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第33話 調整師の独白

全身を震わせる衝撃を確認したのは祖父の代から関係が遠のいていた貴族の屋敷を後にした汽車の中であった。車両内は空席が目立つ。

当然だ。皇都で模様されている建国祭を避けて、帰路についているのだから。


皇都が賑わいを見せる前にマーシャン子爵家だったか?


彼らから依頼が来たのは幸いだ。

押し寄せる人々から逃れられるし、地方で聖装飾物を探せる良い機会でもある。

しかし、少しばかり当ては外れた。マーシャン子爵家のかつての当主は聖装飾物を買い集めていると聞いていたが、この代の子爵は運に見放されている様子が見て取れたからだ。

唯一残ったとされる聖装飾物からも特に力は感じられない。彼らからすれば、最後の綱だったのかもしれないが、こちらもプロだ。違うものは違うというしかない。

しかし、少しばかりの違和感を覚えたのも事実だ。

中には鑑定が難しい聖装飾物も存在する。


俺の眼力は万能ではない。

だが、一瞬、ざわめきを感じたのは気のせいではないはずだ。

やはり、幾分かの値段をつけて、買い取るべきだったか?


そんな風に思っていた矢先、膨大な運が弾け飛ぶ感覚におそわれる。

どこかで、自分と同じような存在が誕生した可能性がよぎった。

運に魅せられ、愛され、嫌われる者が…。

汽車を降りようとも思ったが、その気配は一瞬で消え去った。


やはり、気のせいだったのかもしれないと言い聞かせた。

その足で皇都に帰ったが、不安は付きまとう。

そんな中、日常に戻った俺の耳に入ってきたのは建国祭で起きた飛び降り騒動と聖騎士による暴挙のニュースだった。前者の方はすでに忘れ去られ、後者の方は未だ人々の関心を引いていた。

事件から一週間ほどたっていたにも関わらず噂の種は尾ひれがついて広がっていく。

これでは皇家は火消しに大変だろうとは思ったが、それほど気にも留めなかった。

正直、こういったニュースに興味は薄いのだ。

だが、それから間もなく皇都に漂う運の気配がおかしい事に感づいた。

これらに関係があるのか不明だが、調整師としての本能が疼く。

だから、その痕跡を探して、街に出たが、運の流れが激しくてつかめない。

聖装飾物の暴走かそれとも、人が原因なのか。

疑問は募っていく。


それに、俺が保管してある聖装飾物が騒いでいた。

普段は大人しく、それほど力がない物も暴走しかけている。

運が一か所に集中している証拠だ。

でなければ説明がつかない。

手がかりをつかんだのは、スカイドレイルで新しいスターが誕生したという記事だった。


それは別に珍しい事ではない。

どんな世界でも代替わりはするものだからな。


問題はそれと同時に入ってきた噂。誰もが現スカイドレイルの女王の連覇を予想する中でたった一人だけ、挑戦者に賭け、大金を手に入れた女についての情報。

直感が彼女がこの件の中心にいると思った。

そして、それを確信する出来事が起こる。すぐ近くで運の流れが変わったからだ。

かつて皇都にその名をとどろかしたキュアノルホテル周辺で…。

また、同時期にロリッシュ・ノーエルというブティックがもてはやされ出した。

まるで運をつかんだように…。

だから、その辺りを重点的に見張った。

そうして、出くわしたのが壊れた聖装飾物にすがり、不運に見舞われた男の最後の瞬間だったのである。


「僕はついている。ついている…」


男は何度も、そうつぶやいていた。

聖装飾物に魅せられた者に多い症状だ。

その男の体から微量の運の匂いが漂ってくる。聖装飾物の名残だ。

おそらく壊れたのだろう。理由は推測するしかないが、聖装飾物が壊れた事で、この男が本来受け取るべきだった不運が一斉に押し寄せているのだ。

聖装飾物は持ち主を幸福にもするし、不運にもする。

その光景を俺は目撃しているのだ。


「不運鬼に魅入られたか!運を乱用する者が増えているな」


いつの時代も人は聖装飾物とされる物にすがる。

それが信仰という中でしか名を聞かなくなりつつあっても変わらない。


「何より…」


この件に誰かの思惑が絡んでいる。聖装飾物が壊れたとしても、これほどまでに不運に纏わりつかれているのは他にも理由があるはずだ。おそらく、近くに大量の運を持ち合わせている人間がいたのだ。予想が当たっていれば、スカイドレイルで大金を手にした女だろう。


「こっちだ!」

「いたぞ!」


どこからか叫び声が聞こえて、咄嗟に隠れた。


「死んでしまったの?」

「レディ・ローズ。申し訳ありません」


現れた女に男達は謝っていた。

彼女がボスか?


「こんな事ならさっさと私の手で葬ればよかった。娼館を安息の地だと思って来た女の子や男の子達を無残に殺したこの男だもの。せっかく、オーナーがその機会を与えてくれたのに。でも、仕方がない。いいわ。運んで」

「放置してもよろしいのでは?」

「もしも、この男の事が明るみになったら、下世話なスキャンダルとして娼館を悪く書かれるのが目に見えている。ここで生きる子達がどんな悲惨な人生を歩んできたかんて気にも留めない。そうされるぐらいなら第一皇子を取り巻く側近達の疑惑の噂として囁かれる方がいい。世間だってそっちの方が盛り上がるでしょうしね」

「分かりました」


そう言えば、娼婦や男娼が消えているという噂があったな。

なるほど、この男が犯人か。

淡々とした感想が浮かぶ中、すぐそばを走り抜ける馬車を視界に捉えた。

その周辺から強い運のエネルギーを感じとる。


間違いない。聖装飾物が騒ぎ、運の流れを変えている人物はあの中にいる。


「これほど強い力なら…。本人も危険にさらされているはずだ」


助ける義理はない。だが、役にも立つかもしれない。

何より、運を正常に戻すのが俺の役目だ。


「急がなくてはな。これでも調整師だから…」

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