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第110話 リーゼロッテ治療の翌日

「サラ様、そのようなことは私どもメイドにお任せください」

「そうです。サラ様はご自分のお部屋でゆっくりとしてください」


 リーゼロッテの治療の翌日、いつもの通りキッチンで料理をしようとするサラにメイド長のカーラが止めた。

 これまでは、ローレル隊の料理係として、この屋敷でも同様に料理係である。

 それが今朝からカーラをはじめ、メイドたちの態度が急変したのだ。


「え!? でも、私は料理係ですよね。仕事をしないと、生活できませんし」

「いえ、そうはいきません。ローレンス様から、サラ様を貴賓客扱いするよう、きつく言われております。それに、私どももサラ様がリーゼロッテ様の命の恩人と言うことは存じております」


 他言無用と約束したはずなのに……とあきれたのだが、ローレルなりの気遣いなのだろう。まあ、リーゼロッテ様の病気の情報を一切洩らさなかった、この屋敷の人間であれば、秘密は守られるだろうが……

 屋敷の人たちの態度が友好的になったのはありがたいことだ。

 でも……


「すみません。私から料理を取り上げないでください。それに、ローレル様からリーゼロッテ様の食事を頼まれています」

「そうですか……分かりました。ローレンス様からサラ様の自由にしていただくようにも、申し付けられています。それでは、私どもの手助けが必要であれば、言ってください」

「ありがとうございます。ではお湯を沸かしていただけますか?」


 サラは赤い肌を持つ大きな白身魚を三枚におろしながら、指示を飛ばす。

 二枚の半身をご飯と一緒に炊き込み、もう二枚の半身で煮つけを作り始めた。

 そして、魚のあらを捨てようとしたメイドを慌ててサラが止めた。


「それは、捨てないで」

「え!? でも、身は付いていませんよ」

「良いのよ、出汁を取るだけだから」

「ダシですか?」

「そう、簡単に言うとスープの元よ。それをお鍋の中に入れてください」

「はぁ……」


 カーラは納得がいかないようだがサラに逆らう気も無いように、魚のアラを鍋に入れた。

 サラは丁寧に灰汁を取ると、下茹でした大根、人参、里芋を入れて、ひと煮立ちさせた後、火から鍋を降ろして、ベラルギー王国に来てさっそく作っておいた味噌をとく。

 煮つけは火が通り過ぎてパサパサにならないように早めに火から降ろし、余熱で火を通す。

 そうしているうちに炊き込みご飯が炊きあがり、丁寧に骨を取り除くと米と一緒に混ぜた。

 暖かいうちにリーゼロッテの部屋に持って行くと、そこには穏やかな表情のローレルも待っていた。


「お待たせしました。朝はパンでしたので、お昼はお米にしてみました」

「ああ、光の聖女様、自ら配膳なんて……」

「メイドに言っていただければ、良かったものを」


 サラが部屋に入ると、リーゼロッテとローレルが申し訳なさそうにしていた。

 しかし、サラは自分が光の聖女だと言うことを秘密にするようにお願いしたうえ、これまで通りここで働くのだから、配膳など当然のことだと考えている。


「何を言っているのですか。私はただの料理係です。ですので、サラとお呼びください。さあ、お二方とも、冷めないうちに召し上がってください。魚は出来る限り、骨を取っていますが、この魚は骨が固いですから気を付けてください」


 サラがそう言うと、二人は顔を見合わせてほほ笑んだ。

 いつも気難しそうな顔か不満そうな顔しかしていなかったローレルが、リーゼロッテの前だとこんなに柔らかな表情を見せるものだと、サラは感心する。


「では遠慮なく、サラと呼ばせてもらうが……オレたちは小さいころから、この国で魚を食しているのだぞ。心配無用だ」


 確かにベラルギー王国の主食は魚介類だ。それは王家でも変わらないだろう。内陸のオーランド生まれのサラはついつい自分の物差しで話をしてしまっていたことに気が付いた。


「これは失礼しました、ローレル様」

「これからはローレルと呼んでくれ。光の聖女で、リーゼの命の恩人に敬称を付けさせるほど、オレは恥知らずではないつもりだ」

「……そうですか。それでは、これからはそのようにさせていただきます。ちなみにリーゼロット様は、ご加減はいかがでしょうか?」

「よろしければ、わたしのこともリーゼとお呼びください」


 王家の、それも他国の王族に対し、愛称で呼ぶなど恐れ多い気もするが、公式な場でもなく、聞かれるとしても身内だけだろうと、サラは判断した。


「分かりました、リーゼ。その後、体調はいかがでしょうか?」

「はい、おかげさまで、今朝も胸の痛みも咳も無く、さわやかな朝を迎えられましたわ。それに、最近食事が美味しいと思ったら、貴方が作ってくれていたのね。重ね重ね、ありがとうございます」


 そう言って、周りの空気さえふんわりとさせるお辞儀をサラに送った。

 所作ひとつを取っても女性らしい柔らかな雰囲気をまとうリーゼロッテの動きに、思わず見とれていたサラは、王族に頭を下げさせると言う意味に気が付いた。


「いえいえ、とんでもない、先ほども言いました通り、私はただの食事係ですし、それくらいしか取り柄が無い物で……」

「あら? でもお兄様のお仕事の手伝いもしたとお聞きしましたし、それにその立ち振る舞いは……」


 サラの正体をリーゼロッテは詳しく掘り下げようとする。サラとしては、発酵令嬢で光の聖女ということが知られてしまった以上、他に何を聞かれても大きな問題ではなかったのだが、そこにローレルが助け舟を出した。


「リーゼ、せっかくの料理が冷めてしまう。話は食事をしながらでも、良いだろう。そう言えば、サラの分はどうした?」

「私は、あとでいただきますが……」


 メイドにはメイドの食事と言うものがある。それは決して主人とは違う、余った食材やクズ野菜などを使って作るまかない料理だ。これまでのメイドは、まかないは味よりも量を重視していたようだが、サラはここでも手を抜かず、残り物の食材でできる限りおいしい料理を作ってメイドたちの好評を得ていた。

 しかし、ローレルはすでにサラのことをもう、使用係として見ていなかった。


「これからは、オレたちと一緒に食事をしよう。さあ、ここに座れ」


 そう言ってローレルは自分の椅子をサラに譲ろうとする。


「でも、これはローレルさ……ローレルの食事で」

「なに、俺は一食くらい抜いても平気だ。それよりも、食事をしながら、サラの話を聞かせてくれないか?」

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