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第34話 ロベスティエ・キアンの闇

「ねえ、ベスティ…」


ああ、こうやって優しく頭を撫でられる瞬間が好きだ。


「なんだい。ママ…」


ローズと過ごす時はいつもそう呼ぶし、彼女には母親のように接してもらうようにお願いしている。


「今日はお疲れなの?顔色が悪いわ。ちゃんと寝てるの?」

「分かってくれる?そうなんだよ。聞いてくれよ。ママ」

「なあに?」

「皇子様は何もなさらない方なんだ。執務のすべてを全部僕任せにするんだ」

「あら、いいじゃない。それって、指図されないって事でしょう?自由にできるのよね」

「そういう考え方があったから。さすがママ、元気がでたよ」

「よかったわ。ベスティは優しいからすぐに悩んでしまうのね」


普通の母親が子供をあやすように背中をさすられる。


ああ、幸せだ。

ローズはまさに僕が理想とする母親そのものだ。

実の母親から与えられなかった愛がここにはある。

始めて、この場所に来た時はむしろ毛嫌いしていた。

社交クラブなんて大層な名前がついていたとしても、娼館に変わりはない。

女や男達が媚びを売り、客にその身を売る場所。しかし、


「男なら女の一人や二人、相手に出来ずしてどうする」


キアン侯爵の本家の当主にそう言われてしまえば、分家の自分は断れなかった。

そんな僕が目を奪われたのがこのローズだ。


「もっと、若い娘もいるのに、それを選ぶのか?」


当主はそう言ったが、彼女がよかった。

記憶の母と同じ歳ごろのローズ。

だが、性格は真逆だ。

母はキアン家よりも名門の家柄の令嬢で、気位が高かった。

だから、キアン家の本家ではなく、分家筋に嫁がされたのが不満だったのだ。

今でも頭の中に住む母は当時と同じように当たり散らしている。

父はそんな母を毛嫌いし、ほとんど愛人の屋敷に入り浸っていた。

元々、愛のない政略結婚。よくある話だ。

さらに、たちが悪いのは母は女でもあったという点だ。


どこから連れてきたかもわからない男達と夜を共にし、僕の事は全部使用人任せだった。


それでも、ずっと思っていた。


僕を見て欲しい。愛してほしい。

しかし、それはかなわない。

生まれて10歳も満たない頃に母はあっけなくこの世を去ったから。

この心にある願いはけして叶う事はなくなった。

だから、女が嫌いだ。


「お許しください。ロベス様…」


しかし、メイドたちを痛めつけても傷はふさがらない。

哀れみの視線にイライラは募るだけだ。

そして、悲しい事に恋愛対象が男というわけでもない。

何もかもが不満だ。

このもどかしい感情を埋めてくれる何かを求めていた。

くすぶる思いに蓋をするように勉強にいそしんだ。

それが功をそうしたのか皇族の側近に抜擢されたのは素直に嬉しかったが…。


たとえ、主が無能であっても…。


とはいえ、ずっと根付く鬱蒼としたものが晴れる事はなかった。

それを解消してくれたのがローズだ。

始めて二人きりになった彼女はすべてを察したようにこの心に入り込んできた。

事に及ぶでもなく、ただ寄り添い、僕の言葉に耳を傾けてくれる。


生まれて初めての安らぎを得たのだ。

だから、ローズを手放せない。


「そう言えば、新しい同僚ができたのでしょう?誰かが言っていたのよね。確か、どこかの男爵のご子息とか?」

「たぶん、アバロニア・エヴィウスだな」

「そうそう。そんな名前だったわ」

「どう…仲良くしている?」

「まあ、悪い奴ではないな。ただ…」

「ただ?」

「好きだった女が死んだとかで執務にやる気がないんだよ」

「じゃあ、彼の尻拭いもベスティがやっているの?」

「そうなんだよ。だから、くたくたで…」

「かわいそうに…。そうだわ。なら、その彼も今度連れていらっしゃいよ。女性の事で気落ちしているなら、別の女性で気晴らしさせてあげるのが一番よ。」

「ママは僕のだよ」

「私が相手にするとは言ってないわ。ママはね。ベスティの力になりたいの。それに落ち込んでいるなら助けてあげるのが友達でしょう?」

「アイツは友達じゃないよ」

「そんな事言わないの。人脈は作っていて損はないんだから。何より、可愛いベスティが尻拭いばかりされるのは見てられないわ。だから、その友人には活をいれなきゃ…」

「ママ…」

「よしよし」


ローズの肌は柔らかくて気持ちがいい。


「確かにママの言う通りだね。アイツは友達だ」

「そうでしょう?ちなみに彼の好みの女性は?」

「う~ん。ブロンドで青い瞳の女だな。多分…」


そう言った女性を見るたびに振り返ったり、長く見つめたりしていた。

おそらく、亡くなったという想い人がそう言った外見だったんだろう。


「分かったわ。特徴のある女の子を用意しておくわね」

「ママが?」

「聞いてよ。私、オーナーからこの屋敷を任されたの」

「凄いじゃないか!何かお祝いを…」

「貴方に会えるだけで幸せよ。うんうん。それは違うわね。ベスティにするようにこうして、母親のように屋敷に住む子達を守ってあげたいの」


なんて、美しい魂の持ち主なんだ。


「だから、ベスティ。協力して」

「当然だよ。息子だからね」

「頼りにしてるわ」


そうさ。母親は子供を守るものだ。

そして、母親が助けを求めてくれるなら手を貸すのも息子というものだろう。

ああ、ローズ。

僕を心配してくれる君のためなら、なんだって出来る。

今宵も心は満たされるのだ。



★★★



「だそうです。オーナー」


ロベスティエ・キアンが寝静まったのを確認して、ローズは応接室に待機していたシアの元へと報告に来ていた。


「ありがとう」

「で、彼は連れてきてくれるかしら。友人とやらを…」

「大丈夫ですわ。キアン家の坊ちゃんは私の言う事には従順ですから」

「手なずけてるのね。思っていた通り…やり手だわ」

「とんでもない。彼はここに来る客の中では少数派のプレイがお好きな方なだけ…。大抵は若い子を好みますもの」

「まあ、性癖は人それぞれよね」

「でも、感謝はしていますよ。ああいうのがいるから、私もまだ現役だと思える。その坊ちゃんが言うには、ご友人の好みはブロンドで青い瞳のご令嬢だそうです。何人か当てはまる子がいますから、問題ないですわ」


ブロンドで青い瞳…。

ルシアもそうだった。


「なら、さらに追加するわね。色白でいかにも可愛いを絵に書いたような女の子がいいわ。男が守りたいと思う仕草が得意のね」

「それなら、ここにいる者なら、大体得意ですよ。お任せください。オーナー。私達はプロですから」

「ええ~。そうね。心配は無用よね。その友人が来ることになったら、また、知らせて頂戴。トーマスを通してね」

「はい」


ルシアの死に関与した可能性のある男。

どんな、話が聞けるか楽しみだわ。

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