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第十六話 知られざる事実とケルミナ襲撃 Ⅲ

「何じゃ、一体何が起きた!?」


 炎帝が叫ぶ、アデルも何が起きたのか理解できていない。だがそれは次第に動き出した、今までの時間の流れよりもかなり遅く周囲が動き出す。そして泣き叫んだ少年がユラリと動き始める。


「なっ!」


 一瞬ゆらりと動いた少年は次の瞬間、尋常でない速度で高速移動した。右手に霊剣をもって瞬時に帝国兵の元との距離を詰める。それを視界にとらえるのが精いっぱいだった二人は後ろを振り返る、ゆっくりと動く周囲の状況に対しレイは高速で霊剣を振るっている。その小さな体からは想像もつかない速度と力で帝国兵士を次々に切り殺し、戦車を一刀両断にする。切り殺された帝国兵士は自分たちが死んでいることも多分理解していないだろう。ほとんど殺されていた村人達は生き残っているものが数名いるが、それもすぐに死体へと変わる。暴走していると言えば聞こえは良いだろうが余りにも無残な方法で次々と無差別に攻撃をしている。しかしここでアデルは疑問を抱いた。出会った頃のレイにここまでの戦闘力はない、一緒にカルナックの下で修業を積んでいる彼だからこそそれを理解している。しかし目の前で起こっている出来事はなんだ。


 破壊できるもの、生きているものを全て切ったレイの体がピタッと止まる。そして時間の動きが元に戻った瞬間破壊された戦車が次々と爆発していく。爆風を纏い村にある家々を吹き飛ばし死んだ者たちを焼いていった。先ほど見た焦土の答えがこれだ。


「この――ガキっ!」


 一人だけ生き残りがいた、帝国兵士だ。帝国兵は爆風で吹き飛ばされた後地面に叩きつけられてなお意識を保っていた。立ち上がりシフトパーソルでレイの顔に狙いをつけて引き金を引いた。


「やめろ!」


 アデルがとっさに鞘から剣を引き抜きレイの正面に立つ、発射された弾丸を剣で弾こうとするがそれはすり抜けてレイの頭部へと着弾した。


「っ!」


 着弾した弾丸は頭蓋骨を破り反対側から抜けていく。大量の血が噴き出しレイはその場に倒れた。死んだのだ。帝国兵はそれを見てニヤリと笑うとそのまま力尽きてしまった。


「レイ!」


 振り返り撃ち抜かれて死んだレイの体を見た、だが異変が起きた。撃ち抜かれ噴き出した血はゆっくりとレイの傷口へと戻っていく。すべてが体の中に戻ると破壊された頭部が再生していく。


「どうなってやがる」


 ゾッとするその状況に思わずしりもちを付いた。そしてバネの様にグンとレイの体は起き上がる、右手に持っている霊剣を落としゆっくりと空を見上げた。その瞳に光は宿っていなかった。

 暫くそのままでいたレイだったが、糸が切れたかのように突如として地面に倒れこむ。そこへ若きカルナックがやってきた。




 その後暫くアデルと炎帝は動くことができなかった。

 時間にして二時間、目の前で同じ光景が繰り返されてきた。まるで何かを訴えてくるかのようにそれらを二人は見続けた、頭がおかしくなりそうだった。

 それもそのはず、何度となく繰り返される虐殺とレイの暴走。最後はレイが頭を撃ち抜かれて死ぬ様子が繰り返し繰り返し流れている。目を閉じ耳を塞いでも直接頭の中にそれが流れてくる。幾度となく繰り返されるケルミナの虐殺を二人は見続けさせられた。


「レイは――これを何度も」

「いや、本人は覚えていないじゃろう。深層意識の中に封印された記憶じゃないかのぉ」


 気が狂いそうになるのを理性で押さえてアデルと炎帝は喋った、しかしまともにそれを受けれいてしまえばきっと崩れてしまう。恐怖すら覚える景色だった。

 そして突如としてその映像は消えた。あたり一面が真っ暗になるとまた違う映像が映し出されてくる。それは最初の草原だった。


「振り出しかの?」


 炎帝が顎髭を右手で触りながらそう言う、目元にクマを作っていたアデルはゆっくりと立ち上がり首を振る。


「いや、違う」


 アデルの目には広大に広がる大草原の中に一つの人影を見つける。青い髪の毛をして青いジャンパーを着てる少年が一人そこにいた。レイだった。


「レイ……」


 二人はゆっくりとレイの元へと近づく、レイは微動だにせずそこに立っていた。最初の草原と同じように穏やかな風がゆっくりと吹いている、その風にレイが来ているジャンパーが靡いている。その様子を見たアデルが走って近づいた。


「起きろレイ!」


 レイの肩をつかんで揺さぶる、しかしそれに反応する様子が全くない。まるで生気が無い抜け殻の様になっていた。瞳に光はなく、ぼうっと一点だけを見ている。全てが上の空でいくら呼びかけても反応が全くなかった。


「起こしちゃ駄目!」


 突然揺さぶり続けるアデルの裾が引っ張られた、振り返ると先ほど見た小さなレイが涙目でアデルの裾を引っ張っていた。


「レイ、お前」

「起こしちゃ駄目だよお兄ちゃん」


 アデルはしゃがみ込み小さなレイの肩をつかんだ、今にも泣きそうなその顔は何時か見たレイの顔そっくりだった。記憶の中にある親友の泣き顔がそこにあった。


「お兄ちゃんって、お前何言ってんだ」


 自分の事が分からないのか、そう口に出そうとしたがやめた。きっと今正面にいるこの小さなレイはきっと昔の記憶にいた少年なのだろうと。もしそうであれば出会っていないアデルの事を認識できないかもしれない。


「そこのお兄ちゃん疲れちゃったんだって、だから起こしちゃ駄目」


 首を横に振りながら泣いてそう訴える小さなレイ、それを見て言葉を失ってしまった。


「アデル、一体どうしたのじゃ」


 ゆっくりと歩いてきた炎帝が言う。そこにいた小さなレイは炎帝のほうを一度だけチラッと見るとまたアデルに顔を向ける。肩を震わせている小さなレイは怯えているようにも見えた。


「おじちゃんがね、そのお兄ちゃんは疲れちゃったから起こしちゃダメって言ってたんだもん!」

「おじちゃん?」


 小さなレイから発せられた言葉に違和感を感じた、仮に炎帝の事をおじちゃんと呼ぶにしては子供から見たらお爺ちゃんではないかと。その違和感は確信に変わりつつある。


「アデル、気を付けろ」


 炎帝が後ろを振り向いて警告した、それを聞いて違和感が確信へと変わった。アデルはレイから感じるエレメントのほかにもう一つ、感じた事のないエレメントを感じ始めた。すぐ近くにいる気配がするが辺りにはその姿が見えない。


「出てこい、いるんだろ! 居るんだろ! そこに居るんだろ!?」


 アデルが立ち上がり小さなレイを庇う様に後ろに下げて叫んだ、しかしそこは相変わらず広大な草原が広がっているだけだった。次第にその草原は姿を変えていく、遠くの方に山が出現し木々が地面から突如として生えてくる。次第に感じた事のないエレメントは距離を詰めてきた。


「姿ださねぇってんなら引きずり出してやる!」


 腰に差している剣を両手で引き抜くと瞬間的にエーテルを練り上げる、二本の剣を交差させて一瞬だけ刃をぶつけると火花が散った。そして一気にエーテルを放出すると光が増幅しその空間いっぱいに広がる。


「姿を見せろ、炎の厄災!」


 一面草原だった空間に亀裂が入る、ビキビキと音を立てて崩れる草原の景色があった。崩れたところは再び先ほどの焦土の景色へと変わっていく。いや、正確には違っている。今度姿を見せた景色には人が焼かれて助けを求めてるのが確認できる。女子供が泣き叫び、男が大声で助けを求める。先ほどとは似ているがまるで状況が違う景色が目の前に現れ、そして一人の人影が出てきた。全身真っ黒な姿で焦げているようにも見える、またさっきの鼻につく嫌なにおいが漂い始めた。人が焦げ血液が沸騰する匂いが辺り一面に充満する。真っ黒に焦げている顔には避けた口が横いっぱいに広がり、眼球をなくした目には白い光が丸く映っている。そう彼が――


「初めましてアデル君、君の事は彼の目からずっと見てきたよ」


 炎の厄災、イゴール・バスカヴィルが姿を現した。

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