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第124話 リーゼロッテのプレゼン

 サラはローレルたちと一緒に、ローレル邸に戻っていた。

 本来、貴賓客であるサラは王宮内のしかるべき部屋を用意されるのだが、オーランド使節団が勝手にサラと接触するのを防ぐため、これまで通り王宮から少し離れたローレル邸へ戻された。サラとしても住み慣れたローレル邸の方が気も休まるため、その指示に従ったのだった。


「ねえ、ねえ、あのアリスって子、サラの妹なのよね」

「ええ、そうよ」


 その後にいつものセリフが来るものと、サラは心をガードする。

『サラと全く似てないわね』

 昔からファーメン家の白百合じゃない方、白百合のお世話係などと言われ続けたのだ。今更、大きく傷ついたりしない。

 それでも、心は自然と防御しようとするのをサラは感じた。


「やっぱり、サラに似ているわね。きっとわたし、アリスと仲良くなれるわ。ねえ、お兄様」

「そうだな、タイプは違うが、似ているな。芯の強そうなところとか」

「え!」


 二人の思いがけない言葉にサラは声を詰まらせた。

 予想していなかった。

 アリスが褒められることは嬉しいが、これまでは、比較されるその言葉が自然とサラを蔑むことになっていた。

 だから、二人の言葉は不意打ちだった。


「どうしたの、サラ」

「どこか痛いのか?」

「ううん、大丈夫。なんで、涙が出たんだろうね。二人の言葉が嬉しいのに……」


 サラは、涙をぬぐいながら笑った。

 二人から自然に出た言葉が、サラの心に染み入ったのだ。

 アリスには申し訳ないが、ハンナを失い打ちひしがれるエリオットの顔を見るくらいなら、優しいこの二人がいるベラルギーに居たいとサラは思ったのだった。

 今日の歓迎会が始まったとき、サラは無意識で探していた。

 エリオットの姿を。

 どちらの気持ちかは、サラ自身も分かっていない。

 会いたくないのか、会いたいのか。

 でも、リーゼロッテにかけられたベールの下で、サラはエリオットを探し、ホッとして、がっかりした。

(エリオットが来ていないと言うことは、エリオットも私に会いたくないのだろう)

 そう思うと悲しみが浮き上がる。


「どうしたんだ? やっぱりどこか痛いのか?」


 気持ちが顔に出ていたサラを、ローレルが気遣う。

 サラは慌てて笑顔を作った。


「いいえ、大丈夫。でも、やっぱり少し疲れたみたいなので、今日は早めに休ませてもらうわ」


 そう言って、自分の部屋に戻ろうとしたサラの手を、リーゼロッテが取った。


「……リーゼ?」

「一緒に、お風呂に入りましょう」


 何かを感じ取ったリーゼロッテは、まっすぐにサラを見据えて言った。

 その真剣さに気圧されながら、サラは聞き直した。


「お、お風呂?」

「そう、ほら、行きますわよ。カーラ、ちょっと手伝って」


 そう言ってリーゼロッテは強引にサラをお風呂に連れて行くと、自らの服も脱ぎ始めた。


「ちょっと、リーゼ。どういうことか説明して」


 そう言っている間に、サラの服はメイド長のカーラの手によって脱がされていった。

 ローレル邸にある大浴場。

 そこにあっという間に連れて行かれたサラは、観念したように掛け湯をすると、湯船に浸かった。

 すると、いつの間にかこわばっていた身体がほどけ始めたようだった。


「あー、気持ちいい」

「そうでしょう。不安な気持ちも、お風呂に入ってリセットしましょう」

「ありがとう、リーゼ」


 サラはそう言って、肩までゆっくりとお湯に浸かった。

 ほどよい温度の滑らかなお湯が体を包み込む。その優しい暖かさが体に沁み込んできて、いつの間にか身体が冷えていたことを自覚する。

 慣れない会食、慣れない服から解放されて、やっと自分自身に戻ったように気がする。

 そんなサラの隣にリーゼロッテがピッタリと座った。


「ねえ、サラ。オーランドに戻りたいの?」

「分からないわ」


 戻りたいというよりも、エリオットに会いたい。会いたいけれど、会いたくない。

 だから、サラの答えはひとつだった。


「分からないわ」

「分からないの? でも、オーランドに戻ったら無理やり結婚させられるんでしょう」

「ああ、あれは嘘よ」

「嘘なの?」

「嘘って言うか……光の聖女って、政治の道具に使われそうじゃない。次期王とか……」


 元婚約者でサラが光の聖女だと分かると悔しがっていた、あのジェラール王子の顔をサラが浮かべていた。

 あのまま、オーランドに居たら確実にジェラール王子が何らかのアクションを起こしていただろう。

 そんなことを知らないリーゼロッテがお湯の中に沈むほど頭を下げた。


「ごめんなさい」

「え!? なんでリーゼが謝るの?」

「サラがオーランドの王族との結婚が嫌で逃げて来たのに、私が勝手にローレンス兄様の婚約者って言っちゃって……二人があまりにもお似合いで……お兄様は、あんな性格だから自分で告白なんかしないだろうから、わたしが力になろうと思って……」


 そう言えば……とサラは思い出した。

 そもそも、リーゼロッテがサラを光の聖女と、ローレルの婚約者と紹介してしまったからこんなことになっていたのだった。

 しかし、リーゼロッテは彼女なりに良かれと思ってやったことなのだろう。

 サラはリーゼロッテの艶やかな桜色の頭を撫でた。


「大丈夫よ。どちらにしろ、私があの力を使った時点で、遅かれ早かれ知られてしまうのだから……」

「ありがとう、サラ……ところで、わたしが思うに、ローレンス兄様は、良い物件だと思うの。フィリップ兄様は次期国王だから、色々面倒だし、あの性格でしょう。結婚したら苦労すると思うのよ。アルベルト兄様は、もう、男性としてダメ。すぐに浮気しちゃうと思うの。そう考えると、ローレンス兄様の見た目はちょっと怖いけど、本当は優しいのよ。ぶっきらぼうだけど……それに、お兄様は仕事の関係で、家に居ないことが多いのもプラスポイントよ」


 先ほどまでの反省はどこへやら、リーゼロッテはローレルのプレゼンを始めた。

 確かにローレルはその姿や口調から誤解されるが、困った人間や弱った人をそのままにしておけない優しさがある。それはサラにも分かっている。

 逃げ出し、歩き疲れたサラに水を差しだしてくれたのはローレルだった。

 ローレルは優しい。そこは同意できるのだが……


「リーゼの言うことは分かるけど、ローレルが家に居ないことはマイナスポイントじゃないの?」

「あら? 夫はお金をしっかり家庭に入れて、時々帰って来るくらいがちょうどいいって聞いたわよ」

「そうなの? 私なら毎日帰って来て欲しいわ。ちなみに、それって誰から聞いたの?」

「カーラですわ」


 メイド長のカーラは年からして既婚のはずだ。そのカーラが言うのだから、そう言う一面もあるのかもしれない。

 しかし、家族とは楽しい食卓を毎日囲みたいとサラは思った。

 サラの望みは些細なものだった。

 ただ愛する人たちに、健やかにサラの料理を食べて欲しい。そして、今日あったことを、明日のことを笑いながら話し合うだけ。

 そう、あの村で、三人で過ごした日々のように。


「私は愛する人とは、ずっと一緒に居たいわね」

「まあ、わたしもそうなんだけどね」


 リーゼロッテは大きく伸びをしながら、サラに同意する。


「だったら、サラとローレンス兄様が結婚して、お兄様が国王になっちゃえばいいんじゃない? さすがに国王になれば王都を離れることも無いわよ」

「だから、そんなことになれば、フィリップ様と対立することになるわよ」

「あ、そうか!」

「そもそも、そう言うのが嫌で、逃げ出したって言うのもあるのよ」

「……そうなると、お兄様が貴族を止めて平民になるしかないわね? でも、それは難しいでしょうね」

「そうね……そろそろ上がりましょう。のぼせちゃうわ」


 リーゼロッテと話をして少し心が軽くなったサラはお風呂をあがったのだった。

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