サラは慣れスシや削りカツオの作り方を職人たちに教え、試作し、大量生産の準備を進めて忙しい日々を過ごしていた。
そんなある日、サラの耳にニュースが飛び込んできた。
オーランド王国から光の聖女の返還を求めて使者がやって来る。
ベラルギーの国王はサラが自由意志でこの国にやって来ているため、返還を拒否すると約束してくれていた。
どうやら、書面で返還要求が来たときには約束通り拒否をしたが、オーランド側からベラルギーが光の聖女を監禁しているのではないか。光の聖女の意志を直接確認し、ベラルギー側の主張通りであれば、素直に聖女の意志を尊重すると言ってきたのだ。
そして、その確認すら拒否をする場合、それ相応の処置を行うと宣言していた。それはつまり、武力行使も辞さないと脅しをかけてきたのだった。
サラとしてはむやみな争いを避けたい思いから、使者と面会することを了承したのだった。
「本当にいいのか? サラ」
ローレルは心配そうにサラを気遣う。
ローレンスにとってサラは、愛しい妹の恩人で友人と言うだけでなく、またこの国の救世主になるという以上に大切な存在になっていた。
だからサラのことはリーゼロッテの次に優先する。そう心に決めているローレルにとって、オーランド王国の使者との面談は不安しかなかった。
それに対してサラは冷静だった。
「おそらく、使者はユリアン大公です。あの方は私を知っていますし、エリオ……エーリオ第一王子とも懇意にされている方です。ユリアン大公であれば、私の気持ちを分かってくれると思いますよ」
「……そうか。ではなぜ、サラはあの国を逃げ出したのだ? 話し合いで済むのであれば、あんなところに一人でいることは無かっただろう。初めて会った時のサラは、幽霊か何かと思ったぞ」
ローレルは初めてサラと出会った時のことを思い出した。
リーゼロッテの病気を治すべく、光の聖女を探して、敵地オーランド王国に潜入したローレル隊。
地方では全く情報が得られず、危険を冒して王都に侵入しなければならないと覚悟をしていた時、光の聖女を知っているという女が現れた。
タイミングが良すぎる。
初めは警戒していたが、不思議なことに、いつの間にかその言葉を信じてみようという気になった。
まさかその女性が光の聖女本人だとは誰も思わないだろう。
着の身着のまま、荷物もなく、一晩中歩き、疲れ果てた様子のサラ。
それがリーゼロッテの病気を治すことのできる光の聖女。
その上、ベラルギー王国の重大な問題であった食糧問題の解決に尽力してくれている。
ローレルはあの出会いを運命の神ライモイのおかげだと考え、感謝をささげている。
そして、そんなサラを守ると心に決めた。
「面談には、オレも同行するからな」
「ありがとう、ローレル。あの時は私の話を聞いてくれないだろうと逃げ出したけど、この国でなら彼らだって無理は言わないはずだわ。万が一の時はローレルにお願いするかもしれないけれど、そんなことにはならないようにしたいわね」
「任せておけ、最悪の場合は使者を追い返せばいいだけだ」
ローレルは胸を張って答える。まるで番犬が、ご主人のために頑張ると宣言しているようだった。
サラはそんなローレルを微笑ましく思いながらも釘を刺す。
「だめよ、オーランドとは事を荒らげては……あなたたちにとって敵国とはいえ、むやみな争いは止めてね」
「……そういうのはフィリップ兄に任せおけばいい。オレはオレの正義のために戦うのみだ」
そんなことを話しながら、サラはローレルの仕事を手伝っていると、ノックもなく部屋の扉が開けられた。
ローレル邸でそんなことをするのは一人だけだった。
「ねえ、ねえ、聞いた? オーランドの白百合が来るんですって!?」
興奮気味のリーゼロッテが部屋に飛び込んで来た。
その一報にサラは驚いた。
自分を連れ戻すために一介の貴族令嬢であるアリスが使者としてやってくるなど、通常はあり得ない。ファーメン家の当主であるサラの父親でさえ、使節団に入ることは出来ないだろうと思っていたくらいだった。
エリオットの指示だろう。
しかし、たった一人の人間を呼び戻すために使節団を出すのも大げさだと思っているのに、その中に女性であるアリスが入っていること自体、今回の使者団の異常性をサラは感じた。
「どうしたんだ、サラ。何か考え込んでいるようだが……」
「いいえ、何でもないわ。まさかアリスちゃんがやって来るなんて思っていなかったから、驚いているの」
「そう言えば、オーランドの白百合はサラの妹だったな。サラに似て美人なんだろうな」
「ええ、アリスちゃんは私に似ず、美人よ。美人ってだけじゃなく、運動もできるし、聡明よ。二人もすぐに仲良くなれると思うわ」
「じゃあ、やっぱりサラに似ているんだな」
そう言うローレルを押しのけて、リーゼロッテが会話に割り込んで来た。
「ねえ、サラ。白百合ってアリスって言うの? せっかくだから、女子だけでお茶会をしない? サラだって、妹とゆっくり話がしたいでしょう」
「リーゼ、それは難しいだろう。今回の訪問はあくまで使節団としてやって来る。サラの妹がその交渉役だというのならば、王はそのような場を許さないだろう」
「え!? どうして?」
「王は、いや、王だけじゃない。オレたちはサラにオーランドに帰って欲しくない。そうだろう、リーゼ」
ローレルの言葉に何、当たり前のようなことを聞かれているのかのような顔で、リーゼロッテは頷く。
「そうだろう。おそらく白百合が使節団に加わったと言うことは、姉妹の情に訴えてサラを連れ戻すつもりだ。情に厚いサラのことだ、妹にお願いされて断れないだろう」
「そ、そうかもね」
リーゼロッテはローレルの言葉に納得する。
しかし、サラ自身、そんなにアリスの言うことを聞くように見られているのかと少し心外だった。実際には全く断れない事実に気づいていないのだが。
ローレルの言葉に、リーゼロッテは不安そうにサラの手を取った。
「ねえ、サラ。オーランドに帰らないわよね。ずっと、ここにいてくれるわよね」
きらっきらの大きな金色の瞳でお願いされたサラは思わず頷いた。
「よかった~、約束よ! サラ」