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第129話 リーゼロッテの一目ぼれ

 そこはリーゼロッテとカキを食べた店とは違って、個室になっているレストランだった。

 周りを気にすることなく、ゆったりと食事ができる空間を提供する高級店である。

 そんなレストランの一室に通されたサラとリーゼロッテは、男と相対するように座った。


「俺に好き嫌いはないから、あなたがたのおススメを注文してくれないか」

「わかりましたわ。それではわたしが注文させていただきますね」


 この店を唯一知るリーゼロッテが注文を終えると、サラは男に再度お礼を言う。


「私はリリーと申します。このたびは、このピオニーのバッグを取り返してくださって、ありがとうございます」


 サラのお礼に合わせるようにリーゼロッテも礼を述べる。


「ありがとうございました。あのバッグの中にはお金以外に、大事な物が入っていたので助かりました。ところで、ここは個室ですので、そのフードを取ってもよろしいのでは?」


 この男の顔や表情がわからなくて不安を募らせていたリーゼロッテは、男にフードを取るように勧めた。

 すると男は素直にフードを取った。

 その顔を見たサラは、心臓が止まる思いをした。


 エリオット


 健康的に日に焼けた肌に短い金色の髪。すっと切れ長の赤い瞳。あの村で一緒に過ごした時と変わらない。いや、眉間の皺が少し深くなった気がする。それもそうだろう。愛娘を亡くしたのだから。


 サラは反射的に逃げ出そうとする心を、無理やり押しとどめられた。それは、エリオットがサラのことに、まったく気づいていない様子だからだ。

 サラは名前を変え、ウィッグで髪の色も長さも変え、化粧で顔の雰囲気も変え、ホクロを追加している。リーゼロッテが言うように、この変装のおかげでエリオットはリリーをサラだと気づいていないようだった。

 サラはホッとすると同時に、少しさみしさを覚えた。それと同時に、サラの心臓はバクバクと言っていた。それは、正体がバレるのではないかと不安なのか、久しぶりに会ったエリオットにドキドキしているのか、サラ自身も分からなかった。


「お名前をお聞きしてよろしいですか?」


 息が止まる思いをしているサラの隣で、これまでの態度はどこに行ったのか、声を弾ませたリーゼロッテが声をかけた。

 その瞳を見てサラはギョッとした。

 先ほどまでの警戒の色は消え去り、乙女の目になっていた。

 そのことに気が付かないエリオットは素直に名乗った。


「エリオットと申します」


 やはりエリオットで間違いない。他国の街でもエリオットを名乗っているんだと、サラは感心する。

 そんなサラに気が付かず、リーゼロッテはエリオットに話しかける。


「エリオットさんは、この辺りの人じゃないみたいですが、何をしていたのですか?」

「……人を探しているんだ」

「迷子ですか!?」

「いや、迷子じゃないんだ。そもそも今、ここにいるかどうかも、分からないんだけどな」

「どういうことですか?」

「ブッセに居ることは分かっているのだが、どこにいるのかはわからないんだ。その人は……」


 エリオットは苦しそうに眉間の皺を深めて、そう言った。

 ぎゅっと握りしめたエリオットの手の上に、リーゼロッテはそっと手を置いた。


「大事な人なのですね」

「ああ、とても大切な人だ。俺の大事なものを守ってくれた人だ」


 エリオットの言葉にサラの心に痛みが走る。

 エリオットにとってハンナよりも国の方が大事だと言うのだろうか。

 当たり前かもしれない。エリオットはオーランド王国第一王子にして次期国王なのだ。国王は国を守る義務がある。そのことよりも大事なことは無いのだろう。

 サラは下を向いてぎゅっと唇を噛んだ。


「ではエリオットさんにとって恩人なのですね。あ! そうだ。わたしにもお手伝いをさせていただけませんか?」


 事情を知らないリーゼロッテはその天然の優しさで、とんでもないことを言い始めた。

 しかし、お互い身分を隠している立場。エリオットの正体も、エリオットが探しているのが自分だとも言い出せないサラは、黙ってエリオットが断ることを願うしか出来なかった。


「いや、食事をご馳走になるんだ。これ以上の好意には甘えられない」


 さすが、エリオット。

 サラは心の中で叫んだ。あとは、無事に食事を終えて、別れてしまえばいい。

 そう思っていたサラの耳に、リーゼロッテの善意十割の言葉が届く。


「遠慮は不要ですわ。エリオット様は見ず知らずの私のために、身体を張って助けてくれたのです。食事だけでは返しきれない恩ですわ」


 リーゼロッテは、エリオットの手の上に置きっぱなしの手をそっと握った。

 しかし、エリオットはその手をそっと離して言った。


「ありがとう、その気持ちだけで十分だ」

「そうですの……わたしはこれでも、この街では顔が広い方ですの。ちなみに、その方の特徴を教えていただけますか?」

「……そうだな。もしも、見かけたらエリオットが心配しているから、一度連絡を欲しいと言ってもらえるか?」

「わかりました! それで、その方の特徴は?」

「そうだな。まず、女性にしては背が高い。ちょうど、リリーさんと同じくらいの背格好だ」


(はい、本人ですので、同じ身長です)

 サラは、自分の正体を見破られるのではないかと、ドキドキしながらも心の中でツッコんだ。


「ただ、彼女は黒い髪を動きやすいように短く切っている。吸い込まれるようなエメラルドグリーンの瞳をして、すっと通った鼻すじ、愛らしいさくらんぼのような唇。その笑顔はオーランドの白百合など足元にも及ばないほど可愛らしい。それでいて、時折見せるその芯の強さは尊敬にも値する女性だ」


(ちょっと、褒めすぎ! 私がアリスちゃんより可愛いわけないじゃない。なに? エリオットには私がそう見えているの? いや、ちょっと待って、もしかして、ずっとエリオットは私を探しに来てくれているものだと思っていたけど、実は違う女性を探している?)

 エリオットの言葉に顔を真っ赤にしているのを見られないように、サラは下を向いたままエリオットの言葉に耳を傾けていた。

 そして、エリオットの言葉を聞いたリーゼロッテはその言葉の熱に、ある疑問を投げかけた。


「もしかして、その人はエリオット様の恋人ですか?」

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