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第118話 ローレルとの約束

 ベラルギー王国に光の聖女が現れたと発表されてから一週間後、サラはローレンスとリーゼロットを食堂に呼び出した。

 ローレルは真剣な顔でサラに聞いた。


「出来たのか?」

「出来たわ」

「おめでとうございます。サラ、それでどっちですの?」


 サラの言葉にリーゼロッテが花咲く笑顔をたたえ、目を輝かせていた。

 そのリーゼロッテの言葉にサラとローレルは顔を見合わせた。


「ねえ、リーゼ。どっちってどういうこと?」

「もーう、サラったら、男の子か女の子かってことよ。婚約しないとか言っていたけど、やっぱりわたしの見る目に間違いが無かったわ」

「……リーゼ。ドヤ顔しているところ悪いんだけど、赤ちゃんは出来てないわよ」

「え! じゃあ、さっきのお兄様との意味深なやり取りは何だったの?」


 リーゼロッテは花がしぼむように落胆していた。

 そんな表情を見るとまるで自分が悪いのではないかと、錯覚を覚える。それを振り払い、サラは説明を始めた。


「ローレルと約束していた保存食が出来たのよ。この国の弱みを無くすための一歩よ」

「ということは、今から試食会ですね。それで、お昼前に集合なのですね」


 すっかりサラの食事のとりこになっているリーゼロッテは、喜びの声を上げる。


「いくつか用意したから、感想を聞かせてね」


 そう言ってサラはまず魚の干物を二つ出した。


「なんだ、干物ではないか。これなら、今までもあったぞ」

「まあ、ちょっと二つを食べ比べてみて、まずこっちから」


 ローレルとリーゼロッテは、サラに言われるままにまず一つめを食べる。

 そして首をかしげる。


「普通の干物だな」

「ええ、普通の干物です。これだと一週間くらいしか持たないわよね。そこで、こちらを食べてみてちょうだい」


 ローレルとリーゼロッテは、再度一口食べる。


「うわ! これはしょっぱい上に堅い。食べられたもんじゃないな。こんなものを保存食だと言うんじゃないだろうな」

「そうなのよ。長持ちさせようとすると、塩に漬けて水分を抜くのだけど、それだと味を犠牲にするのよね。そこで、考えたのが、これよ」


 そう言ってサラが別の焼き魚を出した。

 さっきのしょっぱい干物を食べた二人は躊躇する。

 切り身の魚に付いた調味料が香ばしい香りを放っていた。

 その香りに釣られるように二人は口に運ぶ。


「美味しい……魚の身に香ばしさと甘さがちょうどいいわ。いつもの塩だけとは大違いだわ」

「ああ、確かに、これは美味いな。これはなんだ?」

「これは魚の味噌漬けよ。魚の切り身を軽く干して、味噌床に漬けたものよ。これだと、普通の干物より日持ちするし、美味しいわよ」

「それで、これを秋に作れば一冬越せるのか?」

「無理よ。氷室に入れて置けば一ヶ月くらいは持つけど、それじゃあ足りないわよね。だから、これを用意したのよ。これなら半年から一年は持つわよ」


 サラはあっさりと無理と答えると、次の手として木樽を取り出し、蓋を開けた。

 すると酸っぱい匂いが三人の鼻を突く。


「おい。これは腐っているんじゃないか?」

「いいえ、いい感じに発酵しているわ。さあ、食べてみて」


 サラが木樽から取り出したのは、米と塩で魚を発酵させた『なれずし』だった。

 独特な風味と酸味のある発酵した魚。

 そもそも、お酢という物に慣れていないローレルたちは、どうしても酸っぱいというのは腐っていると認識してしまう。

 しり込みするローレルを尻目にリーゼロッテは口に入れた。


「酸っぱい! それに独特な味ですわね」

「大丈夫なのか?」

「あら、お兄様。サラが作った物を信用できないのかしら?」


 リーゼロッテはそう言って、もう一口食べるのを見て、ローレルも意を決して食べてみた。

 口をすぼめてその酸っぱさに耐える。


「これは、なかなか……」

「あら、お兄様はだめかしら? 初めはびっくりしましたけど、慣れれば大丈夫ですわよ」

「ちなみに、これは何という料理なんだ?」


 味についてこれ以上言われないために、ローレルは話題を変えた。


「これはスシよ」

「慣れたら食えるスシだな」

「あら、じゃあ慣れスシって名前にしましょうよ。そうすれば、初めて食べる人にも分かりやすいんじゃない?」


 リーゼロッテは三つ目を口に運びながら、そう提案する。

 安直なネーミングにサラはほほ笑む。


「ふふふ、そうね。名前が注意書きになっているのね。そうなのよ。保存性は上がるけど、味に問題があるのよ。だから、これをスープにしてみたわ」


 少し白濁したスープに大根や人参それに葉物が入っていた。野菜となれずしのスープである。

 先ほどの慣れスシ本体よりも食べやすいと判断したローレルも、今度は素直に口にする。


「どうかしら?」

「これなら食べやすいな」


 ローレルはそう言って、スープを全て平らげた。

 サラはホッとした。


「そうでしょう。それに野菜も一緒に煮込むことで野菜の甘みもでて、栄養も摂れるわよ」

「ではこれをたくさん作りましょう!」

「……」

「どうかしたの? サラ」


 黙るサラに首をかしげるリーゼロッテ。

 魚の長期保存について慣れスシでクリアしたはずなのに、浮かない顔をするサラにリーゼロッテが聞いた。


「実はもう一品あるのよ。実は、これが保存性も味も使い勝手も良い物なのよ」


 サラは遠慮がちに言った。

 なぜ、そんな風に遠慮しているのか分からないローレルは、サラを急かす。


「そんな良い物があるんだったら、さっさと出したらどうだ」

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