「騒がない喚かない暴れようとしない、動ける様にしてあげるのですからじっとしてなさい。外れると死にますよ?」
テーブルの引き出しから一本の針を取り出した、そしてレイとギズーは一瞬にしてカルナックが何をやろうとしているのかを理解した。とたんに二人は顔が青ざめていきガズルの目を二人で覆い隠す。
「レイ? ギズーもなんだ? なんで二人で目隠しなんて――」
「見ちゃいけない」「見るな」
訳が分からないまま視界を遮られたガズルだが、次の瞬間背筋が凍るような叫び声が聞こえた。アデルの声だ、聴いた事の無いような絶叫がガズルの耳に入ってくる。まるで泣き叫ぶ子供の様な声に近い。所々言葉にならないような叫び声が聞こえ、急に静かになる。
「おいアデル、大丈夫か?」
二人の手を引き離してみると驚きの光景が目に飛び込んできた、机の上で三転倒立して硬直しているアデルの姿だ。隣にはカルナックが右手に針をもって立っていた。
「何してんだお前」
「……」
「返事をしろよ」
一言もしゃべらずただ硬直しているアデルの元へと歩き体を触る、そこで妙な違和感を覚えた。全身が固くまるで鋼の様に固まっている。もう一度指先で突っついてみるが微動だにしない。
「剣聖、何をしたんだあんた」
「針でツボを刺激しました、後数秒で動き出しますよ」
そういうと本当にアデルの体が動き出した、一度ビクンと痙攣してガズルのほうへと倒れこんできた。二人はその勢いで床に倒れこみ揃って頭を打つ。同時に頭を抱えて床を転げまわった。
「いってぇぇぇ!」「いってぇぇぇぇ!」
カルナックが刺激したツボは首の付け根に当たる部分で急激な体力回復及び血行促進とエーテル循環を程よく回復させる効果がある、ただしその代償として死んだ方がマシと言われるぐらいの激痛を伴う。あまりの痛さにアデルは動けない体に鞭を入れてその場を逃げようとした、その結果三転倒立の姿になり激痛のあまり意識を数秒失っていた。これをレイとギズーの二人も同様に経験している。机から専用の針を取り出した時二人の脳裏にトラウマを呼び起こす。一瞬の痛みではあるがあの苦痛は耐えがたい。ガズルの視界を覆ったのには理由がある、一つ、あの痛みで当事者は顔を歪めるのだがそれが絶望的な表情をしているからだ。二つ、針を打つ瞬間のカルナックの顔を見せないため。今まで見た事の無い笑顔に変わるのだが、これがまた悪魔の微笑みに近い。唯一ガズルはカルナックの弟子ではないため自分の師匠の尊厳を守ろうとした咄嗟の行為だろう。
「さてさて、そろそろ宜しいですかなアデル」
「もう二度とごめんだ! 暫くあの痛みを忘れてたけどおかげで思い出すことが出来たぜ、一瞬走馬燈が見えたよ!」
それほどまでの激痛だったのだろう、動くと死ぬというカルナックの発言は冗談ではなかったのだ。もちろん物理的にもそうだと思える、指す場所を間違えてしまえば神経を触ってしまい下手をすれば首から下がマヒする可能性もある。自分の愛弟子にそれをするカルナックもカルナックだが。
「これが新しい俺の黒刀か」
鞘は変わらず漆黒の漆塗り、鍔や柄も特別変わりはない。だが確かに今までの黒刀と比べてその異常なまでの力を感じる。鞘から引き抜くとその正体が現れた、紅玉の様な光り輝くその刀身は今まで使っていた黒刀とは相容れぬ姿をしていた。静かに燃えるようなその刃にアデルの瞳はすっかり奪われてしまっていた。
「『黒曜刀:ヤミガラス』、切れ味は今存在する武器では右に出るものはないでしょう。私の
「こりゃぁ大した業物だな、こんな刀見た事ねぇ」
子供の様にはしゃいでいるアデルを後ろの三人は羨ましそうに見つめていた、まだレイ達三人はカルナックから何ももらっていない。しいて言うなら技のアドバイス等は貰っているが何か形に残る物が欲しかった。
「君達もそんな顔しないでください、ちゃんと用意してありますよ」
そういうと机の上に幻聖石を並べ始めた。
「これはレイ君、真ん中のがガズル君ので、最後のがギズー君ですね」
それぞれ受け取った、誕生日にプレゼントを受け取ったような少年の喜びようと言ったらそれはそれは微笑ましかった。
「それぞれ説明します、まずはレイ君」
幻聖石を具現化させると出てきたのはネックレスだった、サファイアが埋め込まれた高価なネックレスをつける。
「そのネックレスには氷のエレメントを増加させてくれる効果が付与されています、今後はそれを使って高位の法術を使うことも可能です。ただしエーテル消費量はそのままなのであまり過信して濫用しないように。次にガズル君」
同じように具現化するとそれはグローブへと姿を変えた。
「君の重力を操る力、本当ならもっと詳しく調べておきたいのですが時間もありません。そこで君には純粋に打撃に特化したグローブを差し上げます。拳を傷めないように特殊な素材で作ってありますので自身へのダメージを押さえながら打撃時には外部が硬化するので破壊力が上がるでしょう。最後にギズー君、君にはとっておきですよ」
その言葉に心が躍った、ワクワクしながら幻聖石に力を込めると意外なものが出てきた。
「すげぇ、よくこんな骨董品手に入れたな」
ギズーが手にしているもの、それは銃である。それも現代においては中々見る事の出来ない逸品である。
「ウィンチェスターライフルのレプリカ――にしては素材が古いな、まさか本物?」
「流石ガンマニアなだけありますね、お見事です。正真正銘本物ですよ、ギルドから譲り受けた逸品です。保存状態もよく現行の弾丸はこれをもとに作られたものもありますので同じのを使えます。破壊力は手持ちの中でも中々のほうじゃないですか?」
「本物なのかよ、シフトパーソルの原型を作った古代の骨董品を何であんたが持ってるんだよ」
骨董品だった、それも綺麗な状態で保管されている貴重な品。ガンマニアの中では喉から手が出る程ほしいだろうそのオリジナル、ギルドから譲り受けたとあるが……この男横の繋がりが思った以上に深すぎる。
「では、私からは以上です。後はビュートが戻ってきてからのお楽しみということで」
「ビュート君? そういえば今朝から姿が見えませんでしたけどどうしたのですか?」
女性陣も疑問に抱いていたことをレイが口に出した、そういえばと他の三人も続けるがカルナックは首を横に振る。
「彼の提案なのです、本日中には戻りますのでそれまで待ってあげてください。出発は明朝です。それまで各自英気を養う様に」
此処でふと疑問が彼らの頭を過った、明朝に出発? 今日中にビュートが戻ってくるのであればその後すぐにでも出発してもいいのではないか。そんなことを彼らが考えている間にカルナックが荷物をまとめ始めた。
「先生も一緒に行かれるのですか?」
「えぇ、私もご一緒しますよ。万が一のことを考えてご一緒した方が何かと都合が良いと思いますので」
正直驚いた、現役を引退して以降表立った行動に出る事の無かったカルナックがまさか一緒に来てくれるという。これ程までに心強いことはない、現存する剣士のトップに立つ彼が一緒に来てくれれば戦力差は歴然である。
「今度こそ瑠璃を破壊して未来永劫この世から消し去ります、それに今の君達ではレイヴンを相手にするのは危険です。私ならばある程度有利に戦えますので安心してください」
そう言って荷造りを続けた、ビュートが帰ってきたのはそれから五時間後の事。それまで彼らはそれぞれ用意された部屋でゆっくりと体を休めた。