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第二十話 信頼と裏切り Ⅲ

 夕方過ぎ、全員がリビングに集まっていた。

 ビュートが戻ってきて早々レイ達四人はリビングに集まるように呼ばれ揃って降りてきた、リビングでは女性人たちが何やらはしゃいでいる。何事かとアデルが首を突っ込んだ。彼女たちが持っているのは何やら衣服のようだ。それも新品である。


「何だこの服」

「聞いてよアデル! ビュート君がみんなのためにって近くの街まで買い物に行ってたんだって!」


 姿が見えなかった理由は買い物だった、だがカルナックから頼まれて行ったのではなく自分の意志で街まで降りていた。これからまた戦いに出る彼らに何かできないかと考えていたビュートは四人の姿を見てひらめいた。そう、ボロボロの服を着ていたのだ。先輩たちにせめて物贈り物をと考えたビュートが選んだのは彼等に似合う服だった。


「僕のセンスで選んできました、きっと皆さんお似合いになると思います!」


 自信満々に胸を張った、しかしいうだけの事はあった。レイ達はまだ中身を詳しく見ていないから分からないだろうが女性人たちはそのセンスにあれやこれやとビュートを褒めたたえていた。


「まずはガズルさん、此方です」


 渡されたのは茶色いトレンチコートだった、腰上部にコートをまとめる為のベルトがあり今は背中でベルトを締めている。次いで渡されたのが黒いスラックスと白いパーカーだ。とても触った感じ高級品だと直ぐに分かる。それだけじゃない、魔素をしみこませた繊維で作られており耐久性や耐法術防御力も上がるそんな代物だ。


「お前、こんな良い奴良く手に入れたな」

「知り合いの洋服屋が居るんです、その人に頼んで作ってもらっていたのです。次にギズーさん、お医者さんだって聞いたのでこれです」


 直接代物を渡されたガズルと違って紙袋を渡された、中を見てみると思わず笑ってしまった。何かと思いガズルがその紙袋の中を覗き込んだ。


「白衣……安直だなぁこれ」

「いや、わるくねぇ。ありがとなビュート、だけどこれって」


 取り出したのは真っ白な白衣だった。長袖で裾がこれまた長い、医療用の白衣ではなく研究員が切るようなそれに見える。


「これ研究員用のやつじゃねぇか?

「そこまで詳しくは無いのですがテーラードカラーロングコートっていう名前だそうです。短いコートだと似合わないかなぁと思って長いのを選んできました」


 いちゃもんをつける割にギズーはその白衣をとても気に入っている、裏稼業で医者の様な仕事をこなしてきた彼からすれば憧れの衣装ともいえる。早速袖に腕を通して着て見る。


「サイズばっちりだな、サンキュー」

「どういたしまして、次にアデルさんです。エルメアとそのとんがり帽子はもはやトレンドマークに近い物がありますのでこれです」


 此方も紙袋に入っている、受け取って中身を確認すると赤くて長い布が出てきた。


「なんだこれ」

「ストールです、どのように巻いても構いませんがどうせならお姉さん方に聞いて付けてください」


 とても淡白だった。


「最後に先輩です、結構迷ったのですがジャンパーを着てるので結構上半身はひらひらすることがあると思います。なのでこれです」


 渡されたのは白地に青い線が入っているマントだった、そしてベルトが一本。レイが不思議そうにその組み合わせを見ている。ここでメルがあることに気が付く、マントの長さとベルト。その組み合わせから予想するに腰に巻くタイプのマントだと推測した。


「レイ君、そのマントを腰に当ててベルトで押さえるの、それからベルトを巻き込んで一回転すれば」


 言いながらレクチャーする、言われるがままにレイは腰にマントを当ててベルトで押さえ付ける。一回転して巻き込むとちょうどいい長さになる。くるぶしの少し上に裾が来る感じだ。一回転して巻き込んだマントは予想以上にしっかりと固定されていた。


「やー! レイ君にあってるよ!」

「そうかな? ありがとうビュート、大事にするよ」


 それぞれに衣装が行き渡るとその場で着替え始めた、アデルのストールは何周か首に巻いた後左肩から背中に回して靡かせる。太もも位まで垂れている。普段つけない物を身に着けているせいか違和感を隠し切れないが鏡を見て自分の姿に驚いた。あの素っ気ない真っ黒なエルメアに赤いストールが何とも言えないアクセントとして存在感をアピールする。最後にガズルが今まで来ていたパーカーを脱いで渡された白いパーカーを着る。ズボンを履き替え様としたが流石に女性人の前で着替えるのが恥ずかしいのだろう。一度衣類を抱きかかえて部屋へと戻っていった。出てきた時今まで無頓着に来ていた服装から劇的な代り映えを見せる。パーカーのフードをトレンチコートの外に出している、スラックスも身の丈丁度だった。しかしどうにも頭のニット帽が気になる。


「ちょっと待ってねガズル君、確かワセリンが此処に――あった」


 プリムラがニット帽を無造作に脱がせた、今まで彼のトレードマークだったニット帽を外されたガズルは即座に奪い返そうとするがシトラに捕まってしまう。ニッコリと笑うシトラの笑顔がいつぞやのトラウマを呼び起こし彼の体を硬直させた。すかさずアリスが両手にワセリンを塗り、ガズルの髪の毛を掻き揚げた。


「やっぱり帽子被ってるより断然こっちの方がいいよ」


 オールバックにセットされた、しかし数本だけ束ねて前に垂らしている。眼鏡に当たるか当たらないかという処だろう。四六時中ニット帽を被っている彼からすれば違和感でしかない。


「慣れねぇなぁ」


 そう言いながらも三人の元へ歩き四人そろって並んだ、一皮むけた彼らの新しい衣装が揃う。それぞれきちんとした防御性能を持ち合わせながらもカジュアルな衣装を身に纏う。アリスはそれが微笑ましくて仕方がなかった。一歩成長した彼らの姿を見て思わず涙がこぼれた。


「立派になったね君達」

「そうね、確かに立派になったわ。でも――」


 微笑ましい空間が一瞬で凍り付いた。背筋が凍るほどの寒気が辺り一面に充満する、咄嗟にカルナックが臨戦態勢へと移るが時すでに遅し。一人を除いてその場にいた全員の身動きが封じられた。法術による捕縛陣と精神寒波による二重の結界がリビングに張られた。


「楽しい楽しい時間はここまで」


 声の正体はシトラだった、氷雪剣聖結界ヴォーパルインストールを発動させてその場にいた全員を捕縛する。完全に気が緩んでいたカルナックはその結界に対して無力であった。破ることが出来ない、焦りが徐々に顔に現れ始めた。


「何をしてるのですかシトラ君」

「御免なさいね先生、時間がきちゃったのよ」

「時間?」


 強かに笑うシトラ、ゆっくりと右手を水平に上げて鋼鉄の杖を取り出す。その杖に霜が付き始め一瞬で凍り付いた。パキパキと音を立てながら槍の姿に変化させるとレイに矛先を向ける。


「計画が狂っちゃったのよ、先生に同行されたら確実に私達負けちゃうじゃない? だからその前に今ここでみんなを始末しておこうと思って」


「あなた、自分で何を言ってるのか分かっているのですか!?」


 カルナックが叫んだ、だがそれに眉一つ動かさずにレイだけを見つめていた。


「御免なさいね先生、私も帝国側の人間なのよ。強いて言えばなんだけど」


 見つめていた目線をゆっくりとカルナックに向ける、とてもカルナックが知っている彼女の目で無い事が分かる。まるで何かを悟ったかのように冷たい視線がカルナックに向けられている。


「元々反帝国分子を潰す様に命令されていた私だけどあの人から通達があったのよ、面白い子供達がいると。興味が湧いたわ、剣帝序列筆頭が言うだけの事は確かにあった。こんなに若い内から剣聖結界まで取得するなんて本当に面白い。いえ、恐ろしくも思えるわね。この子達は今後帝国にとって確実な脅威になる、だからこそ私とあの人で潰しておこうと思ったのよ。でも先生が一緒だと分が悪いでしょ? だから勿体ないけど今ここで殺すの」


 矛先を突き付けられているレイは結界のせいで瞬きすることもできなければ声を上げることもできない。だがその恐怖は確かに刷り込まれている。確実に死ぬ、そうレイは考え始める。


「手合わせしてみたかったなぁ」


 視線を戻して再びレイを見つめる、瞳孔は開き心臓が高鳴るレイだが成す術もない。


「あまり長話してもあの人に怒られてしまうわね、幕を引いちゃいましょうねレイ君」


 最後にニッコリと笑った、後悔も迷いも一切ないその顔でシトラは笑った。右手に持つ氷の槍を引いて力一杯レイの心臓目掛けて一突きにしようとした。が、そこで違和感を感じる。


「えっ!?」


 突き刺さる一歩手前でシトラの槍は突如として目に見えない何かに阻まれてしまう。揺ら揺らと波打つ透明な障壁がかすかに見える。この状況で一体誰が展開したのだろうか。


「――めて」


 かすかに声が聞こえる、カルナックですらやっとの思いで声を出しているというのに他の人間が声を出すなんて不可能なはず。だがその正体はレイのすぐ後ろから聞こえてくる、彼のすぐ後方から揺らめく青いオーラが見える。強烈なエーテルが体の外に放出されている。


「やめてぇー!」

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