「サラ、大丈夫か?」
「ありがとう、エリオット。でも大丈夫よ、お父様から手紙が来た時点で大体のことは予想していたから……」
背中越しにエリオットに応えるサラの前にハンナが走り出る。
「ママ、だっこ」
サラは黙ってハンナを抱き上げる。
「心配しないで、お姉ちゃんは大丈夫だよ。きっと大丈夫だよ」
「……ありがとう」
こうして、三人はアリスが隔離されていると言う離れの部屋に急いだ。
渡り廊下を渡り、扉の前に立ったサラはノックをすると、中から弱々しい声が帰って来た。
「……どうぞ」
サラたちが部屋に入ると、広い部屋は暖炉の火で温められていた。そして、その上のヤカンから湯気が出て部屋の湿度を保っていた。
ベッドの横には食べかけの粥と水差しが置かれている。
そして、ベッドに横たわるアリスの頭にはキャベツか巻き付けられていた。
それらを見てサラはホッとした。
最低限の処置をされているアリスにサラが近づく。すると、アリスが苦しそうな声を出した。
「ワタクシに近づいてはいけません。病が移りますわ」
「アリスちゃん……」
「ああ、これは夢かしら……夢でもいいわ。お姉ちゃんに会えたのだから……」
「アリスちゃん、お姉ちゃんよ」
「……サラなの……本当に? なんで、ここに……」
「アリスちゃんのことを聞いたからよ……大丈夫?」
そう言ってサラは、アリスの手を握った。その手は細く力が無かった。
アリスはサラの手のぬくもりを感じたとたん、それまで押さえつけていた本当の気持ちが弾けた。
「……お姉ちゃん……お姉ちゃん、苦しい、苦しいよ。アリス死んじゃうのかな。いやだよ。死にたくない。助けて……助けて、お姉ちゃん」
アリスはベッドに横たわったまま、涙を流しながら助けを求めてきた。
わがままで甘えん坊ではあるが、弱音を吐いたことが無かったアリスが助けを求めてきたのだ。
サラは再度アリスの手をぎゅっと握った。
「大丈夫よ、アリスちゃん。お姉ちゃんが絶対助けてあげるから」
「助けるって、どうするんだ?」
サラの言葉にエリオットが反応する。
王都は疫病患者であふれている。それは、感染力が強く、対処方法がないためだ。対処方法があるのならば、エリオットも知りたい。
サラはアリスの手を握ったまま、エリオットを見る。
「エリオット、お願いがあるの」
「なんだ? 俺にできることなら言ってくれ」
「これから、力を使ってアリスちゃんの身体の中にある悪い菌を駆除するから、力尽きた私をお願い」
「力尽きたって、サラは大丈夫なのか?」
そう心配そうに言うと、ハンナがエリオットの手を握った。
「パパ、大丈夫でも大丈夫じゃなくてもママは力を使うよ。だから、パパができることは、ママを支えてあげることだよ」
「……そうだな」
ハンナの言葉を聞いて、エリオットは覚悟を決める。
「そうか、そうだな、分かった。後のことは任せろ。好きなだけ力を使え! 大事な妹なんだろう」
「ママ、頑張って」
「ありがとう。エリオット、ハンナちゃん」
そう言うとサラはアリスに向き直る。
アリスはうっすらと目を開けたまま、サラに言った。
「……何をするの?」
「大丈夫よ。お姉ちゃんが助けてあげる。だから、今はゆっくり眠っていて。目が覚めたら、すっかり治っているからね」
「……わかった。ありがとう、お姉ちゃん」
そう言って、なんとか開けていた瞼をアリスはおろした。
素直に眠るアリスをサラは見た。
エリオットの時と同じようにアリスの身体の中に菌が見える。それはサラの目には黒い点のように見え、それは体中に広がっていた。
「エリオット、窓を開けて換気して」
「わかった。他にすることがあれば言ってくれ」
「ハンナにも言ってね」
「二人ともありがとう」
二人にお礼を言った後、サラは手をアリスに向けた。するとその手はほんのりと光り始めるとその光はサラの身体を包み込み、サラの光の手がアリスの身体に吸い込まれる。
その光の手を使いアリスの体の中の黒い点を一つ一つ丁寧に取り除いていく。
身体に有益な菌はなるべく取り除かず、病気の原因となる菌だけを取り除いてゆく。それは言うなれば、鍋いっぱいの米粒をひとつひとつピンセットで取り除くような繊細で気が遠くなるような作業。
エリオットの時は発症して直ぐだったため、菌が広がっている場所は少なかった。
しかし、アリスは全身に広がっている。
取り除いても取り除いても黒い点は一向に減らない。しかし、力の行使を止めるわけにはいかなかった。
どれくらい時間が経ったかサラには分からない。
ただただ、黒い点と向き合うだけの時間。
そんな時、サラは自分を呼ぶ声に気が付いた。
「サラ」
「エリオット……どうしたの?」
「どうしたの?ってもう、四時間は力を使っていたぞ。少し休め。ほら」
そう言ってエリオットはサラを抱きかかえると、強引にソファーに横たえた。
するとハンナが、水と不揃いに皮が剥かれた林檎を持ってきた。
「ママ、食べて」
「ハンナちゃんが剥いてくれたの?」
「うん、ハンナは何もできないから……」
サラは林檎を一口食べると、みずみずしい果汁が喉を潤す。甘さと酸味が疲れ果てた体にしみこむのを感じる。すると、自分が喉もお腹も空いていることに強制的に思い出させ、林檎を全て平らげてしまった。
「ありがとう、ハンナちゃん。そう言えば二人もお腹空いたわよね。何か作って来るね」
「何をバカなことを言ってるんだ。サラは少しでも休め。アリスを助けるんだろう。だったら今はアリスを助けることだけを考えろ。他のことは俺たちに任せろ」
立ち上がろうとしたサラは、強引に横にさせられた。
すると、ハンナが部屋を飛び出していった。
「ハンナが食事を持ってくるから、その間だけでも、眠っていろ」
「眠ってなんていられないわよ」
「無理にでも眠れ。いや、横になって瞳を閉じているだけでいい。それだけでも体力は回復するから。それに眠ってしまっても俺が起こしてやるから安心しろ」
「……わかったわ。でもちゃんと起こしてね」
「安心しろ」
「……ありがとう」
エリオットにそう言うと、サラは瞳を閉じてすぐに寝息を立てた。