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第119話 サラの本命

 ローレルの言葉にサラは恐る恐る取り出した。

 パッと見た感じは、流木だった。

 ソレを受け取ったローレルは、その堅さに驚いた。


「おい、俺は食べる物を頼んだはずだが?」

「そう思うわよね。でも、これは食べ物よ」

「こんな物、食ったら歯が欠けるぞ」


 そう言って、ローレルはソレの硬さを確認するようにテーブルを叩くと、乾いた音が部屋に響いた。

 その音にリーゼロッテも驚きを隠せなかった。しかし、少し考えて自信満々に言った。


「何を言っているのよ、お兄様。これを水で戻して柔らかくして食べるんですよ」

「うーん、残念。これは削って食べるのよ」

「削って?」

「そう、これで削るのよ」


 そう言ってサラは木を削るカンナを取り出した。


「おい、やっぱり流木じゃないか」

「これはちゃんと魚で作っているんだからね」


 そう言いながらカンナの上でソレを削ると、カンナくずのような薄いものが出来ていく。

 すると燻製した木のような香りの中に確かな魚の匂いが感じられた。

 その香りにローレルはその正体が気になって仕方が無かった。


「確かに、魚みたいだが、これは何だ?」

「これはね、カツオよ。カツオを煮た後、乾燥させたものよ。このままだと硬すぎて食べられないから削るのよ。さあ、どうぞ」


 サラは山になったカツオ節を二人の前に差し出した。

 それを二人はひとつつまんで口に入れると、足りないとばかりにいくつも口に含んだ。

 その姿を見てサラは満足そうに微笑んだ。


「満足していただけたようね」

「これならみんなが納得する美味しさですわ。まるでうま味の塊のような……」


 リーゼロッテは美味さのあまり、頬を抑えていた。


「それは当然よ。カツオのうま味をぎゅっと閉じ込めた物ですもの。これは食べる直前に削るのよ。削る前なら一年は持つわよ」

「慣れスシとこのカツオがあれば、食糧問題も解決しますわね」

「いや、それはどうかな」


 喜ぶリーゼロッテに対し、ローレルは考え込んでいた。


「どういうことですか? お兄様」

「確かにこれは美味い。日持ちもするだろう」

「だったら、問題ないじゃないですか」

「いや、問題は食べ方だ。削って食べるのは良いが、これでは腹が膨れないだろう」


 軍人であるローレルの食事は、基本的に質より量である。

 こんなペラペラな物を、いくら食べても腹が膨れない。

 これであれば先ほどの慣れスシの方がマシだ。


「そう、それが問題なのよ。でも、この削りカツオはそのまま食べるだけじゃないのよ。これを飲んでちょうだい」


 サラはお椀に入った味噌汁を二つずつテーブルに置いた。

 ローレルやリーゼロッテにとって、味噌も味噌汁も珍しいものではなかった。

 具の無い味噌汁が二つ。

 見た目では何も変わりが見られない。

 二人は干物の件もあり、サラの意図を理解しようと慎重に飲み比べた。

 しかし、一口飲んで味の差は歴然だった。

 ローレルはサラに訊ねる。


「なんで、こんなに味が違うんだ? 味噌が違うのか?」

「これはね、一方は出汁が入っていないのと、もう一方は削りカツオで出汁を取った物よ。いつもは魚の骨から出汁を取っているけど、今回はあえて出汁なしと削りカツオにしてみたの」

「それでこんなに違うのか……しかしだ、わざわざ保存食にしたのに捨てる魚の骨の代わりにするのはもったいないんじゃないか?」

「よく考えて、ローレル。魚の骨があるってことは、魚が捕れているのよ。漁に出られない冬場や不漁の時でも、これがあれば美味しい味噌汁が作れるのよ」

「それにしても贅沢じゃないか?」

「大丈夫。出汁を取った後の削りカツオは炒めて、ご飯のおかずにできるのよ。だから二回お得なの」


 そう言って、ご飯の上に乗せられた削りカツオと、削りカツオで出汁を取った味噌汁を食べる二人。

 試食でそれなりに食べているはずなのに、二人は完食したのだった。


「これなら、良いかもしれないな。軍でも持ち運びが可能だろう」

「そう! このカツオなら慣れスシほど輸送時に気を使わなくていいのよ。だから、このカツオをオーランド王国に輸出しない?」

「……なぜ、そうなる。これは我が国の食料事情を改善するための物ではなかったのか?」


 久しぶりにローレルの目が警戒するようにすっと細くなる。

 しかし、ローレルはちゃんと話をすれば聞いてくれる人間だと理解しているサラは、物おじせず言葉を続ける。


「内陸国であるオーランド王国に魚介類はなかなか入らないわ。それはこの国と敵対していると言うこともあるけれど、魚が輸送日数に耐えられないというのが大きな問題よね。だから、このカツオをオーランドに輸出して、そのかわりオーランドで豊富に取れる穀物を輸入するのよ。そうすれば武力による略奪なんてしなくて済むわよ」


 確かにローレルたちがいるベラルギー王国は穀物が不足している。オーランド王国から安定して輸入できれば非常に助かる。対してベラルギー王国からオーランドへ輸出する物が塩くらいしか無いため困っている。確かに塩は重要な輸出品ではあるが、オーランド王国にも塩湖があり、そこで塩を作っている。

 このカツオが、ベラルギーとオーランドの輸出格差を埋めてくれるのであれば、これほど助かることは無い。

 しかし、問題があった。


「確かに、これはオーランドでも欲しがるだろう。生産体制については国を挙げて作るにして、誰に売る? オーランドの王族と直接交渉するのか? オレたちとオーランドは敵国だ。販売ルートが無い」


 良いものがあってもそれを販売する方法が無ければ、その商品には何の価値もない。

 両親を見ていたサラにもそのことは分かっていた。

 オーランドの王族。

 エリオットにこの話をすれば力になってくれるかもしれない。

 しかし、愛娘であるハンナを助けられなかったサラの言葉を、エリオットが聞いてくれるとは思えなかった。

 そして、ハンナの死の原因を作ったファーメン家には死んでも頼りたくなかった。


「そうね。素人考えでごめんなさい。輸出のことは忘れてちょうだい……さあ、これで全部よ。少しはこの国の役に立てそうかしら?」

「ああ、ありがとう、サラ。しかし、こんなに用意して大変だっただろう」


 ローレルは自分との約束を守るために準備した数々の料理を目の前にして、再度、サラの料理にかける情熱に驚きを隠せなかった。

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