そんな二人の買い物から数日すぎたころから、光の聖女と思われる人が屋敷に招かれるようになった。
そのほとんどがただのシスターだった。
心優しいシスターは周りから聖女と持ち上げられて、ローレル隊のセンサーに引っかかったようだ。だから、良く分からないままローレルの召喚に応じて屋敷までやって来た。
サラはローレルの面会の側で、ジッと相手を見ているだけだった。
ローレルから『貴方は光の聖女か?』の問いに、ほとんどの人間は否定をして終わるだけだった。
中には自分は光の聖女だと言う人も、その力を見せるように要求すると、口を閉じてしまうのだった。
そんな中、力が使えると言う光の聖女が現れたのだった。
「はい、わたしが光の聖女です。必要であればこの力を殿下のために使いますわ」
マリーナと名乗った深い紫色の長い髪の妖艶な女性は、静かににっこりと笑いながらその手をぼんやりと光らせた。
それを見て、自分が勘違いをしていたのではないかと、サラは思った。
サラ自身、発酵の力は生まれついて持っていた力ではない。魔導書を読んで手に入れたのだ。つまり、同じように魔導書から力を手に入れた聖女が、他にいてもおかしくない。
サラは驚きと納得とともに、焦りを覚えた。
光の聖女が見つかったと言うことはローレルにとって、サラは何の利用価値もないただの料理好きな女になる。
できれば、しばらくここで働いて、お金を溜めて、それから……
それからなんて、将来の考えなんてなかった。
ただ、逃げて来ただけ。
オーランド王国の時のように追放されたわけではない。ただ、逃げて来ただけ。
感情に任せて、逃げ出しただけだった。
ローレルに出会わなければ、野犬や狼に殺されていたかもしれない。飢え死にしていたかもしれない。そんなことすら考えていなかった。
ただ、ハンナの死から逃げ出しただけだった。
だから、ここを追い出されたら、その時はその時考えよう。
どこか酒場でも住み込みで働かせてもらうしかないだろう。
そんなことをぼんやりと考えていたサラは、ローレルの言葉に気が付かなかった。
「おい、サラ。この方はお前が知っている光の聖女か?」
サラに耳打ちするローレル。その言葉は期待に満ちて、少し高揚しているようだった。
その言葉にサラは我に返り、ローレルに返す。
「すみません、ローレンス様。彼女は私が知っている聖女ではありませんが、先ほどの力から別の光の聖女かもしれません」
「そうか……わかった」
サラの言葉を聞いて、ローレルはマリーナの方を向いた。
「貴方を光の聖女様と見込んでお願いがある」
「何なりとお申し付けください、殿下」
マリーナは恭しく、ローレルに頭を下げた。
「我が妹、リーゼロッテの病気を治して欲しい」
「リーゼロッテ様の……病気を……ですか?」
マリーナは予想していなかったローレルの依頼に、言葉を詰まらせた。
それはローレルの隣で聞いていたサラも同じだった。
この屋敷にいるはずのリーゼロッテの姿を見ない理由。そしてそのことをローレルが、頑なに言わなかった理由が分かった。
王族の病気を、ただの使用人であるサラになど言うはずがなかった。もしも王族であるリーゼロッテの病気が噂として民衆に伝われば、不安が広がる。
そして、光の聖女の力を頼ると言うことは、すでに医者に見放されているのだろう。
ローレルは、妹であるリーゼロッテの病気を治して欲しいと言った。それを個人的な願いだとローレルは言った。王族であるローレルは頭など下げずに、ただ命令をすればいいはずなのに、そうしないのはローレルなりの光の聖女に対する敬意と、公私の区別をつけたかったのだろう。
ローレルは公平にして高貴な心を持っているからなのか、自分自身の価値を低く見ているのか、サラには判断がつかなかった。しかし、そんなローレルの姿を好意的に感じる。
そんなローレルに、マリーナが応える。
「わ、分かりました。リーゼロッテ様の病気を治して差し上げます」
「本当か! ありがとう」
「ただし、聖女の力は万能ではありません。死者を蘇らせることができないと同じように、その者の寿命にかかわるようなものにはわたしの力は通じません」
マリーナは聖女の力ではどうしようもないことがあると、釘を刺しているのだった。
その言い分はサラにもよくわかる。
サラの力はあくまで菌を操る力であり、骨折や切り傷のような物理的な物には効果が無い。オーランド王国に起こった流行り病は菌によるものであったから、サラの力が通じたのだと、サラ自身が自己分析をしている。
マリーナの言葉を聞いて、ローレルは頷いた。
「分かりました。今はあなたに頼るしか手が無いのです。光の聖女の力でも治らないと言うのならば運命と思い、諦めるしかない」
そう言って、ローレルは強く唇をかんだ。
そんなローレルの姿を見て、どんな思いで敵国であるオーランドに潜入したのか、サラは分かった気がした。
愛する人を助けられるなら、どんな手を使っても助けたい。
誰もが考えるだろう。サラ自身もハンナを助けたかった。
そして、助ける力がある光の聖女に対して、王族という力を使って無理やりに拉致させて、強引に言うことを聞かせることもできただろう。
しかし、それをしないローレル。
それはローレル自身の信念なのだろう。
そんなローレルの気持ちがわかるサラは、自然と口に出た。
「ローレル様、私も一緒に行きます。何か手伝えることがあるかもしれません」
決して、好奇心で言っているのではないことを、その口調から感じ取ったローレルは、了承した。
「聖女様、必要な物があれば、このサラに言ってくれ。それでは、さっそくリーゼロッテの元に案内しよう」
こうして、ローレルと光の聖女の後について、リーゼロッテの部屋へ向かったのだった。