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第30話 レッドピアス

「聖教友愛社交グラブ…本当にここなの?」

「はい…」


淡々と答えるトーマスの言葉に嘘はないのだろう。


それにしたって、よくも悪くも凄いネーミングだわ。


屋敷もすごく重厚…雰囲気だけは歴史を感じる佇まいである。

まさか、娼館だとは誰も思わない。

そんな印象を受ける。

夜の仕事をする人間にとって、ここは街中に立つよりはずっと、安全なのだろう。


ベルを鳴らせば、ガタイの良い男達が数名、姿を見せた。


「なんだ、新しい奴か?へえ~。良いな…」

「無礼だぞ!」


トーマスがシアを庇うように立ちはだかる。


「ここの主に会いたいの。もちろん、案内してくださいますわよね?」


男達の瞳には下心が見え隠れしていた。そして、通す気もないと見える。

ならば、仕方がない。


男達の頭上に浮かぶ運釜を操作して、彼らの運を下げてみた。

すると、すぐそばにそびえていた木が彼らに向かって倒れてくる。


「うわっ!」

「災難ね。でも、怪我はなさそうでよかったわ」


叫ぶ男達は木の枝に足を引っかける形で倒れ込んだ。

あの分なら、そのうち抜け出せるだろう。


「行きましょう」

「はい…」


トーマスは小さくうなづく。


「待て!」


男達の声を無視して、館へと足を踏み入れる。

そこは秘め事を行う場所に相応しく、薄暗く、どこか妖艶である。


「何の御用でしょう?貴女のようなお嬢様が足を踏み入れる場所とは思えませんが…」


階段を降りてきたのは貴婦人めいた装いを身にまとった女性。


「貴女が支配人ですか?」

「まさか…。おかしな方ね。女でここを仕切れるわけもないのに」

「そうですか。でも、この館にいらっしゃるなら、何かご存じでしょうか?第一皇子様の側近の噂について…」

「噂?」

「ここにいらっしゃる女の子や男の子達に無礼を働いていると…」


無礼というよりも遥かにヒドイ事のようだけれど…。


「うふっ!嫌だわ。無礼だなんて、ここはお客様に花を売る場所。多少激しいのは仕方がないでしょう?」

「ですが、姿を消した人間が多いとも聞いていますわ。その都度、人が入れ替わるとも…」

「どこでそんな話を?」

「ここは皇都。みなが下世話な噂に興味がある」

「お嬢様もその一人なの?」

「いいえ。私は興味があるだけですわ。その噂の真相を…」


真実なら、アバロニアに接触するのにいい材料になる。

客層も大物が多いと簡単に予想できる。

おそらくここは高級娼館のはずだから。


「私達を笑いものになさるつもりなのね」

「まさか…。それに私は女性でも経営者として上手くやれると思っていますわ。実際、今の時代、そう言った方々は増えている。分野は違えどね。ところでお名前をまだ名乗っていませんでしたわ。私はシア。貴女は…」

「ローズです」

「そう。ローズさん。覚えておきます」


微笑めばローズの値踏みするような視線とぶつかる。

場数を踏んできたオーラが滲み出ていた。


「何の騒ぎだ」


頭上から降ってきた若い青年の声に思わず頭をあげる。

年齢は私より少し上…いえ、同じかもしれない。


「カウミ様」


ローズが頭を下げる。


カウミ?

ああ、彼がここの主なのね。


もっと、貫禄のある人間が出てくる思ったのだけれど…。


あれ?


カミウという青年の運釜に収められた運砂はどす黒く濁っている。

まるで悪臭に似た何かが背中を駆け巡っていく。


何なの?


それに、あのピアス…。


真っ赤に染まっているにも関わらずその周囲には青い光が散りばめられている。


聖装飾物…。

そんな言葉が頭をよぎる。

以前の自分では信じられない考えが頭をよぎる。

けれど、運を操る力を得た今ならその存在も確信に変わった。


あの歳で娼館をまとめ上げている青年。

噂についてもなぜだか別の推測が浮かんできた。

何もかもが間違っていた。


ここに来れば、アバロニアへ繋がる情報が手に入ると思ったのに…。


それでもそのピアスから目が離せない。

その意味するところは分からないがなぜだか本能が告げている。


この男は近いうちに破滅すると…。


だって、そのピアスの玉は…。

だが、どうでもいい。


「お話がしたくて、参りました」

「ここで働きたいならいつでも歓迎だぞ。見た目は合格だしな」

「いいえ、そのピアスについてお聞きしたくて…」


明らかに顔色が変わるカミウ。


ああ、彼は知っているのだ。

いえ、聖装飾物の効果を信じているのだろう。


「わかった。支配人室へどうぞ。お連れ様は外で待っていろ」

「トーマス、指示通りに…」

「ですが、こんな男と二人きりだなんて…」

「いいのよ。心配しないで…」



案内された支配人室は一見すると、整われていて、清潔感がある。

それでも吐き気がするのはなぜなのか?


「で、ピアスについて聞きたいとか?まさか、あんた調整師か?」

「いいえ、違います。私はいわば、作家でしょうか」

「作家?」

「皇家に関わるとある人間について記事を書きたくて…」


ウソだけれど、相手も相当の曲者。これぐらいは許されるわよね。


「特に関心があるのは世間で噂になっている件についてです。第一皇子様の側近がかなり遊び回っているとか…何かご存じではありませんか?」

「ふん。そんな物、何が面白いんだ?遊んでいる貴族なんて山ほどいる」

「そうですわね。ただ、遊んでいるだけなら…。ですが、度が過ぎればさすがに隠し切れませんし、皇家批判にもつながる。下手をすると消されるのでは?」


昔ほど、活発ではないが、皇家の意にそぐわない人間が密かに始末されているのは今も変わらない。


私の家族がそうだったように…。


「その心配はない」

「ああ、聖装飾物を身にまとっているからですか?」


思わずピアスに手を添えるカウミ。


「貴方の成功はそのピアスのおかげなのですね。ですが、それはいつまで続くかしら?」

「何が言いたい!」

「ほら、その美しい赤い玉にヒビが入っている。今にも弾けそうな…」


パリンッ!


「なんだ!」


やっぱり、砕けたわね。

聖装飾物も万能ではない。そう言う事だろう。

持ち主が蛮行を犯し続ければ、その効果は薄れると過程できる。

それが真実だとは言い切れないけれど。


「マズイ!」


弾けた玉の欠片を集めるカミウがしゃがみこんだ。

血相を変えて、床を這いずりまわる。

そんな中、彼の足元の床が抜けた。


「うわっ!」


叫び声をあげるカミウ。

すると、さらに異臭が増す。


「なんの騒ぎです!」


カウミの叫び声と共にトーマスとローズが駆け込んできた。

だが、シアの視線は床下に向いている。


ああ、本当に何のために来たのか分からなくなってきた。

せっかく、皇家に仕える人間のスキャンダルが手に入ると思ったのに…。

それでも目の前の光景に胸を痛める心はまだある。


「貴方が噂の張本人なのね」


そりゃあ、ピアスも砕け散るわね。


命を落として、数日以上たっていると思われる人々が何人も横たわっていた。

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