ベラルギー王国とオーランド王国間でサラの不在の中、話し合いが始まった。
昨夜とは別の重厚な雰囲気の部屋でフィリップ第一王子と外務大臣が座っており、テーブルを挟んでユリアンとアリスがいた。
今回は結論を出すのではなく、サラについて両国間ですり合わせを行うことが目的だった。
まずはユリアンがお礼を述べた。
「昨夜は素敵な晩餐会を開いていただきありがとうございました。また、我が国の光の聖女にして、こちらのアリス・ファーメンの実姉であるサラ・ファーメンを保護いただきありがとうございます」
「姉の無事が確認でき、ワタクシもこれまでの不安が消えました」
ユリアンとアリスは深々と頭を下げた。
それに対し、フィリップは抑揚の少ない低い声で応えた。
「我が国の王族を救った聖女の妹君自らこのようなところまで来られたのです。あの程度ではこちらとしては物足りないくらいでした」
フィリップはアリスのことを聖女の妹と強調した。それはアリスのことをサラの妹だと初めは信じていなかったと暗に言っているようだった。
しかしユリアンはそんなフィリップの言葉をあえて無視をした。
「ところで、我が国の王都で眠っていた光の聖女が、貴国に来た経緯をお聞かせ願えますか?」
「眠っていた?」
「ええ、聖女は我が王都に巣くう疫病を、その力で払った代償で眠ってしまわれたのです。そしてある朝、眠っているはずの聖女がいなくなったのです」
ベラルギー側はサラが光の聖女の力に芽生え、その力を使った反動で眠りについたことなど知る由もなかった。
しかし、ユリアンが言わんとすることは伝わった。
「それは我々がオーランド国内から、光の聖女を誘拐したと言われるのですか?」
フィリップはジトっとした目でユリアンを見た。
その視線を、ユリアンは笑顔で流す。
「そんなことを言っておりません。現に聖女が一人で王都を出たことは門番の証言で分かっております。問題はその後です。聖女がオーランド国内にいるのならば、我々は何も言うことは無いのです。それは聖女の自由意志。我々に止める権利はありません。しかし、なぜか貴国に現れました。どういった経緯なのでしょうか?」
ユリアンは『単純に不思議なんですよね』という顔をしながら、ベラルギー王国がどのように誘拐したのかと問いかけている。
その問いかけに応えたのは外務大臣だった。
「聖女を保護したのは、国境付近の山の中と聞いております。その時は、何者かに追われている様子でしたので、国境付近を警備中だった部隊が保護した次第です」
「国境付近の山ですか……つまり、あの高い山々を、聖女とはいえ何の準備もしていない女性が一人で越えたということですかね?」
国境とは言葉のままに国の境である。そこは簡単に越えられるものではない。
大河であったり、高い山脈であったりする。
そして、国境を越えられやすい所には検問所や壁が存在する。
つまり、外務大臣の言うことに無理があるのではないかと、ユリアンは指摘しているのだった。
「ええ、我々も聖女が山を越えたとは思っておりません。何らかの手段で検問所を通り、ベラルギーに入国したものの、土地勘が無く、山に迷い込んでしまったのではないでしょうか?」
「では、聖女は一人で検問所を越えたと……女性が一人で検問所を通れるほど、貴国の入国審査は甘いものなのでしょうか?」
当然ながらユリアンは、サラがどこかの商隊と共に国境を超えたことを確認していた。
ベラルギー王国に光の聖女が現れたと情報を得たあと、オーランド側の検問所で聞き取り調査をした。そこで、小麦の産地モンドレー出身の衛兵がサラのことを覚えていたのは、モンドレー産の小麦をえらく褒めてくれたことが、よほど印象に残っていたかららしい。
オーランドとベラルギーを行き来できる商隊であれば、最低でも近くの村まで行くはずだ。それなのに山の中にいたと言うことは、サラは村に行く途中で逃げ出したのだろうか? しかし衛兵の話では、サラが無理やり連れて行かれているような様子ではなかったとも証言している。
そのため、その商隊がベラルギー王国の第三王子の部隊、ローレル隊だとまではユリアンたちも掴んでいなかった。
どこまでがベラルギー王国の策略で、どこまでがサラの意志なのか、ユリアンたちは測りかねていた。
そんなユリアンに外務大臣は答える。
「女性一人で検問所を通ることは難しいでしょう。よほどの紹介状が無い限り」
「ええ、私もそう思います。では聖女は紹介状を持っていたのでしょうか? 持っていたならば、それは貴国が発行した物ですよね」
検問所は出国よりも、入国の方が厳しい。
サラが一人で国境越えをしたのならば、ベラルギー側が手引きをしたのだろうと、ユリアンは押してみた。
「残念ながら、我が国から光の聖女に対し、検問所を通過しやすいように便宜を図ったことはございません」
外務大臣はきっぱりと言い切った。
ローレル隊に対して、入国しやすいように命令を出していたが、サラに対しては何もしていない。外務大臣は嘘をついていなかった。
そして、それは光の聖女の入国にベラルギー王国は関与していない。あくまでサラが自らの意志でベラルギーに来たと主張しているように、ユリアンたちに聞こえた。
「では、外務大臣はどのようにして、聖女がこの国へ入国したとお考えで?」
ユリアンは外務大臣の心を読もうとするように、その目をじっと見つめた。
それに対抗するように外務大臣もじっとユリアンを見返すと、静かに口を開いた。
「分かりません。我々が光の聖女を保護したのは、ベラルギーに入ってからでしたから」
ベラルギー側はあくまで、ベラルギー国内でサラを保護したという主張を一切曲げない。
そして、外務大臣は決定的な真実を口にした。
「そもそも我々は、彼女が光の聖女だと知らずに保護をしたのですから」
「彼女が光の聖女だと……知らなかった……と」
「ええ、彼女を保護した人間に確認しましたが、初めはただの迷子だと思っていたと証言しています。オーランドから来たことは分かったのですが、オーランドには帰りたくないということで、保護していたのですが、ある日、その力を発揮し、初めて彼女が光の聖女だと知ったくらいです」
ユリアンには、外務大臣が嘘を付いているようには見えなかった。
そして、それが真実であるならば、最低でもサラは光の聖女としてベラルギーに誘拐されたわけではないことになる。
「ではなぜ、ただの女性である彼女をあなたたちは保護したのですか?」
「正直に申しますと、光の聖女は保護した人物に光の聖女の情報を持っていると言ったからです。まあ、あとから聞けば、ご本人のことなのだから、情報を持っていて当然だったわけですが」
外務大臣は、あきれ顔でそう言ったのだった。