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第126話 サラとリーゼの変装

 ユリアンたちオーランド王国が望んでいた『ベラルギー王国がオーランド王国に侵入し、光の聖女を強制連行した』という証言を得られることは無く、話は平行線になった。

 ベラルギー側はあくまで、ベラルギー王国内で発見した『光の聖女の情報を持つ女性を保護したら、光の聖女そのものだった』という主張を曲げなかった。

 オーランド側も、ローレルたちがオーランドに侵入していた証拠をつかめていなかったため、ベラルギー側の矛盾や失言を突くしかなかったのだが、そのような隙を見せてはくれなかった。


「なかなか上手くは行きませんでしたね」


 部屋に戻ったアリスは、交渉を行っていたユリアンに飲み物を用意していた。

 ソファーに深々と座るユリアンは、仕方がないと言った表情だった。


「そんな簡単に、尻尾を出してくれるとは思っていませんでしたから、大丈夫ですよ。しかし、サラ嬢がどういった経緯でオーランドから出国したのですかね。自分の意志なのか、誰かに無理やり連れてこられたのか……」

「そうですね。サラと二人きりで話が出来ればいいのですが……」

「正規ルートでは無理でしょうね。ベラルギー側はそれを一番警戒しているでしょうから」

「じゃあ、やっぱりエリーに任せるしかないのね。大丈夫かしら?」


 アリスは不安そうな顔でユリアンに飲み物を渡す。


「まあ、あいつの運に任せるしかないでしょう」

「運なのですか? 愛の力じゃなくて?」

「アリスはなかなかロマンチストですね。もっと現実主義者リアリストかと思っていましたが」


 ユリアンは意外そうな顔を見せた。

 サラが光の聖女の力に覚醒してから、ユリアンはエリオットとアリスと三人でこれからのことを話し合っていた。その時、アリスはファーメン家の家督を継ぐことや、サラやエリオットの今後のこと、ジェラール王子への対策など非常に的確な考えを示していた。そのため、ユリアンはアリスのことを、現実を分析でき、的確に将来のビジョンを示せる女性だと評価していた。

 そんな評価を下しているユリアンに、飲み物で喉を潤したアリスは言う。


「そうですね。愛の力とか、運命のイタズラなんて物語の中の物だと思っていましたわ。ユリアンの言葉を聞くまでは」

「まあ、僕も驚きましたけどね」


 二人はそう言ってほほ笑み合った。


~*~*~


「サ~ラ~、今日は街に行きましょう!」


 朝からサラの部屋に突撃して来たのは、リーゼロッテだった。

 使節団との会見に呼ばれていないサラは、慣れスシとカツオ工場に行くつもりだった。


「え!? 私、今日は工場に行こうと思っていたのだけど」


 いつもの青いワンピースに着替えていたサラは、一国の王女の誘いをあっさりと断った。

 しかし、リーゼロッテはそんなサラの言葉を気にすることなく言葉を続けた。


「工場は今度でも良いでしょう。今日はわたしと一緒に行きましょうよ」

「……どこに行くつもり?」

「良い所。サラは絶対気に入ると思うわ」


 リーゼロッテは意味深な感じで笑う。

 これは引き下がらないと感じたサラは、条件を出した。


「どこに行くの? それ次第では行っても良いわよ」

「えー! 本当は、行ってから驚かせようと思ったのに……まあ、良いわ。カキを食べに行きましょう。とれたての新鮮なカキを」


 リーゼロッテに言われてサラは、もうそんな季節かと思い出した。

 カキはサラも好きだ。

 ジュクジュクになる直前まで完熟させたカキの甘みは何とも言えない。ただ、カラスを筆頭に鳥たちも狙っている。冬が近いこの時期にとれたてのカキを食べられると言うことは、よほど管理が行き届いたカキの木なのだろう。

 干しカキならば、この時期から干し始めるから食べごろは冬のさなかだ。干しカキは干しカキで、凝縮した甘みが美味しい。

 つまり、この時期のカキが新鮮でおいしい最後の時期のはずだ。

 本来、リーゼロッテの立場ならば、ここに持ってさせることもできる。しかし、自ら行かなければならないほど身が柔らかいのだろう。

 サラはカキの甘みが口の中を広がった気がした。


「そういうことなら、わかったわ。一緒に行きましょう。

「本当に! やった! じゃあ、さっそく」

「ちょっと待って!」


 そのままの勢いで屋敷を出て行きそうなリーゼロッテを引き留めた。

 一国の王女。

それもベラルギーの牡丹と言われるリーゼロッテが街に出ては騒ぎになる。まずはローレルに相談して、護衛団を付けてもらって、今日行くところの下見もしてもらわなければならないだろう。

 そんなことを考えているサラの心を読んだリーゼロッテは、抗議の声を上げる。


「もしかして、わたしがこのまま街に行くと思っている?」


 その言葉を聞いて、さすがは王女だとサラがホッとする。

 事前に準備をすませてくれているのだろう。そうであればますます断るわけにはいかない。そうサラが考えていると、リーゼロッテは思わぬことを言った。


「当然、変装してから街に出るわよ。以前にこのまま街に出て、お兄様たちにすごく怒られたから。サラも変装するわよ。さあ」


 そう言ってリーゼロッテはサラの手を取り、強引に自分の部屋に連れて行った。

 ベラルギー王国風の綺麗な平民服に着替えさせられたサラは、頭に艶やかな赤く長いウィッグをかぶせられた。その上、化粧をして、目立つようにホクロまで描かれたのだ。

 リーゼロッテもおそろいの平民服に、その桜色の長い髪を黒いウィッグの中に押し込んだ。顔にはソバカスを描き、その愛らしいたれ目をアイシャドウで吊り目に見えるように細工した。

 そのおかげで二人とも、パッと見た感じ牡丹と称される王女と光の聖女には見えない仕上がりとなった。


「ちなみに、街ではわたしのことはピオニーって呼んでちょうだい」


 ピオニー、それは牡丹の別名で、リーゼロッテが牡丹と呼ばれるようになってから、ベラルギーでは多くなった名前らしい。

 しかし、それではあまりにもストレートすぎる名前だ。


「ねえ、リーゼ。もう少し、こう……ひねりというものがあった方が良いのでは?」

「あら、大丈夫よ。わたし、何度もこの名前で街に出ているけど、誰も気が付かないわ」


 あまりにも安直すぎる故、逆に気が付かれないのだろうか。

 リーゼロッテがそう言うのなら、とサラは諦めた。


「それで、サラのことはリリーって呼ぶからね」


 白百合を意味するリリーと呼ばれて、オーランドに残してきた妹を思い出したのだった。

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