていない。やれる!)
下り道を飛ぶように走るエリオットに比べ、クマは基本下り坂が苦手である。
追い付いた! 追い付いたが、エリオットも体力の限界が近い。
ブファスもエリオットに気が付き、振り向きざまに立ち上がり、迎撃しようとする。
ブファスを止める最後のチャンスだ!
「うぉおおお!!!」
エリオットは走る速度を落とさず、そのままブファスの毛深い胸に飛び込んだ。その心臓に剣を突き立てるために。
エリオットの勢いを受け止めるブファスも、エリオットに槍で傷つけれた足では受け止めきらず、一匹と一人は転がる。
動きが止まった時、エリオットはブファスに捕まっていた。俗にベアハッグ。
ブファスはエリオットを胸に抱えたまま、その太い腕で圧死させようとしているのだ。
それでもエリオットは、ブファスの心臓に刺さっている剣を手放していなかった。
(このまま力尽きても、こいつだけは……)
そう考えるエリオットを、ブファスは最後の力を振り絞って締め上げる。
エリオットは、自分の身体がきしむ音を聞いた。
(俺の旅も終わりか……)
力が抜けていくのを感じる。
(ハンナは泣くかな……短い間だったが、良い父親が出来てたか?)
エリオットの脳裏には太陽のような可愛い笑顔が浮かんだ。
(サラ、ハンナのことを任せたぞ)
エリオットは、いつもは大人しそうなのに、料理のことになると途端に人が変わったように元気になる、不思議な女性の顔を思い浮かべた。彼女なら、ハンナを正しく育ててくれるだろう。
そして、サラと最後に交わした会話を思い出した。
『無事に戻って来てね』
それはサラとの約束だった。
(帰るのだ。二人の元に。こんなところで終わるわけにはいかない!)
エリオットは最後の力を振り絞った。
「負けるわけにはいかないんだよ!」
エリオットは剣を握り直し、一気に切り上げた。
ブファスの唸り声とともに血が噴き出す。
血が噴き出るとブファスの力も緩んだ。
血まみれのエリオットは転がるように、ブファスから逃れることができた。
「はぁはぁはぁ」
エリオットは四つん這いで息を整えていると、いつの間にかロックがやって来ていた。
「だ、大丈夫か?」
「あ、ああ、なんとかな……」
「お前、すごいな。怖くなかったのか」
「怖いに決まってるだろう」
「じゃあなんで、あんな化け物に向かって行けるんだ?」
「それが、お前がなりたがっている貴族の義務だからだよ。力を持っている者が、持たざる者を助けるのは当たり前のことなんだよ」
「貴族の義務?」
ロックがエリオットに肩を貸しながら、その言葉の意味をかみしめていた。
すると、アレクサンダーの吠える声が聞こえてきた。