「此処はどこだろう、僕は一体何をしているんだ? 確かアデル達と一緒に先生の家に帰って剣聖結界を伝授してもらう為に……あぁ、そうだ。確か瑠璃の話をした後先生を説得するために部屋に入ったんだ。それから~――あまり覚えてないな、気が付いたら辺り一面にだだっ広い草原があって。なんだか良く分からない」
「そうだ、イゴールと話をしたんだ。何の話だっけな。覚えてないや……でもとても憎かった気がする。誰が憎かった? イゴールの事が憎かったんだっけ? 何で? イゴールとは初対面のはずだ、なんであいつを憎むんだ? わからない、そうだ。確かイゴールの記憶を見たんだ、とても酷い記憶だった。そうそう、イゴールが憎いんじゃない。人間が憎いんだ。あいつにあんなことをした人間が憎いんだ。ひっそりと暮らしていた彼等に突如戦争を吹っ掛けた人間が憎い、彼らをぼろ雑巾みたいに扱った人間が憎い」
「あれ、そうすると僕自身も憎いのか? 人間でいる僕自身が憎いのかも? 自分が憎いって何だろう。そうだ、人間の事が憎い、僕自身憎い。じゃぁアデルやギズー、ガズルにメルも憎い」
「あぁ――そうか。友達が憎いんだ、僕がこうして苦しんでいるのに誰も助けてくれないあいつらが憎い。なんで僕だけがこんな目に合わなくちゃいけないんだ、でもイゴールに任せておけば全部やってくれるんだっけ? じゃぁ僕は何もしなくていいや。イゴールだけが僕の事を分かってくれる、憎しみを分かち合う兄弟みたいな感じだなぁ。兄弟がいればこんな感じなんだろうなきっと」
「あれ、このニンゲンどこかで見たことあるな。あぁ、僕の事助けに来てくれなかったアデルか。今更何の用だよ、今更来たって遅いんだよ。僕は知ってしまったから、人間の醜いところ全部を知ってしまったから。今更僕に何をするんだよアデル、帰れよ――帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ!」
「どの面下げて僕の前に現れたんだよ。僕が一番大変な時に助けに来てくれなかったのになんて顔してんだ、ふざけるな。もう僕の事はほっといてくれよ。いや、僕はもう何もしなくていいや、全てイゴールに任せよう。あいつが全て上手くやってくれる」
「レイに何をした!」
炎の厄災と対峙したアデルが叫ぶ、その声に後ろの小さなレイが肩をビクッと震わせた。
「直接少年に尋ねるといい、返答があるとは思えないがね」
その表情は一切揺らぐことなかった、引き裂かれた口は顔いっぱいに広がり不気味に笑っている。目は見開いているが眼球はない、その代わりに白い光のようなものが見える。一度も瞬きする事無く、一度も口を閉じることも無い。
「野郎っ!」
アデルはグルブエレスを逆手に持ち替えるとその場を飛んだ、炎の厄災に急速接近し首に狙いをつける。確実に首を跳ねたと思った。が、グルブエレスは空を切った。炎の厄災が避けた訳じゃない、すり抜けてしまった。勢いが付いたアデルは体制を崩し、顔から焦土に落ちる。
「イテテテ、てめぇ!」
「頭を冷やせ馬鹿者、こやつに刃物なんぞ通じるか!」
炎帝が叫ぶ、その声に炎の厄災がピクリと反応した。まさに千年以上前に聞いたその声に懐かしさを覚えて。
「そうですか、あなたが私を焼き、私に炎の力をくださったのは」
アデルを見ていた顔がゆっくりと炎帝へと振り返る、その表情には怒りと感謝が見え隠れしていた。不気味に笑うその口から次々と言葉が出てくる。
「アレは熱かった、だがそのおかげで私はこれほどの力を手にすることができた。感謝しますよご老人、あなたのおかげで私は人間に復讐するという目標を作ってくれた。これほどまでに執念深く、憎悪に満ちることはない! かつて私が受けた苦しみ、憎しみ、全てをあなたに感謝せねばなりません」
「貴様、壊れているな」
「壊れている? 何を今更、何もない空間に封印され千年もこの憎悪と憎しみに囚われ続けていれば壊れもするさ。いや、壊れることを助長したと解釈するべきか――ハハハ、言うのが千年遅いんじゃないかね?」
先程までとは違い明らかに殺気を放ち始めた、重い空気が辺りを緊張させる。ピリピリと伝わるその殺気に思わずアデルが身を引いた。彼は恐怖した、かつてこれ程までに恐ろしく禍々しい殺気を見たことがあるだろうか。否、それは人を超越した存在でしか発する事の出来ない非常に重い私怨だ。憎悪が憎悪を呼び、憎しみが憎しみを重ねる。長年積み上げられてきた殺気とは人を畏怖させる。
「テメェが人間に何されたかは知らねぇ、知らねぇけど俺のダチは返してもらう!」
厄災の後ろでアデルが叫ぶ、その声を聴いて厄災は肩を震わせ始める。そして両手を広げて大いに笑う。
「ハハハハハハ、返してもらう? 馬鹿を言ってはいけないよアデル。少年は自分から殻の中に閉じこもったのだ、私が閉じ込めたのではない!」
ここで初めて厄災の表情に変化があった、正確にはあったように見えた気がする。変わらずの表情だったがほんの一瞬だけ口元の広がりが増したように見えた。
「さぁ、君にも見せてあげよう! 人の醜さを! 私が受けた苦しみ、憎しみ――恐怖を!」
厄災の足元から黒い影のようなものが辺りの景色を包み込み始める、徐々にではなく即座にといった方がいいだろう。あたり一帯が真っ暗になると即座にその空間全体にヒビが入る。大きな音を立ててソレは粉々に割れてしまった。厄災の足元から噴き出した影はその場にいた全員の身動きを封じていた、指一本動かせず、瞬きすらも許されない強烈な束縛。
「くそ、うごかねぇ……」
次にアデル達の目に映ったのはレイが見せられた厄災の記憶だった。内容は全く一緒だった、だが視点が異なっている。レイは上空からその景色をただ見せられていただけだったが、アデルは異なっている。同じ炎の厄災が起こる直前、酷使され用済みとなった魔人の子供たちを小屋に押し込め火をつけるまさにその瞬間。アデル達はその小屋の前にいた。終始上空からただ見ていただけのレイの状況とは異なっている。
「さぁ、見るがいい! これから起きる光景を、残虐を!」
小屋に火が放たれた、最初に小屋の周りを囲うように火が付けられて徐々に取り囲むように炎が上がった。ジワジワと燃え広がっていく。次に小屋の周りに置かれていた枯れた稲から火の手が上がり、それが一気に火柱を上げた。
アデルは瞬きを許される事無くその光景を見続けた、レイと同じく人間の残虐性を知り絶望するかと思われた。しかし、その光景にアデルは猛烈な違和感を感じていた。
「おかしい、何かがおかしい」