エリオットがアレクサンダーの方を見ると、そこには片目が傷ついた子グマが、倒れている親グマの側に来ていた。
それを見たロックはつぶやいた。
「貴族の義務をボクも果たしてくる」
ロックはエリオットを離すと槍を構えた。かなりのへっぴり腰で。
それを見たエリオットは止めた。
「やめろ!」
「なんで止める。このくらいボクだって」
「子グマに罪はないだろう」
「でも……」
槍を構えてどうしようかと考えているロックに、グンマ爺が話しかけた。
「坊ちゃん、こいつをこのままにしていたら、人間に恨みを持ちます。親グマの二の舞になる前に、ここで殺しておいた方が良い」
「こいつが、あんな化け物に……」
そう言うと、ロックは槍を構えたまま子グマにじりじりと近づく。
子グマはロックに気が付きながらも、母グマのそばから離れない。
エリオットはその姿を見て、子グマと出会った頃のハンナを思い出す。
光の聖女を探して旅をする途中、森の中に善き魔女が住んでいるという情報を聞いてエリオットは向かった。そこは人を寄せ付けない森。その中にポツンと家があった。近隣の村人の話では、時折森からやって来ては薬を売りにやって来て、服などを買っていくらしい。
エリオットが家を訪れた時、ベッドの中で干からびている女性と、その隣で泣きもせず、じっと座っているハンナがいた。
西日に照らされ、まるで人形のように座るハンナはエリオットを見ると、感情無くにっこりと笑った。
その姿を見て、エリオットは直感的に光の聖女が亡くなり、次の聖女がこの子だと確信した。それから、エリオットはハンナの親となり、ハンナを立派な光の聖女に育てようとしてきた。
今の子グマがあの時のハンナと重なって見えたエリオットは、足を引きずりならロックの前に立ちふさがった。
「やめろ!」
「でも、兄貴!」
「頼むから、止めてくれ」
「……」
エリオットの願いに言葉が詰まるロックの代わりに、グンマ爺が言った。
「ここでこいつをそのままにして置いたら、一年後、二年後にはまた人を襲うかもしれないぞ。あんたならわかるだろう」
「こいつの面倒は俺が見る。決して、人を襲わせない。もしも、こいつが人を襲うようになったなら、俺が責任を持つ」
ブファスを倒したエリオットならば、この子グマが暴れてもどうにかするだろう。それに元々、エリオットたちが住んでいるのは、村から離れたところだ。
そう考えたグンマ爺は、最終的にロックに判断を委ねた。
「坊ちゃんに任せます。こいつを信じるのも信じないのも」
「ボクに……」
ロックは子グマとエリオットを交互に見た。
クマの恐ろしさは、ブファスで十分味わった。エリオットがいなければ、そこに転がっていたのは自分自身だった。それは自分の軽率な行動が原因だということも重々分かっている。
それを助けてくれたのはエリオットだ。
命の恩人。
そのエリオットの言葉を無下には出来ない。それほどまで自分は人でなしではない。
そう考えたロックはグンマ爺に言った。
「このクマに首輪をつけてくれ。今回のクマ狩りの功労者である兄貴の賞品にする」
「ロック……」
「それで良いんですね、坊ちゃん。わかりました」
こうして、激動のクマ狩りは幕を閉じたのだった。