レイ達四人が最後の階段を下っていた同時刻、カルナックの家ではプリムラ、メル、アリスの三人がリビングでおしゃべりをしていた。ビュートは一人先に風呂に入っている。外は大荒れで吹雪が三日三晩降り続いている。積雪も過去最大にまで積み上がり日中はその対応に追われていた。とは言うが殆どはビュート一人で雪搔きを行っていたのである。これは本人からの申し出で、レイ達が出かけている間修行の一環だと言って重労働系は一人で全て片づけた。
しかし日中吹雪の中雪搔きを行っていたビュートの体は骨の芯から冷え切っていた為普段一番最後に入る風呂をアリスが気を利かせて一番最初に入れさせた。
「すごい吹雪ね本当、南部地方でこんなに降る事って早々無いのに」
「北部出身の私でもこんな豪雪見たことないですよ、ちょっとビックリしました」
プリムラとメルがそれぞれ受け答えする、静かに紅茶を啜るアリスもそれを聞いて窓の外を見る。確かに今まで見た事の無い豪雪である。長い事この家に住んでいるがこんな振り方をする雪を見た事が無かった。まさに異常気象という名にふさわしい。
「まさに異常気象ね、一体全体どうなってるのかしら」
季節は年の瀬、外の気温は氷点下まで下がりあたり一面が白銀の世界に覆われている。日中雪搔きをしてもらったにも関わらず現在の積雪は一メートルを超えていた。この調子で降り続ければ朝にはどうなっているのかとアリスは不安に駆られる。
「あれ?」
それから暫くして、ふいにアリスが立ち上がった、その声にプリムラとメルもつられて窓を見る。今の今まで吹雪いていた雪が突如として止んだのだ。それも何の前触れも無く。
「雪が……止んだ?」
咄嗟に玄関へと走り出した、ドアを開けるとそこには降り続いていた雪がぴたりと止んでいる。思わず空を見上げると急速に雲が散っていくのが見えた。アリスは思わず驚愕した、切れる雲の間から星の輝きが覗き見える。その雲は一定の方向へすべてが流れていた。それはレイ達が向かった場所の方角だった。
「何が起きてるの?」
つられて二人も外へ出る、同じように空を見上げて一定方向に動く雲の流れを見た。風も止んで一見穏やかな冬の夜がそこに訪れたのかと誤解するほどに静まり返っていた。不気味に静寂だけが冬の夜を支配している。
「ほんと不気味、こんなの見たことない」
プリムラも同様にそう答えた、気候が安定しない東大陸出身の彼女ですらこんな異常気象は生まれてこの方見た事が無かった。そんな外の景色を見ていた三人の中に一人だけ芳しくない表情をする人がいる。メルだった。雲の流れを見た彼女は一歩後ずさりをする。それに気づいたアリスはゆっくりとドアを閉めてこういった。
「ごめんねメルちゃん、寒かったよね。今日はもう遅いし寝ようか」
「アリスさん……はい、わかりました」
両手を胸のところでギュッと握って俯きながら答えた。その日彼女たちはいつもより早くそれぞれの自室へと戻り就寝に付く。だがアリスは気にかけていた。先程見せたメルの表情に違和感を覚えていた。あまりの異常気象に内心怯えていたのか、それとも何か別の胸騒ぎがしたのか。それが気になっていた。確かにアリスの中にも胸騒ぎに近い何かを感じている。それはきっと彼等五人の事だろう、果たして無事に帰ってくることが出来るのか。そんな事ばかりここ数日ずっと考えていたことは確かだ、だがそれ以上にメルのあの表情が気になっていた。
それから数十分後、隣の部屋から物音が聞こえた。メルの部屋からだった。不審に思ったアリスは寝巻にカーディガンを羽織って自室を出る。左隣のメルの部屋に視線を送り声をかけた。
「メルちゃん、大丈夫?」
それに対してメルからの返答は無い、不思議に思ったアリスが扉を開けた。その部屋にメルの姿は無かった。真っ暗な部屋の中に入るとあたりを見渡す。
「トイレかしら?」
カーディガンを両手で押さえて部屋の中をじっくりと見ると机の上に何かがあることを発見した。手紙だ。
「手紙?」
それを手に取って読み始めた、すると見る見るうちにアリスの表情は強張り勢いよく部屋の外へと出た。
「プリムラちゃん! プリムラちゃん!」
更にその奥、プリムラが寝ている部屋の扉を激しく叩く。扉の鍵が開くとゆっくりと開かれる。そこにプリムラが眠そうな顔で出てきた。
「どうしたんですかアリスさん?」
「これ……これ見て」
血相を変えていたアリスはプリムラに手紙を渡す、眠い目を擦ってそれを受け取ると書かれている内容を読んだ。そして驚いた。
「何よこれ、私ビュート君起こしてくる!」
「お願いね、私は外を見てくる」
二人はそれぞれ反対方向へと走り出した。プリムラはアリスの隣の部屋で寝ているビュートを起こしに、アリスは下へと降りて玄関の扉を開いた。外は相変わらず一面の銀世界、足跡一つない綺麗な雪がぎっしりと敷かれていた。