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第108話 ベラルギー王国の光の聖女

 そんな二人の買い物から数日すぎたころから、光の聖女と思われる人が屋敷に招かれるようになった。

 そのほとんどがただのシスターだった。

心優しいシスターは周りから聖女と持ち上げられて、ローレル隊のセンサーに引っかかったようだ。だから、良く分からないままローレルの召喚に応じて屋敷までやって来た。

サラはローレルの面会の側で、ジッと相手を見ているだけだった。

 ローレルから『貴方は光の聖女か?』の問いに、ほとんどの人間は否定をして終わるだけだった。

 中には自分は光の聖女だと言う人も、その力を見せるように要求すると、口を閉じてしまうのだった。

 そんな中、力が使えると言う光の聖女が現れたのだった。


「はい、わたしが光の聖女です。必要であればこの力を殿下のために使いますわ」


 マリーナと名乗った深い紫色の長い髪の妖艶な女性は、静かににっこりと笑いながらその手をぼんやりと光らせた。

 それを見て、自分が勘違いをしていたのではないかと、サラは思った。


 サラ自身、発酵の力は生まれついて持っていた力ではない。魔導書を読んで手に入れたのだ。つまり、同じように魔導書から力を手に入れた聖女が、他にいてもおかしくない。

 サラは驚きと納得とともに、焦りを覚えた。

 光の聖女が見つかったと言うことはローレルにとって、サラは何の利用価値もないただの料理好きな女になる。

 できれば、しばらくここで働いて、お金を溜めて、それから……

 それからなんて、将来の考えなんてなかった。

 ただ、逃げて来ただけ。

 オーランド王国の時のように追放されたわけではない。ただ、逃げて来ただけ。

 感情に任せて、逃げ出しただけだった。

 ローレルに出会わなければ、野犬や狼に殺されていたかもしれない。飢え死にしていたかもしれない。そんなことすら考えていなかった。

 ただ、ハンナの死から逃げ出しただけだった。

 だから、ここを追い出されたら、その時はその時考えよう。

 どこか酒場でも住み込みで働かせてもらうしかないだろう。

 そんなことをぼんやりと考えていたサラは、ローレルの言葉に気が付かなかった。


「おい、サラ。この方はお前が知っている光の聖女か?」


 サラに耳打ちするローレル。その言葉は期待に満ちて、少し高揚しているようだった。

 その言葉にサラは我に返り、ローレルに返す。


「すみません、ローレンス様。彼女は私が知っている聖女ではありませんが、先ほどの力から別の光の聖女かもしれません」

「そうか……わかった」


 サラの言葉を聞いて、ローレルはマリーナの方を向いた。


「貴方を光の聖女様と見込んでお願いがある」

「何なりとお申し付けください、殿下」


 マリーナは恭しく、ローレルに頭を下げた。


「我が妹、リーゼロッテの病気を治して欲しい」

「リーゼロッテ様の……病気を……ですか?」


 マリーナは予想していなかったローレルの依頼に、言葉を詰まらせた。

 それはローレルの隣で聞いていたサラも同じだった。

 この屋敷にいるはずのリーゼロッテの姿を見ない理由。そしてそのことをローレルが、頑なに言わなかった理由が分かった。

 王族の病気を、ただの使用人であるサラになど言うはずがなかった。もしも王族であるリーゼロッテの病気が噂として民衆に伝われば、不安が広がる。

 そして、光の聖女の力を頼ると言うことは、すでに医者に見放されているのだろう。

 ローレルは、妹であるリーゼロッテの病気を治して欲しいと言った。それを個人的な願いだとローレルは言った。王族であるローレルは頭など下げずに、ただ命令をすればいいはずなのに、そうしないのはローレルなりの光の聖女に対する敬意と、公私の区別をつけたかったのだろう。

 ローレルは公平にして高貴な心を持っているからなのか、自分自身の価値を低く見ているのか、サラには判断がつかなかった。しかし、そんなローレルの姿を好意的に感じる。

 そんなローレルに、マリーナが応える。


「わ、分かりました。リーゼロッテ様の病気を治して差し上げます」

「本当か! ありがとう」

「ただし、聖女の力は万能ではありません。死者を蘇らせることができないと同じように、その者の寿命にかかわるようなものにはわたしの力は通じません」


 マリーナは聖女の力ではどうしようもないことがあると、釘を刺しているのだった。

 その言い分はサラにもよくわかる。

 サラの力はあくまで菌を操る力であり、骨折や切り傷のような物理的な物には効果が無い。オーランド王国に起こった流行り病は菌によるものであったから、サラの力が通じたのだと、サラ自身が自己分析をしている。

 マリーナの言葉を聞いて、ローレルは頷いた。


「分かりました。今はあなたに頼るしか手が無いのです。光の聖女の力でも治らないと言うのならば運命と思い、諦めるしかない」


 そう言って、ローレルは強く唇をかんだ。

 そんなローレルの姿を見て、どんな思いで敵国であるオーランドに潜入したのか、サラは分かった気がした。

 愛する人を助けられるなら、どんな手を使っても助けたい。

 誰もが考えるだろう。サラ自身もハンナを助けたかった。

 そして、助ける力がある光の聖女に対して、王族という力を使って無理やりに拉致させて、強引に言うことを聞かせることもできただろう。

 しかし、それをしないローレル。

 それはローレル自身の信念なのだろう。

 そんなローレルの気持ちがわかるサラは、自然と口に出た。


「ローレル様、私も一緒に行きます。何か手伝えることがあるかもしれません」


 決して、好奇心で言っているのではないことを、その口調から感じ取ったローレルは、了承した。


「聖女様、必要な物があれば、このサラに言ってくれ。それでは、さっそくリーゼロッテの元に案内しよう」


 こうして、ローレルと光の聖女の後について、リーゼロッテの部屋へ向かったのだった。

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