目次
ブックマーク
応援する
12
コメント
シェア
通報

第109話 リーゼロッテの病気

 ローレルが向かった先は、メイド長から近寄るなと言われた離れの部屋だった。

 その離れのドアの前にローレルが立った時、中から激しくせき込む声が聞こえる。

 それを聞いたローレルはノックも入室の許可も飛ばして、乱暴にドアを開けた。


「リーゼ、大丈夫か?」


 ローレルは、大きなベッドに上半身を起こして激しくせき込む美しい女性に駆け寄った。

 せき込むたびに桜色の長い髪が前後に揺れ、口元を抑えていた白い絹のハンカチーフが赤く染まる。


「ひぃ!」


 悲鳴を上げたのはベラルギー王国の光の聖女マリーナだった。

 血を見て、しり込みしたのだった。素人目に見ても症状は重い。そして、王族の治療を誤れば、光の聖女と言えども処分を受けるだろう。

 マリーナが顔面蒼白になっても仕方がない。

 サラは素早くコップに水を注ぎながら、そんなマリーナに指示を飛ばす。


「聖女様、早くリーゼロッテの病気を治してください!」

「無理!」

「完治まで行かなくても、せめて症状を和らげてあげてください」


 しかし、マリーナは手と頭を横に激しく振る。


「ご、ごめんなさい。わたしは手を光らせることしかできないんです」

「ふざけるな! 貴様、リーゼの命をなんだと思っている!」


 リーゼロッテの背中をさすりながら、ローレルは怒鳴った。

 それを優しくたしなめたのはリーゼロッテだった。


「ゴホン、ゴホン。お兄様、むやみに、ゴホン、怒鳴ってはいけません、ゴホン、ゴホン」

「リーゼロッテ様、喋らないでください。まずは口をすすいでください」


 リーゼロッテが口を漱ぎ終わると、少し落ち着いたようだった。

 それを見たサラは覚悟を決めた。

 助けられるかもしれない人が目の前にいて、自分に助けられる力があるかもしれない。

 自分の正体が発覚するよりも大事なことが目の前にある。あの時の後悔を繰り返したくない。その思いで、サラは力を振るう覚悟を決めた。


「ローレル様、これから起こることは他言無用でお願いします」

「何をするつもりだ?」


 ローレルの疑問に答える前に、サラはリーゼロッテの身体を見た。

 肺に悪い菌が溜まっている。

 これがリーゼロッテに悪さをしていることは、すぐにわかった。

 これならば、自分の力で治せる。

 そう判断したサラは、躊躇なく光の聖女の力を発揮した。

 体中が光に包まれると、その光はサラの両手に集まる。そして、その光の手がリーゼロッテの肺を鷲掴みにした。

 光の聖女の真の力に目覚めたサラは、リーゼロッテの胸に巣くう大量の菌を一気につかんだ。


「ローレル様、窓を開けてください」

「サラ、お前は……」

「詳しいことは後です。早く、窓を開けてください」

「分かった」


 サラの言葉に気圧されたローレルは、素直に窓を開けた。そこにサラは光の手でつかんだ菌を外に捨てたのだった。

 これでリーゼロッテの症状は和らぐはずだ。

 サラはリーゼロッテに最上級の笑顔を見せた。


「失礼しました、リーゼロッテ様。私はサラと申します。お加減はいかがでしょうか?」

「え! ええ、先ほどに比べると胸が苦しくないわ」


 あ然とした顔も美しいリーゼロッテは、自分の胸に手を当てて答えた。

 唯一状況を把握しているサラは、ローレルに向かって優しく言った。


「明日から、リーゼロッテ様には消化によく、体力の付くものを食していただきます。その時に経過を見させていただきますがよろしいですか?」

「あ、ああ、お願いする。いや、それよりも先ほどの力は何だ? サラ、お前が光の聖女だったのか!?」


 いつも冷徹なほど冷静なローレルも、驚きを隠しきれない様子だった。

 サラは仮面の笑顔を付けて、答える。


「他言無用とお願いしましたよね」

「ああ、分かった。ただ、ひとつ教えてくれ。リーゼは大丈夫なのか?」

「まだ、経過観察は必要ですが、おそらく最悪な状況は抜けたと思います」

「そうか……」


 ローレルはホッとした顔をすると、軍人らしくビシッと姿勢を正すと深々と頭を下げた。


「ありがとう。聖女様」

「だから、その聖女様は止めてください。私は私のできることをしただけです。ですからお礼は不要です。それよりも……」


 サラは腰を抜かして座り込んでいるマリーナを見た。

 突然、話の中心になりそうな気配を察したマリーナは慌てた。


「え!? わたし……ですか?」

「そうだな、お前は自身を光の聖女と偽ったな。その罪にはそれなりの報いを受けてもらわなければならない」


 先ほどまでサラに向けていた敬愛の瞳は、罪人を見る冷徹な瞳へと切り替わった。

 リーゼロッテが医者から見放された直後から探し求めていた光の聖女。それを偽る者が目の前で座り込んでいる。

 その偽聖女を切り捨ててもおかしくない、表情と声だった。

 ローレルの腰に剣を携えていなかったのが、マリーナの命を消えていない唯一の理由だった。

 しかし、怯えるマリーナをかばうようにサラは言った。


「マリーナ様、ここで見聞きしたことは秘密にできますか? リーゼロッテ様がご病気だったことも、私がやったことも」


 マリーナは声を出すこともできずに、サラの言葉を肯定するように、必死で頭を縦に振るだけだった。

 サラはその姿を確認すると、ローレルに向き直った。


「ローレル様、マリーナ様は光の聖女として光を生み出すことができます」

「ああ、しかし、それだけだ。病気を治す力などないと自ら白状した」

「いいえ、マリーナ様は全ての病気を治すことは出来ないと言いました。それを了承のうえで、ローレル様はリーゼロッテ様に面会させましたよね」


 サラの言葉にローレルは自身の記憶を思い出す。

 確かにマリーナは条件付きだと言った。


「……ああ、確かにそう言っていたな」

「そして、リーゼロッテ様の症状を見てすぐに、自分の力では無理だと判断されました。この判断を誰が責められるでしょうか。リーゼロッテ様のご病気は、幸いにも私の力で対処できる病気でしたが、病気の種類によっては私の力では対処が出来なかったかもしれません。どんなに力を持っていようと、人にはできることは限られているのです」

「……」


 サラの言葉にローレルは考え込んだ。サラの言い分に筋は通っている。マリーナを見る限り、本人も十分に反省をしているようだった。

 光を発する。

 光の聖女と言うには伝承と違いすぎるが、それだけでも十分な異能だ。

 感情に任せて処罰してしまうのは間違っているだろう。

 ローレルは、冷静さを取り戻していた。


「分かった。サラの言う通り、お前を罪に問うのは間違っていた」

「……ありがとうございます」

「ただし、むやみにその力で人心を惑わせることの無いよう、今後は気を付けろ」

「分かりました」

「そして、お前を擁護してくれたサラに……本物の光の聖女様に感謝することだ」

「それはもう、十分、心得ております」


 こうして偽光の聖女たるマリーナは無事に屋敷から解放されたのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?