リーゼロッテの言葉にサラは驚きを隠せなかった。
しかし、冷静に考えると、友人になろうと言ってくれたリーゼロッテだが、その身分は一国の姫である。サラからお願いするなどと恐れ多いことだった。
サラは慌てて頭を下げた。
「これは失礼しました。姫様にお願いをするなどと……」
「いやね、姫様なんて……わたしたちお友達じゃない」
リーゼロッテは屈託のない笑顔を浮かべている。
その表情になぜ断られたのか、サラは分からなかった。
「じゃあ、なぜですか?」
「だって、感想はサラが直接聞けば良いじゃない」
「へ!?」
リーゼロッテの言葉の意味をサラは理解できなかった。
リーゼロッテが参加するお茶会であれば、相手は有力貴族だろう。そんな場にサラが参加できるはずはなかった。
しかし、よく考えるとお茶会に参加しなくても、感想を聞く方法はあった。
「あ! 分かりました。リーゼ付きのメイドとして横についていれば、感想を聞けますよね」
「もーう、何を言っているの!?」
リーゼロッテはその牡丹の花びらのような頬を膨らまして文句を言う。
「どうしてわたしの友人のサラが、メイドとして参加するのよ。サラも、ちゃんと参加するの」
リーゼロッテにそう言われて、サラは断ることが出来ようか。
まあ、少人数のお茶会であれば、アリスの時と同じようにリーゼロッテの影に隠れていれば、目立つことは無いだろう。
サラはオーランド王国から逃げだした身である。
目立つことを避けたい。
そうでなくてもサラは目立ちたい性格ではない。
それなのに、なぜこうなったのか、サラにはさっぱり理解が出来なかった。
サラはリーゼロッテのために大量にブッセを作っていた。量が多いため、ローレル屋敷のメイドにも手伝ってもらっていた。一度作って見せて、説明すれば、メイドたちでも作れるようになった。これであれば間に合うと、ほっとした時、サラはメイド長カーラから呼び出しを受けた。
「どうしたのですか? まだお菓子作りが残っているのですが……?」
「お菓子作りは他のメイドたちに任せて大丈夫です。それよりも、服を脱いでください」
「へ!?」
「仕方がないですね。みなさん、やってしまいなさい」
カーラの言っている言葉の意味が分からず、サラはあ然としていた。
そんなサラに業を煮やしたカーラは、指パッチンをして他のメイドたちを呼んだ。
サラは多数のメイドにメイド服を無理やり脱がされたのだった。
~*~*~
「お茶会はどこ行ったの?」
「お茶会って言いましたっけ? さあ、行きますわよ」
そこはベラルギー王宮内の広いダンスホールだった。
オーランド王国のダンスホールと遜色ない豪華な装飾を施したフロアに、色とりどりの果実と主に新鮮な魚介類料理が並んでいた。そして、数々の料理の一番目立つところに山積みのブッセが置かれていた。
舞踏会の最初から参加していれば、壁の花かスタッフのように空気になっていることもできた。しかし、舞踏会のメインゲストが現れるタイミング。つまり、リーゼロッテと一緒に登場しては隠れようが無かった。
舞踏会の参加者がリーゼロッテの姿を見て、盛大な拍手が起こり、その隣にいるサラを見てざわつきとともに戸惑いの空気が会場を覆いつくした。
「みなさま、お久しぶりです。リーゼロッテ・ベラルギーです。このたびはわたくし主催の舞踏会へようこそ」
リーゼロッテの挨拶に会場のざわめきは歓喜の拍手に置き換わった。
その様子を満足そうに見たリーゼロッテは続ける。
「皆さん、わたくしの隣にいる方に興味津々のようですわね。さっそく本日はスペシャルゲストをご紹介しますわ。そちらにある、この都市の名前を冠したブッセを考案しましたサラさんです」
「サラでございます。みなさま、お見知りおきいただければ幸いです」
そう言って、カーラたちに着替えさせられた最新の美しいドレスの裾を上げて、足をクロスし、頭を下げた。
とりあえず、挨拶だけ終わらせれば、最低限の義理は果たしたことになる。あとはタイミングを見て、会場を抜け出せばいいだけだ。
そう思っていたサラの耳に驚くべき言葉が飛び込んで来た。
「サラさんは、光の聖女であり、ローレンス兄様の婚約者でもあります」
「えー!!」
会場の驚き以上にサラの驚きの声が大きかった。
慌てたサラはリーゼロッテにささやいた。
「どういうこと!? 私が聖女って言うことは秘密って言ったわよね」
「あら、言っていましたっけ?」
リーゼロッテは澄ました顔で答える。
そして抗議しようとするサラをリーゼロッテは制した。
「そもそも、ブッセの名前を使うのに、ただの料理人が作ったお菓子では皆さん納得しませんわ。それこそ光の聖女が作ったと言うネームバリューでもないと……」
確かにそう言われれば、そうなのかもしれないが、あらかじめ言ってほしかった。
いや、サラが了承しないと言うことはリーゼロッテにも分かっていたのだろう。
美しい乙女の外見をしていても、リーゼロッテも王家の人間だと、サラはつくづく思い知った。
そうは言っても、リーゼロッテの説明に嘘も含まれている。
「それに私がローレルの婚約者ってどういうこと!? 初耳なんだけど」
「あら、お兄様のことがお嫌い?」
「嫌いじゃないけど……」
「じゃあ、いいじゃないですか。お兄様は妻となる人がいるくらいが、ちょうどいいんですよ。そうでないと、戦場に出た時、是が非でも帰って来ようと考えませんから」
「そうかもしれないけど、大体、ローレルの気持ちはどうなの?」
「お兄様の気持ちなんて、既成事実ができてしまえばどうとでもなりますわ」
ローレルのことを知り尽くしているリーゼロッテは、自信満々に言い放ったその時、抗議の声が上がった。
「おい、誰が誰の婚約者だ!」