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第113話 リーゼロッテのお菓子作り

「おい、これはいつまで混ぜるんだ?」


 ローレルはボールに入った卵白を必死に混ぜていた。

 リーゼロッテの病気が全快し、体力が付いたころ、約束していたお菓子作りを始めたのだった。

 初めて料理をするリーゼロッテを心配して、ローレルもキッチンに来たのが運の尽きだった。力仕事を押し付けられたのだ。


「角が立つくらい混ぜてください」

「つのって、どういう意味ですの?」

「これですよ」


 料理初心者のリーゼロッテの問いに、サラは両手の人差し指をこめかみの所で立てておどけて見せた。

 それを見て、リーゼロッテは必死でメレンゲを作っているローレルを見て笑った。


「ふふふ、今のお兄様みたいですね」

「そうね、鬼の形相になっているわよ、ローレル」

「仕方が無いだろう。しかし、これ本当に泡立つのか?」

「時間はかかるけど、しっかり混ぜれば泡立つから、頑張ってください」


 そう言いながら、同じような会話をエリオットとしたことを思い出した。

 あれはアップルパイに添えるメレンゲを作っている時だった。あの時も、ローレルと同じようにエリオットは文句を言っていた。そしてハンナとも林檎の話をしながら、甘いアップルパイを食べたのだった。

 懐かしい。

 かけがえの無い、三人の楽しい思い出。

(エリオットは元気にしているかしら、ちゃんと食事をしているかしら……そう言えば、エーリオ王子だったわね。王宮付きの料理人の食事を食べているわよね。私なんかが心配することじゃなかったわね)

 サラがローレルにエリオットを重ねていると、リーゼロッテが不思議そうに声をかけた。


「サラ?」

「ああ、ごめんなさい。ちょっとボーっとしていたわね。どうかしたの?」

「大丈夫ならいいのですが……ところで、これから何のお菓子を作るのですか?」

「ビスキュイよ。ふわふわの焼き菓子の」

「あら、ビスキュイってこうやって作るのですね。わたしもビスキュイは好きですわ」


 リーゼロッテは優しい金色の瞳を大きく見開いて、ワクワクしていた。

 素直なリーゼロッテの反応に、サラも自然と笑みが浮かぶ。


「リーゼも好きで良かった。でも、今回は、ただのビスキュイじゃないわよ」

「え! ビスキュイを作るのだけでも初めてなのに、特別なビスキュイを作るなんてわたしにできるかしら?」

「大丈夫よ。料理はしっかりと分量と手順を守れば、大失敗しないから」

「おい、そこのお喋りカナリヤ共、これで良いのか?」


 サラたちが仲良く話をしていると、ローレルが文句を言う。

 しっかり角を立ったメレンゲを受け取ったサラは、今度は冷えた瓶をローレルに渡した。

 受け取った瓶を見ながらローレルが首をかしげる。


「これはなんだ?」

「振ってください」

「振る?」

「そうです。こう、上下に振ってください」

「こうか?」

「そうです、流石ローレル。上手です」


 言われるままに瓶を上下に振るローレルを横目にサラはリーゼロッテに向き合う。


「それではこれに溶いた卵黄と小麦粉を加えて、優しく混ぜてください。乱暴にするとローレルの努力が無になりますからね」

「そ、そうなのですか」


 緊張するリーゼロッテ。

 そのリーゼロッテを助ける声が、シャカシャカ音に混ざって聞こえて来た。


「失敗など恐れるな。卵白などいくらでも混ぜてやるから、好きにやれ」


 ローレルは瓶を上下に振りながら、愛する妹の背中を押す。

 しかし、リーゼロッテの心配するようなことにはならず、丸く並べた生地を薪オーブンに入れた。


「うまく焼けると良いですが……」

「やることは終わったから、あとは焼き加減を見るだけよ。さて、ローレル、出来たかしら」


 サラはシャカシャカしていたローレルに声をかける。

 ローレルはサラに言われて困った。


「出来たか? と聞かれても、オレは何を作っているんだ?」

「ちょっと見せて……あ、出来てる、出来てる」

「おい」


 喜ぶサラにローレルは不満そうに声をかける。


「何を作っているのかと、オレは聞いているのだが?」

「ああ、これね。バターよ、バター」

「バター? バターってなんだ?」

「バターは牛乳の美味しさを濃縮した脂よ。パンに塗っても良いし、料理に使っても良いわ。今回はこれに砂糖と塩、牛乳を煮詰めたものを混ぜてクリームにするのよ。さあ、リーゼ、クリームを作りましょう」


 こうして作ったクリームを、サラは焼きあがった後、よく冷ましたビスキュイで挟んだ。

 塩気の効いた甘いクリームを、サクッとふわふわな一口サイズの丸いビスキュイで挟んだお菓子は、甘いものが苦手だと言うローレルも気に入ったようだった。


「甘いだけの物はあまり好きじゃないが、これは塩気が効いて良いな。コーヒーにも合う」

「ええ、ローレルは甘すぎるのが苦手そうだから、わざとクリームに塩気を入れてみたのだけど、お気に召したようで良かったわ」


 サラは、お菓子を食べ慣れているリーゼロッテよりも、ローレルに合わせた味付けにしてみたのだが、それが成功したようだった。

 そして、その味付けはリーゼロッテにも好評のようだった。


「本当ですわ。これを食べると、ビスキュイだけだと物足りなくなりますわね」


 リーゼロッテも口を押えながら驚いている。

 サラは楽しそうな二人を見て、ホッとした。

 初めて作ったお菓子で失敗すると、料理自体を嫌になってしまうかもしれない。そんな不安を吹き飛ばすようにリーゼロッテはビスキュイのクリームサンドを気に入ったようだった。そして、気に入りすぎて、ある提案をサラに持ち掛けた。


「ねえ、サラ。わたし、このお菓子とても気に入りましたわ。お茶会に出して広めたいと思うの。良いかしら?」

「ええ、良いですよ」

「良かったわ。それで、このお菓子の名前はなんていうの?」

「名前ですか?」


 サラはイノシシ料理を作った時、そのネーミングセンスをエリオットに笑われたことを思い出した。あの時はハンナが助けてくれたが、今はそのハンナはいない。

 だから、どんな名前を付けても笑われてしまう気がした。


「名前は特にありません」

「あら、そうなの。じゃあ、わたしが付けてもいいかしら? 紹介するときに名前が無いと不便だから」


 サラの過去も思いも知らないリーゼロッテは、素直にこのお菓子をみんなに紹介したい気持ちでそう言った。

 それに対して、サラは反対する理由はなかった。

 サラにとって、料理はみんなをお腹いっぱいで笑顔にするものであって、名前などどうでも良いのだから。

 リーゼロッテはそのすらりとした両腕を組み、少し考えた後に名前を発表した。


「ブッセなんてどうかしら」

「おい、ちょっと、それはどうなんだ?」


 リーゼロッテの案にストップをかけたのは、ローレルだった。

 それもそのはず、その名前はこの街の名前。ベラルギー王国の王都の名前だった。


「あら、いいじゃない。お兄様。このお菓子は、きっとこの国を代表するお菓子になるわ」

「しかしなぁ……」

「リーゼの一生のお願い。光の聖女のサラとわたしが初めて作ったお菓子よ。この街の名前を付けるくらいいいでしょう。本当はベラルギーってつけたいくらいだもの」


 リーゼロッテはその花の香りがしそうな甘い笑顔で、ローレルにおねだりする。

 こうなってはローレルに断ると言う選択肢はなかった。


「分かった。しかし父上や兄たちに文句を言われたら、変更するんだぞ」

「分かったわ」


 おねだり上手な妹に負けて、ローレルもこのお菓子の名前をブッセとつけることに賛同してしまった。

 王都ブッセの名前を冠したお菓子は今後、お茶会や社交界で披露されると言うことはサラにも容易に想像がついた。

 そのため、サラはリーゼロッテにあるお願いをする。


「リーゼ、皆さんに食べていただいた時、もっとこういう風な方が良いとか感想があれば、教えてくださいね」


 サラは料理好きの身としては美味しい物を食べて欲しい。そのためには感想を取り入れて、改良していきたいと言う気持ちが強い。そして王都の名前を冠するのでれば、最高の物に仕上げねばという使命感もある。

 そんな、サラの願いをリーゼロッテはあっさり断った。


「いやよ」

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