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第二十九話 運命の日 Ⅲ

 そこに刻まれているのは数字だった、その数字を見た瞬間ガズルが勢いよく立ち上がると右腕がギズーの頭を直撃した。反動でギズーの顔はテーブルに打つかって頭を震わせていた。右手で腰のホルスターからシフトパーソルを抜こうとした時アデルの左手がそれを阻止してゆっくりとホルスターへとシフトパーソルは戻っていく。


「どうしたよ、何が書いてあんだ?」


 声を荒げた張本人にアデルが尋ねる、目を見開いてそのプレートを見つめるガズルは残りの二人にもアクセサリーを渡す様に迫る、二人は首から外してガズルにそれぞれ渡した。同じように裏面を見て疑惑が確信へと変わる。


「アデル……今何年だ?」

「何年って、二七六五年だろ何言ってんだ」

「じゃぁ、これなんだ?」


 そう言ってアデルへ三人のアクセサリーをまとめて放り投げた、放物線を描いてアデルの頭上で右手を伸ばしてキャッチする、そして問題の裏面を見てアデルは首を傾げた。


「四七六五の四……これが何だ? ただの数字が並んでるだけだろ?」

「馬鹿言うな、それはタグだ! 軍隊とかで使われてるタグだよ、持ち主を識別する為のアレだ。裏の数字は入隊年と月だ」


 その場の六人にざわめきが走った、レイ達は目を見開いてミト達を。ミト達は互いに顔を見合わせて今の言葉を信じられない様子でいた。


「待ってくれガズル、その情報って確かなのか? どこの軍隊でも共通な話なのか?」

「こればっかりは共通事項のはずだ、帝国もケルヴィン軍も西のも全て統一されている企画な筈だ。身元を確認するためのタグを偽造しようなんて馬鹿はまず居ない、これが事実だというなれば――」


 咄嗟にレイが立ち上がってガズルに質問するがその答えは即答だった。続けてガズルが口を開く。


「でも確証はねぇ、仮に二千年も未来からやってきたと仮定しても『同じ規格』を使ってるかなんて保証はねぇんだ。だけど可能性は高い。俺は確信に近い物を感じてるが」


 そこでもう一度ガズルがミト達三人を見た、事の大事さに今一ピンと来ていない様子でレイ達四人を見ていた事に少しばかり拍子が抜ける。声を荒げた自分が少しだけ恥ずかしくなる。


「そもそも時空転移なんて聞いたことねぇ……古文書をいくら読んでもそんな事無理だって書かれてるのばっかりだったし……二千年でこの時代からどれだけ文明が進んでるかもわかんねぇ。あくまでも可能性だ、でもお前らの装備見ると正直今と大差ないんだよな」


 そう言うとミトの服装を下から上までじっくりと見る、視線を感じたミトは胸部を胸で隠して顔を赤く染めた。


「ジロジロ見ないで変態!」

「誰が変態だこの貧乳!」


 互いに罵倒し合った、今までの空気はどこへやらと珍しくアデルがため息をついた。体の事について批判されたミトはさらに顔を赤くし幻聖石をポケットから取り出すと鉄の杖に姿を変えた。そして思いっきり振りかぶりガズル目掛けて投げつけた。


「誰が貧乳よ!?」


 投げつけられた鉄の杖は回転しながらガズルの顔に直撃して、ガズルはそのまま後ろへと倒れた。


「ま……まぁとにかく一度先生の所に戻って相談してみようよ、今の僕達じゃミトさん達の手助けになりそうな情報は何も持ってないし。ね?」


 場を取り繕うとレイが提案した、アデルも「そうだな」と頷いて同意する。その隣でギズーもムスッとしながらもそれ以外に方法が見つからないようで渋々どういした。納得はしてないようだが。


「そもそも俺は全面的に賛成してる訳じゃねぇからな、変な挙動してみろ、その面撃ち抜いてやる」

「あら、その時はまたレイさんが助けてくれるから私は安心してるわよ」


 売り言葉に買い言葉、巻き込まれたレイも苦笑いしながら目を細めた。その隣でアデルは笑顔で椅子に座っている、この男は退屈していた日々に久しぶりに面白そうなことが起きていると内心楽しんでいるようだった。


 その日の夜、ある程度の回収作業を終えた傭兵部隊は残りを翌日に回すことにした。撤去できた外装をあらかた回収しそれを郊外の小さな工場へと運び保管する。一仕事を終えた彼等は修復作業もそこそこの街へと戻り司令部に状況を説明して仕事を終えた。雨は完全に上がり街の明かりに火が灯る。酒場ではその日の出来事を話し合う傭兵や兵士達の声で賑わっている。中には商人の姿も所々混じっていた。

 そんな騒ぎの中郊外では黒ずくめの何者かが数をなして集まり始めていた。




 その日、要塞都市メリアタウンは怒涛の一日を送ることになった。始まりはミト達が突如としてレイ達の元に現れた事、そして謎の巨人の出現。これが一体何を意味するのか、はたまた何者かによる仕掛けられた罠なのか? それはこの時点では彼等の知るところではなかった。そしてこの日を境に世界情勢は一気に加速を始めることとなる。

 帝国側にも動きが有ったことを知るのは翌日、彼らがメリアタウンを旅立つ日となる。睨み合っている南部支部にもあの巨人の姿ははっきりと捉えられていた。それが何なのか、それは帝国もまた知るところではなかった。

 だが、歴史を振り返ると世界に異変が起きたのはこの日を境だったことは間違いない。レイ達率いるFOS軍、武力国家スティンツァ帝国、そしてケルヴィン領主軍に西の大軍。それぞれの勢力が次第に動き初め歴史は加速を始める。


 空から現れた三人の少年少女、ミト達は一体何者なのだろうか? ガズルの仮説通り未来から来たタイムトラベラーなのだろうか? 技術的にも難しいと言われているタイムトラベル、二千年と言う未来で一体何があったのか? もしくはタグが偽造された何処かの刺客なのか?

 それは今はまだ分からない、しかし彼女たちが今後のFOS軍、あるいは世界に与える状況は紛れもなく多大であり歴史を変える起点であることは確かだった。だがそれを彼らが知るにはまだ先の話であり、現時点ではまだ誰も世界に異変が起こるなんて事は誰もが想像しえない事だろう。だがこれだけは明確にしておく、この日の出来事がレイ達FOS軍の運命を大きく分ける出来事なる。それはまた先の話。



 翌日、朝日が東の空から登りメリアタウンをゆっくりと照らし始めると街もゆっくりと動き始めた。煙突からは煙が出て家からは人々が伸びをしながら出てくる。司令部に常駐している人間も交代で緊急事態に備えているが一人を残して今は全員寝ている、主に商店街や商人達やギルドが今日の商売の為に準備を始める時間である。

 FOS軍の彼等もまだ眠っている時間だ、そんな中彼等のアジトの屋上に一人の少女が立っていた。


「……」


 東の空から登る太陽を見て物思いに更けている、遠くを見つめてジッと一点だけを見つめているようだった。そんな彼女の後ろからレイがあくびをしながら登ってきた。


「あれ、ミトさん早いんですね」

「……おはようレイさん」

「おはよう、レイで良いって」

「分かった、おはようレイ……。それなら私の事もミトでいいわよ」


 少し強めの風が吹いている、腰まで長いミトの髪の毛がその風に遊ばれている。ふわふわと靡く髪の毛を右手で押さえて振り向きレイを見た。二人は簡単な会話をして互いに微笑む。


「昨日あんなことがあったのに街はそれまで通りに動くんだ、凄いよね」

「そうね、私はこの街二日目だから普段がどうなのか分からないけど」

「朝はいつもこんな感じだよ、ゆっくりと歯車が動いて全体にその動きが伝わる様な。そんな感じ」


 レイもミトの傍へやってくるとフェンスに両手を掛けて寄りかかる。彼は眼下に広がる巨大な街を見下ろして人々が動き始めるのを見てもう一度微笑む。


「ごめんなさい、私達の所為で滅茶苦茶になっちゃって」

「うん?」


 ミトもまたそのフェンスに寄りかかって街の西側を見た、レイが振り返り同じ方向を見るとそこには巨人によって壊された城壁の一部が見えた。


「大丈夫、城壁が壊れるなんてこれが初めてじゃないんだ。この街の職人の力とスピードを侮っちゃいけないよ。だから気にしないで。むしろギルドは大喜びじゃないかな?」

「何で?」

「石材とかが売れるから」


 その後二人の間に少しだけの沈黙が出来たが、それは直ぐに笑い声に変わった。最初にミトが小声で笑った後つられてレイも同じように笑う。


「何よそれ、おっかしいの」

「真実だもん仕方ないよ、事実この戦争で一番潤ってるのは間違いなくギルドなんだから。この間新しい帆船を購入したなんて噂も聞いた位だしね」


 二人は静かに動き出した街の中で楽しく笑っていた、まるで昨日の事が嘘だったかのように楽しい会話が続いている。レイなりの配慮なのだろう。それに気づいているミトは笑い終えた後呼吸を整えてからお礼を言う。


「有難うレイ、少しだけ元気になった」

「……うん、それならよかった」


 アジトの屋上で二人がそんな会話をしている中、司令本部の通信装置へと引切り無しに伝達が入っていた。ほんの少しだけ席を外していた空の本部の中で通信装置は大きな独り言のように指令室に声がこだましていた。


「”……誰もいないのか! こんな一大事に何で誰も応答しないんだ!”」


 男の声だ、外を巡回している兵隊の声だった。焦っているようにも聞こえるその声から緊急事態が伝えられる。


「”大変なんだ、巨人の姿がどこにもない!”」


 事態が動くにはあまりのも早く、そして歴史は加速を始めていた。

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