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第111話 リーゼロッテのお友達

 ローレルは椅子から立ちがあると、サラをその席に座らせた。

 料理を目の前にして、サラは困り果てていた。二人のために作った料理を手に付けることに抵抗がある。そして、二人はサラと食事をすることが目的ではなく、ただサラ自身のことを聞きたがっているのだ。


「ふぅ、分かりました。お話はさせていただきますが、ひとつ条件があります」

「なんだ、言ってみろ。オレのできることなら叶えてやるぞ」


 ローレルは、にこやかな笑顔を浮かべる。

 サラは椅子から立ち上がると、部屋の奥に置いてあった椅子を持って来て座った。


「ローレルは、リーゼと一緒に食事をしてください。これは二人のために作った料理です。ローレルが言ったように食事をしながら話をしましょう。良いですか? 食料は有限、料理がおいしい期間も有限です。さあ、早く召し上がってください」


 料理のことになると王家だろうと一歩も引かないサラの迫力に二人は慌てて食事を始めたのだった。

 温かなあら汁をすすり、油の乗った魚の煮つけを食し、炊き込みご飯を口に運んだ。

 二人とも、気に召したように笑顔を浮かべ、一息ついたころ、ローレルは話を元に戻した。


「結局、サラは何者なのだ? 押し付けられた結婚が嫌で逃げ出した商家の娘と聞いていたのだが、普通、そんな娘は料理などしないだろう」

「商家にしては、所作が洗練されていますよね。それこそ、そのまま社交界にいらっしゃっても何ら遜色がないですわ」


 リーゼロットもローレルの言葉に賛同する。

 サラは以前にローレルに言った出まかせを、うまく取り繕うかと考えた。しかし元々、思い付きで話したのだ。いま取り繕っても、いつかはボロが出るだろう。そう考えたサラは言いたくないことだけを隠して、本当のことを話すことにした。


「ローレル……実はあの時言ったことは、真っ赤な嘘です。私の生家は、オーランドの貴族です。貴族と言っても、両親は商売のことばかり考えている商家に近いものですが……」

「やっぱり、そうだったのですね。……しかし、貴族令嬢にも関わらず、なぜ食事係などを?」


 生粋の姫であるリーゼロッテは不思議そうな表情を浮かべる。

 当然だろう。この家のように貴族は普通、使用人を雇い、家事の一切を任せる。リーゼロッテはただ、今日の気分を言って、料理人に料理を作らせるだけだ。


「私の両親は、使用人に給料を払いたくないと言う理由で、私に妹の子育ても含めて家事の一切を任せたので、基本的なことは何でも出来ます」

「まあ……可哀想に」


 普通の貴族であれば、リーゼロッテと同じ反応を示すだろう。家事などは下々の人間がするものと考えているのだから。

 しかし、サラは違っていた。


「別に苦痛ではなかったです。むしろ楽しかったですよ。今のお二人のように、妹が私の料理を食べて、笑顔を浮かべて美味しいと言ってくれることも。家や服の汚れがきれいになるのも。私は家事をするのが好きなのです。特に料理をするのが……ですから畑で作物を作ったりもしました」

「そうなのですね。ごめんなさい、良く知らずに貴方のことを可哀想だなんて言って」

「いいえ、他の人から見たら、私は可哀想な女に見えるのでしょうね」


 オーランドでも、ジェラール王子と婚約する前は薄幸令嬢と陰口を言われていたのを知っている。美しい妹、白百合アリスの影に隠れた可哀想な姉と。

 だから、リーゼロッテの言葉に今更、傷つきもしなかった。

 そして、じっとサラの話を聞いていたローレルが口を開いた。


「しかし、そんなサラが、なぜあんな場所にいたのだ? オーランドを包み込んだ癒しの光はサラが起こしたものだろう。国を救った光の聖女が何で、オレたちに嘘を付いてまで、この国にやって来たのだ?」


 国を救った。確かにそうなのだろう。未曾有の疫病に見舞われたオーランドはあの時、覚醒した光の聖女の力で救われたのだろう。

 本当に救いたかった愛娘を除いて。

 だから、逃げ出した。

 しかし、そのことを口に出して言えるほど、サラの心は強くなかった。

 サラは下を向いて、絞り出すような声で答えた。


「……すみません、それについては話したくありません」

「……」


 サラの様子にローレルとリーゼロッテは顔を見合わせ、二人は意志を確認し合った後、ローレルが優しい声を出した。


「分かった。詳しいことは聞かないでおこう。過去はどうであれ、サラがリーゼを助けてくれたことに変わりはない。何があってもオレはサラの味方だ」

「ありがとうございます」

「しかし、これからどうするつもりだ? 行くところは無いだろう。ずっとここにいてくれて良いんだぞ。なあ、リーゼ」

「それは良いですわね、お兄様。ねえ、サラ。わたしたちお友達になりましょう」


 ローレルの言葉にナイスアイディアとばかりに、リーゼロッテは笑顔を見せた。

 美しく咲く花のような笑顔を見て、サラはホッとした。

 咳も出なくなっている。肺にあった悪い菌はちゃんと取り除けている。

 光の聖女としての力に目覚めてから、自分の意志でその力を使ったのは初めてだった。そのため、うまくいったかどうか不安だった。

 そんなことを考えていたサラに、リーゼロッテは不安そうに声をかけた。


「サラはわたしと友達になるのは嫌ですか?」

「あ、すみません、ちょっと見惚れていて……こちらこそよろしく、お願いします」

「見惚れて……お兄様に見惚れていたのですね。お兄様はかっこいいですものね」


 リーゼロッテはうっとりとした顔で勘違いする。

 サラは勘違いを解こうと口を開こうとした時、ローレルが先にリーゼロッテを嗜めた。


「リーゼの世迷言は無視して良い。それよりも、先ほど言ったように、これからどうするんだ?」

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