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第94話 屋敷の地下室

「これがここ一年間でファーメン家より買い取った本の全てです」


 山と積まれた本の前で、質の良い服を着た男がにこやかに言った。

 ぎゅっとサラの服を握って、興味深そうにその本の山を見ているハンナの隣で、サラは本をざっと確認した。


「これが全てですか?」

「いいえ、売れてしまった物もあります」

「売れてしまった本の明細はありますか?」

「こちらです」


 サラは明細にも目を通すと、尋ねた。


「本の表紙のタイトルがかすれていた本はなかったですか?」

「その本のタイトルはわかりますか? 表紙に無くても本扉に書かれていたと思います。もしくは本の内容でも構いません」

「確か、『発酵の魔法』だった思います」

「八項、野馬法ですか? 野生馬の調教の本ですか?」


 真剣な顔で聞き直す店長にサラは困った。

 発酵という根本的な考え方を説明することは難しい。その上、現実主義で、拝金主義で有名なのファーメン家の人間が魔法の本を探すなど言うのも怪しまれる。元々、表紙がかすれている本に商品価値が少ないと言うことは両親も分かっているだろう。

 サラは紙に魔導書のタイトルを書いて渡したが、店長は首をかしげて、見つけたら連絡をくれると約束してくれた。

サラはとりあえず、用意された本を確認すると、ハンナとエリオットも同じように確認をした。


「なあ、サラ」

「何? エリオット」

「この本は全てサラの部屋にあった物だよな」

「ええ、そうよ」

「見事に恋愛小説ばかりだな」

「ママ、恋愛小説大好きだもんね」

「仕方がないじゃない、好きなんだから」


 エリオットとハンナはサラをからかうように言った。

 サラはそれに対して反論しながらも、ホッとする。ハンナの言葉から先ほどの誘拐事件の影響が薄まったように見えたからだ。

 そうしてサラは約束通り代金を支払い、本自体は後日屋敷に送ってもらうことにした。


~*~*~


「どこに行ったんだ、魔導書は」


 屋敷に戻ったエリオットは頭を抱えた。唯一の可能性だった。本が見つかっても、それにこの病の対処方法か記載されているかどうかは分からない。しかし、他に手がない以上、それに頼らざるを得ない状況だ。


「結局、本は見つからなかったの?」

「まあ、な」


 病気を装っているままのアリスが話しかける。

 アリスの病気が治ってから、三人ともアリスの部屋で食事をしている。それは本捜索のため三人が他の部屋にいるため、淋しいアリスが、せめて食事時の時だけでもと、サラにお願いしたのだった。

 テーブルの準備をしながら、アリスと話をしていると、ハンナが部屋に入って来た。


「パパ、準備は出来た? 今日はポトフだからキッチンからお鍋を持って来て」


 そう言うとハンナは布を巻いた四角い鍋敷きをテーブルのど真ん中に置いた。

 エリオットは慌ててキッチンに行くと、人参やジャガイモ、キャベツなどの野菜の甘さと、塩漬け肉から溶け出た塩味が混ざり合った美味しそうな匂いが漂っていた。

 それを作ったサラは、エリオットの姿を確認してある鍋を指さした。


「エリオット、そこにあるお鍋を持って行ってちょうだい。熱いから気を付けてね」

「ああ、分かった」


 熱々のスープが並々と入っている鍋である。ハンナだけでなく、サラでも持って行くのは難しいだろう。そして、バスケットには焼きたてのパンが積まれていた。それはいつもサラたちが食べている、ちゃんと発酵されている柔らかなパンだった。

 エリオットが鍋を持つと、ハンナがバスケットを片手に持って、ドアを開けてくれた。


「パパ、早く。お腹がすいちゃったよ」

「分かった、分かった。慌てるとスープがこぼれるから、急かすな」


 エリオットは慎重に鍋を持ち、ハンナの後ろに続いた。

 四角い鍋敷きの上にお鍋を置くと、アリスもベッドから起き出してきた。サラが食器をもってやって来ると、鍋からポトフを取りわけ、食事を始める。

 食べながら、エリオットはこれからのことを口にした。


「サラの部屋と書斎にはなかった。外部に売られた形跡もない。なあ、サラ、あの村に持って行ったと言うことはないか?」

「ないよ」

「なんで、ハンナが答えるんだ?」

「だって、あの家にある本は全部読んだもの」

「え! 本当か?」

「本当よ、エリオット。ハンナちゃん、どんどん文字を覚えて、次々と本を読んでとうとう全部読んだのよ」

「そうか、さすがハンナ。すごいぞ」

「すごいでしょう! でも先生が良かったから、すぐに覚えられたよ。先生が良かったからね。パパなんて、文字なんてひとつも教えてくれなかったんだから」


 ハンナはぷんぷんと怒ったふりをして、エリオットを責める。

 しかしエリオットは慌てることなく、冷静に反論する。


「何を言っているんだ、ハンナにはまだ早いと思ってたから、教えなかっただけで、俺だって教えるのは上手だぞ。うちは子供の自主性を重んじて、ハンナ自ら文字を覚えたいと言うまで待つ教育方針だ」

「その割にはハンナが料理を覚えたいって言っても、まだ危ないからって教えてくれなかったじゃない」


 ハンナの反撃に言葉を詰まったエリオットは話題をそらした。


「まあ、そんなことより……村に持って行っていないなら、帰らなくてすむな。そうすると、この部屋はどうだ? アリス、サラの部屋からここに持ってきた本はあるか?」


 ジャガイモをほおばっていたアリスは、まさか自分に話を振られるとは思わず、急いで飲み込んだ。

 そんなアリスにハンナが水を渡す。


「はい、お姉ちゃん」

「ありがとう。えーっと、この本に魔導書があるかって話よね。無かったわよ。エリー達が本を探している間、アリス、ヒマだったから部屋の中を探してみたけど、そんな物無かったわよ」

「やはり、そうか。そうなると、どこにあるんだ……」


 エリオットは、ひたすらポトフをかき混ぜていた。

 そんなエリオットを元気づけるようにサラが言った。


「でも、魔導書はこの家のどこかにあることは確かなのよ。明日からは場所を選ばず探してみましょう」

「そうだな……あ! そうだ、サラ。発酵食品を置いている地下室に魔導書はないか?」

「そうね。あそこなら……うん? なんで、ここにも地下室があるのを知っているの?」


 村の地下室は、すでにエリオットも知っているし入ってもいる。しかし、この屋敷に地下室があることは言っていない。それはエリオットが“影”から聞いた話であり、サラたちから聞いた話でないことを思い出した。

 エリオットはごまかすべく、頭をフル回転させた。


「……やっぱり、あるんだな。村の家にあったから、ここにもあるんじゃないかと思っていたんだ」

「なんだ、そうなのね」


 素直に自分の話を信じてくれたサラを見て、エリオットはホッとする。

 しかし、そんなエリオットをアリスは逃がさなかった。


「と言うことは、エリオットはサラにカマをかけたの?」

「いや、カマをかけたと言うよりも……まあ、正直言うと、村の家と間違えただけだ」


 エリオットはアリスに苦しい言い訳をする。何とかこれで納得してくれと祈りながら。

 するとハンナが思わぬ助け舟を出してくれた。


「もう、パパったらドジなんだから」

「ごめん、ごめん」

「でも、エリオットの言うように食事をしたら、地下室を探してみるわね」

「そうだな。俺も一緒に行っていいか?」

「それは良いけど、食事が終わって、片付けをしたらね」

「よし、じゃあ、さっそく食事をしてしまおう」


 そう言って、エリオットは急いで食べ始めた。

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