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第二十四話 メルリス・ミリアレンストは語る。 Ⅱ

 レイの視界がぼんやりとだけ戻ってくる、そこには小さな人影が巨大な剣を右手にもって立っていた。そのシルエットをレイは知っている。アデル達と冒険を始めて以来ずっと一緒にいた大切な女性。そのシルエットと声が似ていた。


「シトラ・マイエンタ――私があなたを裁きますっ!」


 突如として現れたメルの姿にレイ達四人は驚いた、一体どこから現れたのか。何故ここにいるのか、彼女にこの場所の詳しい位置は教えていない。レイ達もカルナックの案内でたどり着いた位だ、この場所を知ったのは家を出てからの話である。それなのに何故彼女がこんなところに居るのか。


「メルちゃん、どうやってここに来たの?」


 シトラの視力も回復してきて視界に入った彼女の姿を見て驚いた。シトラの目に移ったのは白いローブに肩掛けジャケット姿をしたメルだった、そしてその右手に持つ巨大な剣に視線が動く。


「不思議ね、何であなたが此処に居るかってことも分からないけど……何であなたがその剣を持てるのよ」

「……」


 霊剣を握っていた。その体には不釣り合いな程大きな大剣で迫りくる氷の刃を真っ二つに破壊したのだ。未だ理解できずに彼女の後姿を見つめるレイ達、ゆっくりと顔だけ振り返るメルは一言だけ。


「来ちゃった」


 そう笑顔でレイに微笑んだ。左手に結界解除の法術と回復法術を同時に唱えるとそれをレイ達四人に向けて放つ。そしてすぐさま正面を見ると霊剣を両手で握って走り出す、シトラ目掛けて一直線に駆けたメルは霊剣を横に構える。


「メルっ!」


 レイが叫んだ、それと同時にメルの姿が一瞬にして消える。気が付くとシトラの頭上に現れると振りかぶった霊剣を横に一閃振るう。シトラにもメルの姿はとらえきれなかった。

 その速度、レイヴンが炎帝剣聖結界ヴォルカニックインストールを発動させた時に等しい。しかし彼女にそんな力は無い。今まで見てきた彼女には力も技も無い事を知っている。

 だがそれは偽りだと直ぐに理解した。斬撃を放たれたことで彼女の物理障壁が咄嗟に発動する。一度はそれに妨げられて霊剣の動きが止まるが、次の瞬間ずるりと障壁の中へと入ってきた。

 シトラは驚愕した、レイヴンの残りのエーテルを体内に取り込み、氷雪剣聖結界ヴォーパルインストールで法術を高めた彼女の障壁がこんなにもあっさりと破られてしまったのである。体を後ろにのけ反ると首の皮一枚だけを霊剣が霞める、そのままバク転で後退するがメルの攻撃は止まらなかった。


 着地すると同時に縦に霊剣を振るう。まっすぐな直線を描きシトラの頭上に霊剣が迫る。直ぐに障壁と氷の盾を作り出し霊剣の斬撃を防ぐシトラ、そのまましばらく一方的にメルが攻撃を仕掛ける。


「どうなってんだ、メルがあんなに強いなんて聞いてねぇぞレイ!」

「僕にだって分からない、普段のメルからあんな動きが出来るなんて想像もつかないよ」


 アデルが立ち上がり近くのガズルの体を起こしながらレイに叫んだ。レイもまたギズーの体を引っ張って起こしながらそう答える。四人の目に移っているメルは驚異的な戦闘力を誇っていた。

 つい先ほどまで自分たちが手も足も出なかったシトラがまさかの防戦一方、そして自由自在に霊剣を操る姿がに驚愕する。レイはその振るう姿を見るのは二回目だった。

 しかし以前に霊剣を振るった時はこんな戦闘力があるとは微塵にも思えなかった。それもそうだろう、いつものメルを見て誰がこの姿を想像できようか、普段ナイフ一つ扱えない彼女がまさに目の前で霊剣を振るっている。その姿を驚かずに何を驚くのか。


「あぁぁぁぁぁっ!」


 ついにメルの攻撃を防ぎきれなくなったシトラ、一瞬の隙を見逃さなかったメルは体を捻って巨大な霊剣を下から切り上げる。するとシトラの左腕が根元から切断されて空に舞う。ここにきて初めてシトラに決定的なダメージを与えることになる。苦痛に悶えその場に膝をついたシトラは目の前に立ち塞がるメルを睨んだ。


「人間如きに……人間如きに私が追い詰めるなんてっ!」

「そう、やっぱりあなた『も』人間じゃないのね?」


 とても冷たい目をしていた、普段のメルからは想像もできない程冷たい目だ。その目を見たシトラは思わず声を上げた、見覚えのあるその瞳、そしてメルから感じる不思議な感覚。それをシトラは知っていた。メルはゆっくりと霊剣を左に構えて水平に剣を振るう。


「そんな……まさか、貴女――」


 そこでシトラの首が胴体と切り離された。水平に払われた霊剣は綺麗にシトラの首を跳ねたのだ。その様子を後ろで見ていた四人は唖然としていた、あれほど自分たちが苦戦した相手をまるで赤ん坊をあやすかのように軽々と倒したメルをその目で見ていた。メルの回復法術で体の傷はほとんど治っていたが体内のダメージだけは僅かに残っている。

 それぞれが壁にもたれ掛かったり肩に寄りかかったりとしながら目の前で起きた事を見ていた四人の元へとメルがゆっくりと振り返り歩いていく。首を跳ねられたシトラの体はゆっくりと後ろに倒れてそのまま溶岩の海の中へと落ちていった。


「みんな大丈夫?」


 此方に歩きながらメルがそう言った、その表情はいつもの優しいメルの顔だった。レイは思わず声を出そうとしたがなんて言葉をメルに掛ければいいのか分からないでいた。それを見たメルは首を傾げて優しく問う。


「レイ君? 大丈夫?」

「メル……君は一体」


 その問いにメルは首を傾げて微笑んだ、多分答えを聞くことは出来ないだろう。


「メルリス、何でテメェに霊剣が扱える!」


 レイの肩に捕まっていたギズーが問う、レイ以外はメルが霊剣を振るっている姿を見るのは初めてだ。当然の問いだった、レイ以外の誰かが扱おうとすると霊剣は途端に重くなり持てなくなるあの性質がメルには発動していなかったからだ。しかしそれに対してアデルが答える。


「何でメルが持てるかは分からないけど、一部の限られた人間は持てるみたいだぞギズー。俺も一度だけレイ以外がその剣を振るっているのを見てる。父親っぽかったけどな」

「父親? それじゃぁメルリスはもしかしてレイの兄妹なのか?」


 それに対してレイとメル二人が首を横に振る、互いに生まれた場所、親は異なることを二人は知っている。第一それはギズーが一番良く分かっているはずだ。


「違うよギズー君、私達の遺伝子が異なるって言いだしたのはギズー君じゃない」


 左手を口元に持って行きながらメルは笑った、確かにそうだった。二人が吹雪の中東大陸の街で倒れていた時の事を思い出してほしい、治療をしたギズーは血液サンプルからその情報を得ていたはずだ。あまりにも衝撃的な出来事が連続していた為それを忘れていたのだろう。


「僕自身もその剣については良く分かってないんだ、でも確かに父さんは扱えてた。だからアデルの言う通り極一部の人は扱えるのかもしれない。条件はさっぱり分からないけど」


 そういうとギズーの肩を持ち上げて姿勢を治す、だが分からない事だらけなのは何も解決していない。どこから現れたのか、そしてその戦闘力。ナイフも真面に扱えないメルが霊剣だけは自由自在に扱えていた。それがレイにはどうにも引っかかっていた。


「とりあえず先生の事が気になる、一度三層へ戻ろう」


 未だ降りてきていないカルナックの事が気になる、そういって彼らは三層へと戻ろうとした。まさにその時だった。シトラから放出されていた冷気が消え辺りがまた熱くなり始めた頃、再び冷気が彼らを纏う。

 彼らのうち一番最初にそれに気づいたのはレイだった。勢いよく振り返ると溶岩に落ちたはずのシトラの死体が壁を這い上ってきていた。それを目撃した瞬間だった、よじ登ってきた体から猛スピードで氷の刃がこちらへ向かってくるのが見えた。咄嗟にギズーの体を後ろに押し出してメルの体を庇おうとした。

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