ベラルギー王国に光の聖女が現れたと発表されてから一週間後、サラはローレンスとリーゼロットを食堂に呼び出した。
ローレルは真剣な顔でサラに聞いた。
「出来たのか?」
「出来たわ」
「おめでとうございます。サラ、それでどっちですの?」
サラの言葉にリーゼロッテが花咲く笑顔をたたえ、目を輝かせていた。
そのリーゼロッテの言葉にサラとローレルは顔を見合わせた。
「ねえ、リーゼ。どっちってどういうこと?」
「もーう、サラったら、男の子か女の子かってことよ。婚約しないとか言っていたけど、やっぱりわたしの見る目に間違いが無かったわ」
「……リーゼ。ドヤ顔しているところ悪いんだけど、赤ちゃんは出来てないわよ」
「え! じゃあ、さっきのお兄様との意味深なやり取りは何だったの?」
リーゼロッテは花がしぼむように落胆していた。
そんな表情を見るとまるで自分が悪いのではないかと、錯覚を覚える。それを振り払い、サラは説明を始めた。
「ローレルと約束していた保存食が出来たのよ。この国の弱みを無くすための一歩よ」
「ということは、今から試食会ですね。それで、お昼前に集合なのですね」
すっかりサラの食事のとりこになっているリーゼロッテは、喜びの声を上げる。
「いくつか用意したから、感想を聞かせてね」
そう言ってサラはまず魚の干物を二つ出した。
「なんだ、干物ではないか。これなら、今までもあったぞ」
「まあ、ちょっと二つを食べ比べてみて、まずこっちから」
ローレルとリーゼロッテは、サラに言われるままにまず一つめを食べる。
そして首をかしげる。
「普通の干物だな」
「ええ、普通の干物です。これだと一週間くらいしか持たないわよね。そこで、こちらを食べてみてちょうだい」
ローレルとリーゼロッテは、再度一口食べる。
「うわ! これはしょっぱい上に堅い。食べられたもんじゃないな。こんなものを保存食だと言うんじゃないだろうな」
「そうなのよ。長持ちさせようとすると、塩に漬けて水分を抜くのだけど、それだと味を犠牲にするのよね。そこで、考えたのが、これよ」
そう言ってサラが別の焼き魚を出した。
さっきのしょっぱい干物を食べた二人は躊躇する。
切り身の魚に付いた調味料が香ばしい香りを放っていた。
その香りに釣られるように二人は口に運ぶ。
「美味しい……魚の身に香ばしさと甘さがちょうどいいわ。いつもの塩だけとは大違いだわ」
「ああ、確かに、これは美味いな。これはなんだ?」
「これは魚の味噌漬けよ。魚の切り身を軽く干して、味噌床に漬けたものよ。これだと、普通の干物より日持ちするし、美味しいわよ」
「それで、これを秋に作れば一冬越せるのか?」
「無理よ。氷室に入れて置けば一ヶ月くらいは持つけど、それじゃあ足りないわよね。だから、これを用意したのよ。これなら半年から一年は持つわよ」
サラはあっさりと無理と答えると、次の手として木樽を取り出し、蓋を開けた。
すると酸っぱい匂いが三人の鼻を突く。
「おい。これは腐っているんじゃないか?」
「いいえ、いい感じに発酵しているわ。さあ、食べてみて」
サラが木樽から取り出したのは、米と塩で魚を発酵させた『なれずし』だった。
独特な風味と酸味のある発酵した魚。
そもそも、お酢という物に慣れていないローレルたちは、どうしても酸っぱいというのは腐っていると認識してしまう。
しり込みするローレルを尻目にリーゼロッテは口に入れた。
「酸っぱい! それに独特な味ですわね」
「大丈夫なのか?」
「あら、お兄様。サラが作った物を信用できないのかしら?」
リーゼロッテはそう言って、もう一口食べるのを見て、ローレルも意を決して食べてみた。
口をすぼめてその酸っぱさに耐える。
「これは、なかなか……」
「あら、お兄様はだめかしら? 初めはびっくりしましたけど、慣れれば大丈夫ですわよ」
「ちなみに、これは何という料理なんだ?」
味についてこれ以上言われないために、ローレルは話題を変えた。
「これはスシよ」
「慣れたら食えるスシだな」
「あら、じゃあ慣れスシって名前にしましょうよ。そうすれば、初めて食べる人にも分かりやすいんじゃない?」
リーゼロッテは三つ目を口に運びながら、そう提案する。
安直なネーミングにサラはほほ笑む。
「ふふふ、そうね。名前が注意書きになっているのね。そうなのよ。保存性は上がるけど、味に問題があるのよ。だから、これをスープにしてみたわ」
少し白濁したスープに大根や人参それに葉物が入っていた。野菜となれずしのスープである。
先ほどの慣れスシ本体よりも食べやすいと判断したローレルも、今度は素直に口にする。
「どうかしら?」
「これなら食べやすいな」
ローレルはそう言って、スープを全て平らげた。
サラはホッとした。
「そうでしょう。それに野菜も一緒に煮込むことで野菜の甘みもでて、栄養も摂れるわよ」
「ではこれをたくさん作りましょう!」
「……」
「どうかしたの? サラ」
黙るサラに首をかしげるリーゼロッテ。
魚の長期保存について慣れスシでクリアしたはずなのに、浮かない顔をするサラにリーゼロッテが聞いた。
「実はもう一品あるのよ。実は、これが保存性も味も使い勝手も良い物なのよ」
サラは遠慮がちに言った。
なぜ、そんな風に遠慮しているのか分からないローレルは、サラを急かす。
「そんな良い物があるんだったら、さっさと出したらどうだ」