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第37話 アバロニアの人生

アバロニアは意識が遠のく中でこれまでの人生を振り返っていた。

よくある男爵家の次男として生まれた俺は当主の座が約束されている兄に少しの嫉妬と羨望を抱えて生きてきた。だが、良い事もある。兄のような重圧はなく、気ままな貴族ライフを送れるから。だから、それなりに楽に日々を過ごしてきた。そのためなのか、ずっと退屈ではあったのだ。お金だけは不自由しなかったが、何の達成感もない。そんな時に、これまたよくある貴族の集まりで出会っただ。


ルシアに…。


美しい装いの令嬢達が社交の花となる中で誰よりも輝いていた。

その笑顔を見るだけでなぜだか心が騒いだ。


「失礼。レディ。お名前をうかがっても?」

「ルシアーナ・フォン・マーシャンと申します」

「マーシャン家の?ではご近所ですね。私はアバロニア・エヴィウス。お見知りおきを…」

「アバロニア様?」

「この国では耳慣れない発音でしょう?私の父は芸術家気質な所がありまして、子供達にも変わった名前を付ける癖があるようです」

「そんな事はありませんわ。素敵な名前ではありませんの。まるで美味しい野菜のようだわ。あら、私ったらい失礼を…」

「いえ、面白い例えですね。話の種になったのなら嬉しいですよ」

「ご自分を卑下なさらないで。お名前は覚えておきます。アバニ様」

「アバニ?」

「アバロニアでは呼びにくいですから。いけませんか?」


上目づかいで首を軽く傾げる彼女はとても愛らしい。


「いえ…」

「私の事もルシアとお呼びください。家族はそう呼びますから」

「ルシア…」


人生で初めて、興味を持った女性だった。

彼女は子爵だが、格下の貴族に嫁ぐ女性は数多いる。

俺にも十分可能性があると思った。

だから、何通もの手紙を送った。


愛の言葉を綴って…。


それが紳士たる貴族が女性を口説く手段として一般的であるから。

けれど、彼女からの返事は一切なかった。

当然だ。ルシアは魅力的だったから。

だから、他の男達も彼女に惹かれる。

多くの友もその中に含まれていた。

名だたる貴族の男達だ。

腹が立ったが、仕方ないとも思った。

しかし、肝心のルシアは特定の相手を決める様子はない。

だから、可能性はあるかもしれないと思ったのだ。

それは他の男達も同様で誰も彼もが彼女に関心を集めた。

俺は出来るだけ、ルシアの気持ちに寄り添おうと思ったのだ。


いつまでも待つつもりだった。

ルシアに選ばれるのを祈って…。


だが、ユリウスは違った。先を急いだのだ。

だから、どこで知り合ったかもわからない謎の人物の存在を俺達に伝えてきた。


「ルシアが手に入るかもしれない」


最初に友が告げたのはこの言葉だった。


「彼女がお前に手紙を送ってきたのか?」

「違う。ルシア嬢は相変わらず、つれない」

「そうだろうな」


ルシアはモテる。だが、同時に誰とも深く付き合おうとはいない。

だから、ある時を境に、男達の中で一種の共同戦線が張られていた。

誰も抜け駆けもしないという暗黙のルール。

ゆえに、引き合わせられた男の言葉に皆が従ったのかもしれない。


「ようこそ。皆さま」


笑みを称えた男の顔は思い出せない。その口元だけが記憶の片隅に刻まれている。

そして、案内された屋敷の所在も定かではない。廊下や豪華な応接室に装飾師たちが活躍した時代の物が沢山置かれていたのは覚えている。

その人物はコレクターか?身なりもよかったし、所作も完璧だった。

その前に立つだけで身が引き締まる。そんな畏怖を感じる男である。

ユリウスは一体、どこでこの人物と出会ったのか?

アバロニアは疑問に思ったが、差し出された聖装飾品を前にしてその考えはなりを潜めた。


「あなた方は同じ令嬢に恋焦がれているようですね」


謎の男の問いかけに、誰も頷かないし、否定もしない。


「私は哀れでなりません。若い方々の恋が実らないのは実につらい。本当はユリウス様、おひとりにお譲りしてもよいと思ったのですがね。ですが、これは我が家にとっても大切な家宝。そう簡単には手渡せないという思いもあります。金額にすると莫大なものとなるでしょう。今の皇家も容易には出せないほどに…。それをユリウス様のようなお若い方に易々と差し上げるのは少し躊躇してしまって。しかし、私もただの人です。お貸しするという心持ちなら、良いかと思ったのですよ」


丸い美しい宝石とそれをさらに彩る装飾が光っていた。吸い込まれそうな怪しさもある。

これが本物の聖装飾品。直感的にそう感じた。


「その旨をユリウス様に申し上げたのですが、どうやら、ユリウス様は友人方の事が頭に浮かんだようです。自分だけ使っていいものなのかとね。なんと、素晴らしい友情でしょう。感動いたしましたよ。だから、あなた方も呼び寄せたのです。令嬢も一人では決めかねているのでしょう。皆、素晴らしい方たちばかりだから。私はね。思うのですよ。必ずしも一人に決める必要はないと…。良い物は共有してはいかがです?」


その悪魔の囁きに誰も逆らえなかった。その場にいた全員が聖装飾品に手を伸ばす。その瞬間、胸元に鈍い痛みが走った。指先に伝う肌に聖装飾品たる宝石の感触が伝わっていく。

自分達がその所有者になった証だと分かった。


「存分にその効力を確かめさせてもらいましょう。そうですね。決行は建国祭でどうでしょうか?。帝国にとって意味のある日だ。あなた方の特別な夜にも相応しいでしょう。場所を用意しておきますよ」


男は宮殿の一室を告げた。そこは皇家の中でも限られた者しか入れないはずの場所だ。


ならば、この男は皇家の関係者か?


だが、見覚えがない。

片田舎の自分が皇家を全員把握しているわけではないから確実ではないが、今の皇家一族ではないはずだ。そんなささやかな疑念も暗闇の中に埋もれていく。

その日が来るまで、皆がソワソワしていた。

自分達は詐欺にでもあったのかもしれないとさえ思った。

だが、確かに胸には聖装飾物が埋め込まれている。夢であってほしいという願いと、誠であって欲しいという想いの間で揺れ動いていたのだ。

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