僕の人生は本当に何もかもついてなかった。
もちろん、生まれた時は違ったのだと思う。
織物業で一発当てて、大金持ちになった父親とその妻のたった一人の子供として、大切に育てられたから。それこそ、宝物のように。
「お前は特別な子だよ。貴族にだって負けない。大きくなったら貴族の娘を嫁に貰おう。箔がつくぞ」
それが父親の口癖だったし、母親も同じように僕を特別だと言った。
だから、それを信じたのだ。
だと言うのに…。
15歳になったその日、父親は何かに覚えるように屋敷の一室でうずくまっていた。
「すべて、失敗してしまった」
「なんですって!」
母と父の口論は何時間も繰り返されていた。
その衝撃で壁を壊すのではないのかとすら思うほどに白熱していた。
どうやら、父は事業に失敗して多額の借金を抱えたらしい。
それでも自分の日常は変わらないと思っていた。
父と母が自ら命を絶った日でも同じように感じていた。
一生返しきれないほどの借金を背負い込まなければならないと知ったその時に初めて、羞恥心と怒りを覚えたのだ。
「なぜ、僕が父さんの尻拭いをしなければならないんだ!」
お金があったころはひっきりなしに屋敷を訪ねてきていた親戚も一人もいない。
寂しい葬式でそう叫んだ。この先、どうすればいいか分からなかった。
そこに声をかけてきたのはサーディスという男だった。
「かわいそうに。俺は君のお父さんと仲がよかったんだ。行くところがないなら、来るといい…」
そう微笑んだ男の胸には赤いペンダントが輝いていた。
他にすがれる人間がいなかった。だから、その手を取ったのだ。
それだけが、幸せへと繋がると信じて。
この時は確かにそう思ったのだ。
それが自分のすべてを崩し去るとは思いもせず…。
その瞬間はかなり早い段階で訪れた。
奴の最初の望みこそが地獄の始まりだった。
サーディスは己を受け入れるように言ったのだ。
文字通り、交り合う…。
吐き気がした。だが、どこにも行くところはないのだから従うしかない。
事に及ぶ最中は奴の肌の上で揺れる赤い宝石のペンダントだけに集中していた。
美しい赤だ。奴の事は何も覚えていないのにその赤だけは欲しいと心に残り続けた。
それはその後もずっとだ。
そんな日を過ごしてしばらく経つと、他の男娼や娼婦と同じように街角に立たされた。
許せなかった。
僕は特別なはずなのに…。
どうして、こんな状態でいなければならないのか…。
沸々と怒りが積み重なっていた。
そんな時に運命を変える話が飛び込んできた。
「この前、持ち主に幸運をもたらす聖装飾物を運ぶ任務にあたってね」
その男は皇宮に仕える男だった。
「聖装飾物ですか?」
「ああ、現物は見られなかったがたまに街にも現れるらしい。私も手に入れたいよ。そう言えば、上官が昔、レッドキューブとかいう聖装飾物を持っていたらしい。文字通り赤い玉でね。ペンダントにしていたとか?だが、盗まれてしまったと嘆いていたな。とはいえ、アレが本物の聖装飾物だったかどうかは分からないとも語っていたがな」
「うっ!」
どこか茶目っ気のある様子で語る男だが、その汚いブツが僕の体を貫いた。
ムカつくよ。皇宮に出入りしている男ならみんな貴族だ。
コイツもそう…。
かつて、貴族の娘を嫁に貰えるぐらいお金があったのに…。
今は貴族の男に抱かれている。悲しみではなく、やはり怒りを感じた。
だが、レッドキューブ…。
その言葉にもひっかかった。
サーディスが身に着けているアレがそうだったらいいのにと思った。
だから、客が帰った後、奴の元を訪ねたのだ。
「どうしたんだ?久しぶりにやるか?」
「それでもいいですけれどね」
ベッドに押し倒すサーディスの胸元にはやはり、あの赤い玉が揺れている。
「それは?綺麗ですね」
「ああ、俺に幸運を運んでくれるものだよ。お前を見つけたのもこれのおかげだ。俺が望む通りの人間の元へと連れて行ってくれる。すべて満足しているよ」
「そうですか…」
それだけで十分だった。
ペンダントを勢いよく掴み、引き寄せ、思いっきり引きちぎる。
赤い玉以外は地面に転がっていった。
そして、サーディスが気づく前に隠し持っていたナイフでその背中を刺したのである。
「グアッ!」
地面に転がり、のたうち回るサーディスにとどめを刺した。
動かなくなったサーディスを見下ろしているとスカっとした。
手の中に赤い玉が握られていた。
やっと、手に入れた。
だが、ペンダントとしては使えない。
レッドピアス…。
だから、ピアスに作り変え、身に着けたのだ。
するとどうだろう。僕の元には金持ちの上客が一気に増えた。
その時に思ったのだ。いちいち、外に出て人を待たなくてもいいじゃないかと…。
こちらが客を選べばいいのだ。
「僕は特別…」
国の中枢を担う奴らを客として迎え、もてなし、必要な時は脅して、自分の力とすればいい。そうすれば、かつての父のようになれると思った。
使われる側ではなく使う方になろうと…。
そうして、思い出したのが荒れ放題になっていた実家の屋敷。
僕は自分の客達にお願いして、屋敷を修繕させ、娼館へと作り変えた。
そうして、そこのボスに君臨した。
この僕、カウミが王の館なのだ。
働いていた娼婦や男娼たちは最初は意味が分からないと反発してきたが、何人か殺したら押し黙った。別に彼らに殺した事を見せたわけでも話したわけでもない。
ただ、彼らが消えた事で何かを察しだのだ。
培った恐怖が彼らの直感に作用したのだろう。
サーディスに付き従っていた男達も僕についた。奴以上に金を渡したからだ。
しかし、どんなに思い通りに物事が進んでもこの心が満たされる事はなかった。
サーディスを刺した時の興奮。娼婦や男娼を手にかけた衝動が忘れられない。
自分と同じ…いや、最初にサーディスにあった頃の僕とよく似た目をしている彼らを殺す瞬間だけが幸せを感じられた。
これは同属嫌悪と呼ぶのか…。
それとも違う物なのか。どちらにしても手にかけなければ、満たされない。
幸い獲物はすぐに見つけられるのだ。
サーディスが自身の駒となる者を見つけたように…。
これこそが最大の幸運。
カウミは今まさに人生の絶頂にいた。
そうだと言うのに、突然現れ、神聖なこの屋敷を土足で踏み荒らすこの女は何なんだ?レッドピアスの事に言及した途端、赤は…はじけ飛び、痛みをもたらす。
そして、謎の女は僕のコレクションともいうべき物言わぬ者達の保管先を見下ろしている。
気に喰わない。
この女だけは!。
だが、幸せを運ぶ聖装飾物が壊れた事だけが冷たく胸を通り抜けていく。
幸せが崩れ去る音が耳をかすめていた。