その日の正午過ぎ、彼らは封印の洞窟へと到着した。ここまでの道のりで倒した帝国兵士はおよそ五十人、多分それでも精鋭を連れてきたのであろう。エルメアが黒に近い色をしていた。エルメアの色は青から始まり緑へ、緑から紫へ、紫から黒へとその兵士の力量で変わっていく。それ以外の赤、黄色と白。これは一般兵士からの脱却を意味する。つまりはエリートだ、だが黒はまた特別な意味合いを持っている。それは精鋭である。
洞窟とは名ばかりの大きな鋼鉄の門が彼らの目の前に立ち塞がる、見上げる程の大きさで十メートルはくだらないだろう。予想通り封印は解かれていて少しだけ開いていた。しかしこれ程大きい門を開けるにはどれほどの力が必要なのだろうか。
力には自信があるガズルが開いている扉を力いっぱい押した。しかしビクともしない、その様子にカルナック以外の三人は驚いていた。次にカルナックが右手で扉に触れると足に力を入れた。するとどうだろう、あのガズルの力を持ってもビクともしなかった巨大な鋼鉄の扉は勢いよく開いてしまった。此処でガズルを擁護しておくと彼の力も並の大人以上ではある。背筋力脚力腕力共に鍛え抜かれた炭鉱夫よりはあるだろうその力。それをもってしてもビクともしない扉をカルナックは平然と開けてしまう。やはり人としてはあり得ないレベルの存在であることは間違いなかった。
洞窟の中は多少なり暖かかった、外の空気が入っては来ているだろうけど入った瞬間分かるほどの暖かさを感じた。先にレイヴン達が侵入した形跡がはっきりと残っている。壁際に明かりをともしながら先に進んでいるようだ、それを目印に彼等もまた進み始める。不気味な程静まり返っている洞窟の中で聞こえる音は彼等五人の足音だけ、洞窟内部は広くなっており中隊規模でも余裕で前進できるほどの大きさだ。しばらく進むと人工的に作られた下り階段が見えてきた。苔が生えているところを見ると何年も昔、それも相当古い時代に作られた階段だと予想される。
「うわっ!」
先頭を歩くレイが声を上げた、苔に足が滑ってバランスを崩してしまった。唐突の事に思わず声を上げてしまったレイに残りの四人が一斉に静かにするよう促す。レイは両手で口を押えてコクリと頷いた。階段はしばらく続いている。何段ほど降りただろうか彼是五分以上は降りている気がする。
「見えてきました、第二階層です」
一番後ろを走るカルナックが静かにそう言った。
第二階層に五人が降り立つとその瞬間複数の発砲音が聞こえてきた。いち早く動いたのがガズルだ、右手を振り上げてその足元の地面を殴ると目の前に地面が盛り上がり発射された弾丸を防ぐ。アデル直伝「岩盤返し」。
そこから先はまさに電光石火、回避行動をとっていたレイとアデル、ギズーの三人は動くことが出来なかったがガズルの行動を見ていたカルナックだけは即座に反応する、発砲音が聞こえた場所へと跳躍するとそこにいた帝国兵士五人を一瞬にして切り刻む。即座に絶命した帝国兵を見下ろして刀に付いた血を振り払う。岩盤の影に隠れていた四人は首だけで前方を覗くとすでに作業を終えたカルナックが立っている。流石剣聖の二つ名は伊達ではないと四人は改めて感じる。第二階層では何度か帝国兵の襲撃にあったが何ら問題なく彼らは先を進んでいく。そして次の階層へとつながる下り階段を発見した。
「第三階層はただっぴろい部屋みたいな空間があるだけです、そこを過ぎてしまえば第四階層。最深部です」
全速力でここまで走ってきた彼等だが流石に疲労の色が見え隠れする、途中の中継地点からずっと走りっぱなしでここまで来たのだ、疲れないはずがない。
そして第三階層にはちょっとしたロジックがある。それを解除しない限り最深部の第四階層へと降りることは出来ないとカルナックが語った。それを聞いてしばしの休息を取る事にした。各々がその場に座り息を整えギズーが作ってきたアンプルを飲む。
即効性の疲労回復剤と思ってもらえれば分かりやすいだろう、ただし物凄く苦い。作った本人ですら拒むほどの苦さを全員が一斉に飲み始める。当然の様に吐き出しそうになる味に苦悶の表情をする五人、その後すぐに五人揃ってむせ始めた。
「相変わらず苦いなこれ」
アデルが文句を言いながら飲み続ける、ムッとするかと思われたギズーだがとても笑顔でニコニコしていた。他人の苦しむ表情を見て楽しんでいるのだ。だが自分もその苦しみを味わっている。笑顔と苦痛の二つが交互に現れる。それをみてレイがクスクスと笑い始める。つられてガズルとカルナックも笑い出し穏やかな空気が周りを包み込んだ。
これから予想される死闘の前だというのに不思議なものだ。それはカルナックが同行しているからの余裕だろうか? それともこれまで倒してきた帝国兵士との戦闘で自信の成長が見て取れた安心感なのだろうか。それは分からない。だがこれだけは言えよう、決して彼らはこの戦いで死ぬつもりなど毛頭ないと。
必ず帰ると約束した人がいる、その人達の元へと全員で帰る為気持ちを新たにしているのは間違いなかった。後で分かる事だがこれはアデルとギズー二人の手の込んだ芝居のようなものだったことが分かった。誰しも死ぬかもしれない戦いの前となれば緊張で胸が張り裂けそうな思いだろう、それを和らげるために打った一芝居である。普段のギズーからはそんな事考えられないことだが今回ばかりは自身の命をこの仲間達に預けているわけであって、それに対して信頼しているという証を彼なりに見せたのだ。
しばしの休息を取った彼らは各々立ち上がると第三階層へと繋がる階段を下り始めた、五人の間には緊張が流れ始める。
一歩降りるごとに心臓の高鳴りが耳に届き、息が荒くなっていくのが分かる。特にひどかったのはレイである、つい数日前にシトラに殺されそうになったことを思い出してしまう。
なるべく考えないようにしては居たがまた再び会いまみえると考えるとあの時の記憶が鮮明に脳裏に浮かんでくる。それを察してアデルが背中を叩いた。
一度音が出る程強く叩くとレイは一段踏み外して転びそうになる。ここで転んでしまったら第三階層まで真っ逆さまに落ちてしまうと一瞬だけヒヤリとしたが無事踏みとどまった。
「何すんだよアデル!」
「緊張してんなよアホたれ、あの時は不覚を取ったけど今度は真っ向勝負だ。今の俺達なら大丈夫だ絶対に」
片目をつむり左手親指を突き立てた、確かにそうだった。あの時は新しい服の試着を行っていた時の不意打ち、だが今回は初めから殺しあうことを前提として警戒している。
今度はあの時の様な事にはならないと気を張っていた。それを思い出したのかレイは胸のつっかえが取れたような気がする。ホッと胸を撫でおろすとこちらに親指を突き出しているアデルに同じようなしぐさを取った。
その流れを一番後ろで見ているカルナックは内心ほっとしている。確かに今回の件で彼らは少なからず実力を付け強くなってはいる。だがそれは表向きの強さである、まだ齢十四五の子供なのだ、技術は身についても精神的なものまでは鍛えることは出来ない。それは人間としての成長に合わせて強くなる部分でもある。
唯一心配していたことそれは彼らの子供としての未熟さ、甘さやもろさだった。この状況で一番もろいのはきっとレイなのだろう、その優しさは時として弱点にもなるとカルナックは知っている。彼もまた優しさ故に犯した罪が過去にあったからだ。子供時代の自分とレイとをどうしても重ねてみてしまうところがカルナックにはあった。
だが彼らは一人じゃない、友達という名の仲間がきちんと居る。それがカルナックにとっては少し羨ましかった。過去に仲間と思っていた人間に裏切られた彼にはそれがまぶしく見えていたのだ。