「思っていたより、貴方って恐ろしい人間なのね…」
シアは這いつくばるカウミを冷たく、見下ろした。
「一体、どれほどの人をその手にかけたの?数えただけでも20人?もっといるわよね。この中に先代のまとめ役もいるのかしら?確かサーディスとかいう名前の男よね?彼は貴方よりマシだった?」
ホント、吐き気がする。
地獄は見慣れたと思っていたけれど、違ったようだ。
骨しか残されていない人達もいる。
そのほとんどが彼と同じ夜の者達だろう。
「お前、タダじゃ済まさないぞ」
「何ができるの?貴方は…」
そこまで言いかけると、
バシンッ!
部屋中に大きな音が響き渡る。
「よくも仲間達を!」
怒りの形相でカウミをひっぱたいたのはローズだ。
「仲間だって!」
「こんな掃きだめで生きてる人間達がなれ合ってるだけじゃないか!お前だって、サーディスに騙されてここに来た身だろう?」
「アイツに情なんてないわ!でも他の子達は違う!みんな、肩を寄せ合って生きていたのよ!こんなはずじゃなかったと思いながら、それでも必死に生きていたのよ。それをカウミ、お前は奪ったのよ!」
怒りをさらに募らせるローズに胸倉をつかまれ、顔中が血だらけになっても、カウミは鼻で笑う。
その姿はどこか妖艶である。
「街中で危険と隣合わせだったお前達を防波堤とも言うべき、この屋敷に連れてきたのはほかでもないこの僕だぞ!」
「良く言うわ!牢獄にしたくせに…」
「どっちにしたって、ローズ。お前は追い出してやる。もう、使いものにもならないからな」
もう一度、カウミの頭を殴ろうとしたローズをシアは止めた。
「部外者は黙ってて…」
「そうね。でも、今からは違う。私がここのオーナーになるわ。けして、表には出ない後援者だけれど…」
「冗談はよせ!」
カウミは得体の知れない物でも見るようにシアを凝視していた。
だが、彼と話を進める気はない。
「そんな事、できるわけが…」
「出来るのよね。嫌味に聞こえるのは困るけれど、私、お金はあるの。それにもう、時間がないんじゃないの?聖装飾物を失った貴方にはもう、運は残っていない。この先、どんな最悪が待っているのか、見物ね」
「ぐっ!」
カウミは何も言い返せずに黙っているしかない。
「オーナー」
「何かしら?」
進み出たのはローズだ。
「彼は私に預けていただけませんか?もし、そうしていただけるなら、この身は一生、貴女様に差し上げます」
「重たい申し入れですね。確か、ローズさんだったかしら?」
「はい。ただのローズで構いません。オーナー」
彼女も地獄を見てきたのだ。
おそらく、シアよりも長い間…。
その瞳の色が彼女の人生を物語っている。
けれど、そんな中で生きてきてもまだ、ローズという女性には優しさが残っている。
しかし、怒りも秘めている。なぜなら、彼女は半分も年下の女に人生を捧げようとしているのだから。
仲間を殺した復讐をするために…。
ならば、その過酷に答えるのが人というものなのだろう。
「では、ローズ。ここは貴女に任せるわ。女主人として、監督するの」
「私がですか?」
「その男を渡せと言ったのはそっちよ。そして、私に仕えるとも…」
「確かにそうですね。やはり、ただのお嬢様ではないようです。中々肝が据わってらっしゃる」
女達は多くを語らずとも理解しあった。
「おい、僕の意見も聞けよ」
喚くカウミには視線すら向けない。
「ローズ。そういうわけだから、その男の処遇も決めてかまわないわよ」
「ありがとうございます」
「さあ、連れ出して。私がボスよ」
ローズが高々に宣言すれば、黒服の男達はカウミの両脇を抱えて、出て行った。
「僕は認めない。絶対に許さない」
叫ぶカウミの声が小さくなっていく。
静けさを取り戻した支配人室でシアとローズは向き直る。
「これで契約は成立した。だから、そちらも守って頂戴」
「はい。何なりと申しつけください。オーナー」
「ここの客のほとんどは上流階級の人間ばかりよね」
「ええ~」
「彼らの情報を教えて欲しいの」
「構いません。確か、カウミは客の名簿を作っていました。そこの金庫の中です」
「話が早くて助かるわ」
「ですが、暗証番号はあの男が…。痛めつければ吐くでしょうが…」
「たぶん、平気よ」
部屋の隅にある金庫の前にシアは立つ。
私の運がどこまでのものなのか確かめたいしね。
ダイヤルを回せば、あっさりと開いた。
「暗証番号をご存じで?」
それまで口を閉じていたトーマスが驚いた声をあげる。
「いいえ、たまたま運がよかっただけよ」
ローズが言った通り、金庫には分厚い手帳が入っており、何人もの名前が書かれていた。
その中に興味深い人物が記されていた。
アバロニアと同じ部署にいる執務官の一人。
ロベスティエ・キアン…。
「彼が贔屓にしている人間は誰?」
「それなら、私です」
「あら、そうなの?」
「彼は年上好きですので…」
「なら、好都合だわ。次に彼が来たら、それとなく同僚をこの館に誘うように言って欲しいの。アバロニア・エヴィウスを連れてきてと…ね」
「かしこまりました」
「それと、ここに埋まっている人達を丁重に葬ってあげて…。お金が足りないというなら手を貸すわ」
「警察には通報しないのですか?」
トーマスが口を開く。
「無駄です。私たちのような人間に役人は何もしない」
吐き捨てるようにローズは行った。
「そうかもね」
悲しい事だけれど…それが事実。
「じゃあ、そう言う事で…」
「ありがとうございます」
「いいのよ。あくまでここの主はローズ…。いえ、レディ・ローズと呼ばせてもらうわね。私はただ、約束を守ってくれさえすれば、貴女を支持し続ける。そういう認識で構わないのよ」
「はい。承知いたしました」
何も聞いてこないのね。
ありがたいわ。まあ、彼女がこれから、あの男にする事を想像すれば私と同じ種の人間なのかもね。
ローズ。彼女は信用できる。
自分の利益を瞬時に理解し、仲間達を守る情も併せ持っている。
これで一つ仕事が終わった。
後は待つだけね。
☆☆☆☆
「このままでは済まさない!済まさないぞ!」
地下牢でカウミは唸っていた。殴られ、蹴られ、傷つけられても諦めていない。
口の中にあるレッドピアスの欠片の感覚を確かめた。
まだこれがある。運は僕に味方してくれているはずだ。
新しい聖装飾物を探さなくては…。
そうすれば、僕はまた這い上がれる。
喉に引っ掛かる欠片が熱を帯びるのを感じる。
その瞬間、自身の体が燃え、人一人抜け出せる穴が出来上がっていた。
薄っすらと外が見える。
這い出していくカウミと同時にローズが入ってきた。
「逃げられたの?」
「すみません」
用心棒の男はあやまった。
「追いかけて!もっとなぶってやりたいわ。それでも足りないぐらいに!」
やはり、僕はついている。
聖装飾物がある限り、僕は幸せになれる。
思わず、笑みがこぼれた。
路地裏ですら、天国に思える。
だが、それも一瞬で終わった。
一向に熱さがおさまらない。
なんだ。どうしたんだ?
体が動かない!
息ができない…。はあっ!
苦しい!
誰か助けてくれ…。
そこで意識は遠の行く中で、男が立ち止まったのが見えた。
俺が死にゆくさまを眺めている人間がいる。
「たっ助け…」
手を伸ばしても見上げる顔は赤く光っているだけで何もしてくれない。その顔の半分はフードに隠されているが、整った顔の男だ。次の瞬間、赤く光っていた男の瞳は細目へと変わり、表情は読めなくなる。
もしかして、死神か何かかか?
はは…。
俺の運もここまでなのか。
激痛に打ちひしがれながら、カウミは今度こそ暗闇の中へと落ちて行った。