サラたち三人は昼過ぎには王都が見えるところまで来ていた。
山を下りてから狼たちと別れ、サラたちは休憩を挟みながらも旅路を急いだ。
「そのクマは何だ!?」
王都入口の守衛から三人と一匹は止められた。
当然と言えば当然である。馬などの草食動物ならともかく、クマを連れて王都に入ろうとしているのだ。
このことを予想していたエリオットは、特に焦ることもなく答えた。
「このクマは王家への献上物ですよ。いま、王都で流行っている病の特効薬がクマの生きキモなんですよ。新鮮であれば新鮮なだけ、効果が高い。ですからわざわざ生きたクマを手に入れたんですよ。もう、大変だったんですから」
「流行り病にクマのキモが効くなんて聞いたことがないぞ」
「そりゃ、そうですよ。最近分かったことですし、クマのキモなんてなかなか手に入らない。だから貴族たちはその情報を隠しているんですよ。だから、これはここだけの話にしてくださいね。バレると俺もあんたも首が飛ぶんでね」
「ふん、お前の言うことなんて信じるわけが無いだろう。どうせそう言って国王陛下にそのクマを馬鹿高い金で売りつけようとする詐欺師だろう」
どこの人間か分からないエリオットの言葉を素直に信じるほど、守衛は甘くなかった。
そんなエリオットを助けるべく、サラが動いた。
「これは王家からファーメン家に依頼された案件です。このファーメン家の家紋証があっても通していただけませんか?」
家紋証は貴族であることを示すものである。サラが王都を追放になった時、当然家紋証は没収されていたのだが、先日アリスが来たときにお金と一緒に置いて行ったものだった。
家紋証を見た守衛たちの顔色が変わった。
その瞬間を見逃さないサラが、ダメ押しをする。
「お仕事、ご苦労様です。今回の案件は表ざたになるとお互い良くない結果になりますので、どうぞ穏便に」
そう言って、金貨を握らせたのだ。
それは、クマの密輸を黙らせると言う名目で渡したのだが、そもそも重罪であるサラが王都に戻ってきたことを表ざたにしないように守衛たちを共犯者に仕立てたのだった。
ファーメン家がどういう家か守衛たちも良く知っている。だから、このワイロが余計に信憑性を持ったのだ。
こうして、サラたちはプリンを連れて王都に入ることに成功したのだった。
ローブを頭からかぶり人目に付かないようにしたサラは、王都の様子に驚きを隠せなかった。
そこは国の中枢部にして、政と文化と商売の中心地で街は活気にあふれ、ぼーっとしていると『邪魔だ』と怒鳴り声が聞こえてくる街だった。
しかし、今は人の往来が少なく、歩いている人々も元気がなく、下を向いていた。
何よりも、路地裏には死体が放置されて、腐臭が漂っている。
手紙に書かれていた流行り病が、ここまで蔓延しているとは想像していなかった。
「エリオット……」
「ああ、これはひどいな。とりあえず、ファーメン家に急ごう」
一行は、街の一等地にあるファーメン家の屋敷に向かった。
その屋敷は田舎貴族とは思えないほど、広く大きな屋敷だった。長い歴史を感じるようなたたずまいに、嫌味にならない装飾品。庭にはバラなどの花は無い物の、植物は豊富で手入れが行き届いているように見えた。
しかし、サラの目にはどこか表面だけ取り繕っているように見える。
両親にとってこの家は、住むところというよりも商談の場。そして投資材料である。最低限の見栄えが整っていれば問題ない。余計なお金はこの家に使いたくないと言った意志が感じ取れた。
屋敷に入ったサラたちは、プリンを庭に残して応接室に通された。
応接室を勢いよく開けて入って来たのは、背の高く、ひげを蓄えた男性とその後ろに美しくはあるがどこか神経質そうな女性だった。
二人を見たサラは立ち上がり挨拶をする。
「お父様、お母様、ごきげんよう」
「ああ、サラも元気そうで何よりだ。しかし、残念なことにアリスが流行り病に倒れてしまった」
「本当にかわいそうな子」
二人はアリスを心配する様子を見せながら話を続ける。
「ところで金は持って来たか? 早くあの子を医者に見せなければならないんだ」
「……いくらですか?」
サラは父親の目をじっと見て問いかけた。
「二千万……いや一千万あればどうにかなる」
そう言う父親の瞳の奥を読み取ったサラは、静かに問いかけた。
「武具ですか?」
「な、なんのことだ……」
「疫病のせいで、毎年の西部遠征が無くなったんですよね。そのため、武具が値下がりしたあおりを受けたのですね。私だってファーメン家の一員です。いくら、医者が高くてもお父様が払えない額じゃないことはわかります」
「……そんなことは」
「あなたたちの一番嫌う言葉は『損』ですよね。『得』が普通であり、ただ働きは負け、損は受け入れがたいもの。それが二千万もあれば、どうにか埋め合わせをしようと考える。億の資産をいまだに地下の倉庫に隠してあったとしても……だから、あなたたちはアリスちゃんから聞いた本の売り上げに目を付けた。そして、アリスちゃんの病気をダシに私を呼び出したのですよね」
「何を言うんだ! 娘のことを心配しない親がいるか!?」
「そうよ、何を言っているのよ」
サラの言葉に動揺する両親を見て、エリオットは怒りを抑え込むのに必死だった。
ここにも子を自分の道具にしか思わない親がいる。
しかし、当事者のサラを差し置いて感情的になるわけにはいかない。
エリオットの怒りとは正反対に、サラは冷静に言った。
「一千万は渡します。その代わり、アリスちゃんはこちらで面倒を見ます。アリスちゃんは離れに隔離されているのでしょう。誰も近づけないようにお願いします。許可なく近づけば、連れて来たクマの餌になりますよ」
そう言うと、サラは持って来た金貨をテーブルの上に置くと、立ち上がった。
「エリオット、ハンナちゃん、行きましょう。いくらここで待っていても茶菓子のひとつも出ないわよ」
「サラ、待ってくれ!」
「何でしょうか? お父様、商談は終わったと思いますが……」
「もう一千万、お願いできないか?」
「それはアリスちゃんの状況次第です。お父様たちが、金のためにアリスちゃんに本当に医者を呼んでいなければ、このお金も引き上げさせていただきますからね」
そう言い捨てると、サラは部屋を出て行った。
エリオットとハンナは慌ててサラを追いかけて部屋を出た。